53.顔合わせ
ロバートは、ガリアスの頼みを聞いた夜のうちに、≪式神≫で弟のロイにこれまでの経緯を伝え、今後の公爵令嬢への継続的な監視の為に、辺境伯家の暗部の者を付けるように要請しておいた。
押し付けて申し訳ないと思いつつも、冒険者には手に余ると言い訳を添えて。
そして翌日、ガリアスの指名依頼をギルドを通して正式に受注した。
依頼の主体は、大森林東のダンジョンへの随行。今日の午後、顔合わせをして、明朝出発となっていた。
「随分と急な話だけど、まあ、昨日のうちに内容は聞いてたから、いいんだけど。」
「要は、口は出すけど、なるべく手出しはせず、死にそうなら助けるってことでいいの?」
「まあ、そうだね。」
エルザが簡潔にまとめるが、おおむねその通りのはずだ。
「しかし、いくらの借金になっているか分かりませんが、結構な額なのではないでしょうか?1年で稼げるものでしょうか?」
レティの疑問はもっともだ。低ランクの依頼をこなすだけでは貯蓄を積み上げていくのは厳しく、ランクの高い依頼を多くこなすか(冒険者ランクが低いと受けれないが)、ロバート達のように買取額の高い素材を積極的に狩らないと届かないだろう。
「そうだね。公爵家にエリクサーを届けるっていう騎士達が、お金を持って戻ってくるんじゃないかな?」
ロバートも、あまり自信のない推測を口にする。
「まあ、俺達が貴族の心配をする必要は無いし、冒険者に心配されたとなると、貴族の矜持を傷つけるんじゃないかな。」
「旦那様は貴族だった割には随分と気安いよね。」
「まあ、両親が冒険者をやってたし、人に言わせれば辺境の田舎者だから、気位ばかり高い典型的な貴族では無かったと思うよ。貴族だからって魔物は手加減してくれないしね。さあ、昼ご飯を食べて、顔合わせに行こうか。」
ロバート達3人は、食事を楽しんだ後、ガリアスが指定した宿に向かった。
ガリアスやロバートが滞在している宿よりもかなり安い宿のようだった。おそらく今回同行する奴隷達が泊まっているのだろう。ガリアスは顔合わせの為にわざわざ別に1部屋借りたようだ。
部屋に入ると、ガリアスの他に、オークションで見かけた3人の奴隷と、公爵令嬢と侍女の5人がいた。
ロバート達がフードを外すと5人とも驚いた表情を浮かべたが、奴隷の3人は純粋にレティ達の美貌に見惚れただけだろう。帝国の2人からは、再会した驚きというよりも、何か忌避感を感じたが。
「お引き受け頂きありがとうございます。どうぞ、お掛け下さい。」
と、ガリアスが挨拶する。
3人が着席すると、宿の者がお茶を持ってくる。ガリアスが心付けを渡すと、笑顔で礼を言って出ていった。
「さて、依頼の内容についてはすでにお話させて頂いておりますので、今回お世話になる者の紹介を致しましょう。
こちら左側から、グルーン、ミュラー、フランツといいます。彼らが依頼の対象です。そして、こちらにいらっしゃるのが、ヒルデガルド様、ウルリーケ様です。2人に関しては、私が指示を出す立場にないので、ダンジョンに慣れるまでは同行しませんかとお誘いした形です。」
「よろしくお願いする。俺はランクB冒険者のロバート。こちらがパーティーメンバーのレティシアとエルザだ。依頼内容は、期間は2週間、こちらの3人に同行して助言するということで、基本的に手出しはしないということでよかったか?」
ロバートが自己紹介をした後、ガリアスに尋ねる。
「はい、出来るだけ早く全てを3人でこなせる様になって欲しいので、危険な時を除いて助言のみでお願いします。」
「分かった。では、明日出発するわけだが、6時出発でいいか?言うまでもないが、準備は、武器、防具は勿論、2週間以上もつ食料と水、後は野営用の寝具だな。テントは荷物に余裕があればといったところか。あとは傷薬、ポーション、魔法職なら魔力回復ポーションといったところだな。基本的には俺達の所持品に期待するな。お金はガリアスと相談してくれ。質問はあるか?」
ロバートが一気に話した後、3人の顔を眺めると、フランツが手を挙げて、話す。
「ダンジョンに入った時の行動については、最初に教えて貰えますか?」
「ああ、現場で可能な限り教えようと思う。戦闘も、最初はランクの低い魔物相手に、戦術や戦闘隊形など、お前達に合ったものを確認しながら慣れていこう。」
「分かりました。よろしくお願いします。」
「他に無ければ、彼らに準備をさせた方がいいと思うが。」
ロバートは、あとは現場に行ってからでいいかと、ガリアスに話を振る。
「そうですね。彼らはまだお金を持っていないので、私も一緒に買い出しに付き合いますよ。」
「それでは、また明日ということで。」
ロバートが、話を切り上げようとしたところで、
「お待ちなさい。こちらには何もないのですか?」
と、ウルリーケが厳しい視線で問いかける。
ロバートは少し考えた後、
「今回は、貴方達に対して何かしろという依頼ではないので。基本、貴方達が慣れるまで、同じく初心者の彼ら3人を見て学べるものがあればいいといった感じだと聞いてますし。ですから、俺達が彼らに教えることを見たり聞いたりするのは自由にして頂いて結構です。」
と、改めて自分たちと彼女たちの立場を説明した。
「まあ!?・・・、お嬢様、やはり最初から私達だけで行動した方がいいのではないですか?そもそも奴隷や獣人なんかと一緒に行動するなんて!」
「はっ?(怒)」
ロバートがウルリーケの言葉に反応すると同時に、焦ったガリアスが割って入る。
「ウルリーケ様っ!帝国ではどうか知りませんが、王国では人類は種族に関係なく平等に権利と義務があります。奴隷に関しても、特に借金奴隷の場合は人によって様々な事情があり、奴隷であるという事実だけをもってその者を見下すのは思慮が足りないと判断されます。また、他種族蔑視などは、繁殖力以外に突出した能力を持たない人族の劣等感の表れであるとされています。心の中でどう思うかは個人の自由ですが、それを声に出すかどうかは個人の品位が問われます。少なくともこの王国では。」
「な、な、な・・・。」
「おやめなさい。ウルリーケ。そもそも、私達があれを手に入れる為には、今その奴隷であってもおかしくなかったのですよ。肩書がまだ奴隷でないのはガリアス殿のお情けによるものなのです。更にその上で私達に学ぶ機会を与えてくれています。そこまでする必要は無いというのに。現状の私達の立場を考え違いしてはいけません。皆様、私の侍女が失礼な物言いをして、申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、私もつい不遜にも言い過ぎました。ただ、冒険者として活動されるのであれば、余計な一言が不幸な事故を招きかねません。ご自身の為にも注意された方がいいかと。」
ロバートは、ガリアスとのやり取りを聞いて、ヒルデガルド本人はまだまともな感性を持っているのではないかと思い直し、取り敢えず怒りを収めた。




