55.初野営
初日ということで早めに休むことにして、野営の準備をするように言った後、ロバートは自分達用にテントを取り出した。流石に小屋を出すわけにもいかず、普通に売っているテントに空間魔法を≪付与≫して内部を拡張した物だ。テントと言っても、調理台、机、椅子、ベッド、トイレ等一通り揃っており、使用者固定もあるので、3人以外は入ることはできない。
「ここは魔物は来ないから、ある程度落ち着いて食事が出来る。低階層だからほとんど他の冒険者も来ないしな。火を使ってお湯を沸かすならその辺にある石を積むといい。」
そう声を掛けた後、ヒルデガルド達に向かい
「あんた達は自分達で出来るか?」
と、一応尋ねる。指導する必要は無いと言っても、初日でもあり、それぐらい確認するべきだろう。
「ええ、以前大森林に行った時に冒険者のやり方を多少は見ておりましたから。」
ヒルデガルドが、疲労感を漂わせながら答える。
「お嬢様、私がやりますので。」
と、ウルリーケが石を積み、魔法で火をつける。
そして、ダンジョン産と思われる収納バッグから食材を取り出し、食事の準備を始めた。見たところ、大容量とは言えないが、そこそこ収納できるものだった。珍しいが、貴族なら持っていてもおかしくはない。
それを見て、ロバートはとりあえず大丈夫そうだなとテントに入って食事をとるのだった。
食事後、ロバートがテントの外に出ると、奴隷組3人は火を囲んで今日の行動を振り返り、ああだこうだと話し合っていた。どうやら3人とも根が真面目なようだ。ロバートに気が付いたフランツが話しかけてくる。
「今日の我々の動きはどうでしたか?気が付いたことがあれば教えて欲しいのですが。」
「そうだな。動きは、初めてにしては十分過ぎると思う。他には、外では一緒に行動している人間に敬語は使わないように。見た目で明らかに雇い主等上下関係が分かるような場合はどうしようもないが、言葉遣いでリーダーや指揮する人間が直ぐに分かるのは良くない。盗賊なんかにバレるとすぐリーダーが集中的に狙われるぞ。」
「そうですね、じゃなくて、そうか。分かった。」
ロバートの指摘で、早速フランツが言葉遣いを改めた。
「あと、安全地帯と言っても悪意のある人間は排除できないから、夜間の見張りは必ず1人は残すように。今後、ガリアスの護衛で野営をする場合の練習にもなるから。そして、休む者はしっかり休んで疲労をとること。」
「了解。」
ミュラーも言葉遣いを変えて答える。
「まあ、気を張り過ぎない様にするのも大事だけど、それは慣れだな。」
ロバートは、そう言ってテントに戻ろうとして、少し離れた場所のヒルデガルド達に視線を向けると、よっぼど疲れていたのか、2人して壁にもたれてウトウトとしていた。
「なあ。」
と、ロバートが近づいて声を掛けると、2人してハッと目を覚ます。
「あんた達がこれから冒険者として2人でやっていくのなら、1人は見張りで、もう1人が休むようにしないと、危険だぞ。」
「ここは安全地帯なのでしょう?」
ロバートの指摘に、うたた寝をしてしまった気恥ずかしさを隠すためか、ウルリーケがムキになって反論する。
「確かに魔物は来ないと言われているが、人は入ってくる。あんた達みたいに見目麗しい女性2人組を見たら、魔が差してもおかしくない。元々邪な考えを持った奴らなら猶更だ。あんた達はそれなりに高い実力を持っているかもしれんが、寝込みを襲われれば実力を発揮する間もないぞ。」
「なっ!お前はお嬢様をそんな目で!!」
ロバートは、それを聞いて呆れたように言う。
「自分達のことをもう少し客観的に見た方がいいぞ。まさか、社交の場でそういう目で見られた覚えが無いというのか?」
「うっ!」
ヒルデガルドは、まさにその覚えがある為、思わず声が漏れる。
「覚えはあるようだな。冒険者の場合には、貴族のように表面上を取り繕うようなことはしないし、明日はどうなるか分からない身であれば、無法でもいい思いをしたいと考える者もいるということだ。死人に口無し、だしな。」
「「・・・・・。」」
2人ともロバートの話を聞き、口籠ってしまう。
「俺の言っていることが理解できたなら、交替で休みを取る練習をしておいた方がいい。」
ウルリーケは、頭では納得せざるを得ず、ロバートに反論することが出来なかった。感情的には納得いかないものを抱えながら、
「お嬢様、お先にお休みください。」
「でも、貴方も疲れているのではなくて?」
お互い譲り合っているのを見て、ロバートが助言する。
「慣れるまでは、途中で起きる方がつらいぞ。」
「それでは、私が先に休ませて頂きます。」
と、ウルリーケが先に宣言してしまい、寝る準備を始めた。
「ふぅ、分かりました。では、途中で変わりましょう。ロバート殿、申し訳ありません。彼女は私を優先し過ぎる為、貴方にもご不快な思いをさせました。」
「いや、俺に向かうのならまだいい。ただ、仲間達にその矛先を向けたら・・・、2度目は無い。」
「わ、分かりました。」
一瞬殺気を見せたロバートに怯え、ヒルデガルドは素直に返事をするしかできなかった。
ロバートが立ち去ろうとすると、
「あ、あの」
ヒルデガルドが声を掛けてくる。ロバートが振り向くと、躊躇しながら
「も、もしよろしければ、少しお話を聞いて頂けませんか?」
既に寝てしまったウルリーケを見ながらお願いする。
「ああ、構わんが。」
そう答えて、火を挟んでヒルデガルドの対面に座った。
「最初に会った時とはずいぶん印象が違うな。もっと貴族然としてたと思ったが。で、用件は?」
ロバートが、大森林を出たところで情報を聞かれた時のことを思い出しながら言う。
「ああ、そうですね。公爵令嬢として侮られないよう、虚勢を張っていたのです。これまでもずっと・・・。送り返した騎士達も今後、弟の側近となる者達ですので馴れ合えませんし。ただ、今はウルリーケしかいないので、少し自由にさせて貰っています。
それで、お話というのは、どうしたら魔物を殺すことに向き合えるかということです。」




