56.戸惑い
「どうしたら魔物を殺すことに向き合えるかということです。」
ヒルデガルドは意を決したように話し始めた。
「お恥ずかしいことですが、今日、彼らがゴブリンを殺したのを見て、どうしてもおぞましさと吐き気が抑えられなかったのです。大森林で冒険者が倒した魔物は獣型でしたので、そうは思わなかったのですが・・・。やはり人に近い2足歩行のゴブリンだったのが原因だと思います。武術の鍛錬を続けてきましたが、平和なご時世では当然ですが、人に真剣で切りかかったことも、勿論人を殺めたこともないのです。だからなのか・・・、貴方から見れば覚悟が足りないだけと嗤われるだけかもしれませんが。」
ロバートは、貴族らしからぬ率直な吐露にやや意表を突かれたが、真面目に答える。
「いやまあ、嗤いはしないな。そもそも貴族令嬢がこうやって文句も言わず野営をしているだけでも相当な覚悟だと思うぞ。いや、さっきの様子だと女性2人ということに関しては危機感が足りないのか・・・。それはさておき、帝国には魔物が殆ど居ないと聞いているから、魔物の血や死体を正視出来なくても仕方ないだろうな。こればっかりは慣れるしかない。王国なら領地によって貴族や騎士が討伐や訓練で魔物を狩ることも珍しくないんだが。一方で、多くの冒険者は生き延びるのに精一杯で気持ち悪いとか言ってられないから必死に慣れざるを得ないんだ。まあでも、ダンジョンなら放って置けば死体は消えるからまだマシと思えればいいんだが。」
「やはり、慣れるしかないのでしょうね。」
と、ヒルデガルドはため息交じりに呟く。
「しかし、そんな思いまでして自分で稼がないといけないのか?実家に送り返した騎士達がお金を持ってくるんじゃないのか?」
「ええ、そういう話はしましたが、実際はもうそんな大金は出せないでしょう。我が公爵領は帝国では珍しく四公六民を基本としており、税収で潤沢とは言えないのです。いざという時の為にこつこつ貯めてはいましたが・・・。ガリアス殿から聞きましたが、貴方方もオークションにいたのでしょう?精一杯かき集めた宝飾品を売ってもあの額に足りなかったのです。」
「そ、そうなのか・・・。」
その落札の結果、潤沢な資金を手にしているロバートは何と言っていいものか分からなかったが、自分が決めた額では無いし、別の落札者も同じ額を払っているので、まける訳にもいかない。そもそもそこまでの義理はないのだ。
「じゃあ、先ずは明日、魔物に攻撃するところから始めるか?」
「そうですね。いつまでも躊躇していられないですし。話を聞いて頂いて少しは気分が軽くなりました。ありがとうございました。」
「いや、それは構わない。見張りを交替したら、明日に備えてゆっくり休むんだな。」
「分かりました。」
ロバートは話を終えると、自分のテントに戻っていった。
「お帰りなさいませ、旦那様。随分と長く2人きりで話し込まれていたようですね。」
テントに戻ると、レティが少し拗ねたように言う。ロバートは、珍しいなと思いながら、わざとからかうように
「あれっ?ひょっとして焼きもち?」
「ち、ち、ち、違います。な、な、何を仰ってるんですか?」
と、おおいに動揺しながらロバートの顔に目をやると、ニヤニヤとした楽しそうな表情が見えた。
「も、もう知りません!」
からかわれたことに気が付いて恥ずかしくなったレティが視線を反らすと、ロバートは正面から抱き寄せて、囁く。
「ごめんごめん。そんな心配するような色っぽい話なんてしてないよ。でも、そういう感情を見せてくれたのは初めてじゃない?なんだか嬉しいよ。」
「さっきからテントの中をウロウロと歩き回って、『身分的にはおかしくないし・・・』なんてブツブツ言ってたのよ。」
「エ、エルザ!止めて!!」
エルザが、先ほどまでのレティの様子をばらすとレティが慌てて止めようとして焦る。
「ああ、可愛いなぁぁ。」
その様子見てロバートが抱きしめる力を強める。
「はぅー」
エルザは、ロバートの腕の中で真っ赤な顔をしているレティを見て、
「やれやれ、私達も見張りをしてるように見せないといけないんでしょ。私が最初に見張りをしてあげるわ。防音対策はしてよね。」
「いやいや!防音が必要なことはしないから!まあ、抱きしめて眠るくらいだよ。」
エルザに唆されても、野営では自重すると決めているロバートだった。
こんな低階層では当然のごとく、何事もなく朝を迎えた。とはいってもダンジョン内の環境では朝らしい雰囲気はないが。
3組毎にそれぞれ朝食を取り出発した。他が粗食であっても、ロバート達はテント内で人目に触れない為、遠慮せず普段通りの食事をとっている。勿論わざわざ見せびらかしたりはしない。
2階層に入り、少し歩いたところで早くもゴブリン2匹と遭遇した。3人組が早速手を出そうとしたが、
「ちょっと待って。」
と、ロバートが止めて、ヒルデガルドに振る。
「あれをやってみないか?」
「・・・、やります。」
少し考えた後、ヒルデガルドは決意した目になり、ハッキリと言った。
「では、お嬢様、私が後ろで援護します。」
ウルリーケは、朝にでも話を聞いたのか、ヒルデガルドが前衛に立つことに異論を挟まなかった。そして彼女は魔法の方が得意のようで、自ら後衛に回った。
結果としては、援護の必要もなく、ヒルデガルドがあっさりと2匹の首を落とした。彼女の能力からすれば当たり前だが、昨日までの様子とはうってかわって躊躇なく剣を振るっていた。ただ、仕留めた直後は吐きそうになっており、何度も深呼吸をしてどうにか落ち着きを取り戻そうとしていた。
その後少し待って、初めての魔法石を獲得した時には、ぎこちなくだが笑顔を作ろうとしていた。努力して慣れようとしているのだろう。
その様子を見て、ロバートは、やれやれなんとかなりそうだと苦笑した。
その後は、なるべく3人組と交互に戦わせ、戦闘に慣れさせていく。
3階層、4階層、5階層と進むうちに森狼、トレント等とも遭遇したが、3人組はどんどん上達する連携で危なげなく倒していた。ヒルデガルドとウルリーケも慣れてきたのかどんどん動きが良くなっていき、それぞれほぼ単独でも倒せていた。
その日は結局、6階層に降りるところまで進むことができ、その安全地帯で野営をすることにした。




