51.ヒルデガルド
旅立った当初、真っ直ぐ王国を目指したヒルデガルドであったが、本当に偶々、エリクサーの原料となると言われるグリフォンクイーン(の尻尾の羽)の噂を聞いた。帝国内、それも元々の進路上に近いところにいるとのことだった為、居ても立っても居られず、突っ走った。その結果、いきなり攻撃を仕掛けるという愚行を犯し、逃げられる羽目になった。
「申し訳ございません、お嬢様。ヒルデブラント様の命が掛かっていると焦りました。」
護衛としてつけられた騎士は、将来、弟のヒルデブラントの側近候補として養育され、忠誠心に溢れているが、今回はそれが逆に作用した。
「もう言っても仕方ありませんわ。幸い追うことは出来そうですから、直ぐに出立します。」
救いは、護衛兼侍女として従っていたウルリーケが、飛び去る直前に何とか追跡型の魔導具を打ち込み、後を追えることが出来そうだったことだ。
その後は、グリフォンクイーンを追う為、対となる魔導具が示す方向へ進路を取り、海路で王国へ渡った。元々目的は王国で素材を探すことだったので、問題ない。
上陸した王国の港町では、魔導具が示す西の大森林への道案内と護衛をギルドで依頼しようとしたが、異変の調査中であり、調査が終わるまで待てとのことだった。
調査が終わるまで待ってからギルドの仲介を受けるなどと悠長なことを言ってられない為、実力のある冒険者パーティー(自称)を直接雇い、現地へ向かった。
しかし、現地に到着する前に、打ち込んだ魔導具の反応が無くなった。幸い、反応が消えた場所までは、手持ちの魔導具が指し示し続ける為、向かうことはできる。
ただ、魔導具の反応が消えるということが、何を意味するのかさっぱり分からない為、不安が広がった。一時は躊躇したが、悩んでも仕方ないと反応が消えた場所を目指して大森林へ入った。
慣れぬ野営を続けながら、大森林で魔導具の反応が消えた場所を中心に捜索したが、結果としては、何の手掛かりも得ることは出来なかった。捜索中に襲ってくる魔物に関しては、実力を自称するだけあり、危なげなく護衛の冒険者が狩っていた。
ヒルデガルド達は、情けないことに、遭遇する無数の魔物の脅威に身が竦んでしまっていた。帝国には魔物がほとんどいない為、仕方のないことだが、護衛の冒険者は特に気にすることなく、
「お嬢様方が手を出す必要はありませんよ。その為に雇われているんですから。むしろ手出しされると、狩った素材の分配が面倒ですから。」
ガハハハ、と笑いながら、大量の素材を得ることができてホクホクのようだった。
結局、港町を出発して3ヶ月程で、何の収穫もなく戻って来る羽目になった。冒険者に謝礼を払い、別れた後、僅かでも手掛かりを掴むため、情報収集を始めた。港町は、人や物の往来が激しく、情報も集まってくると考えたためだ。
今日も、午前中の聞き込みを終え、すっかり慣れてしまった平民向けの食堂で昼食を取る。
ヒルデガルド一行には、皆疲労感が強い。気分転換の雑談を楽しむ余裕もなく、黙々と食事をしていると、隣の席から小さな声が漏れ聞こえてきた。
「しかし、今回はすげぇ品揃えだったな。」
「ああ、古龍もそうだが、エリクサーだぜ。一体、いくら・・・。」
「おい、今の話詳しく聞かせろ!!」
隣の男達の話の中にエリクサーが出た瞬間、騎士が話に割って入った。
お金と力を見せて、そのオークション参加予定の商人達から強引に話を聞きだしたヒルデガルド達は、午後のオークションお披露目会へ突撃した。
一見さんお断りの一辺倒だったが、騒ぎを見かけ、ヒルデガルドの紋章に気が付いた帝国商人が、後々の便宜を匂わせながら紹介を買って出た為、参加することが出来、そこでエリクサーを見つけた。
その後は、もしもの為にと持ってきていた宝飾品などを可能な限り換金し、オークションへ向けて資金を調達した。
「なんとしても競り落とさなければ・・・。」
「はい、この奇跡的な巡り合わせを是が非でも活かさなければ。」
ヒルデガルドとウルリーケは、宿で中々眠れぬ夜を過ごした。
オークション本番、ヒルデガルドは、エリクサーの登場まで微動だにせず待ち続けた。
ついにエリクサーが紹介され、碧金貨5枚から開始と声が掛った。
「(碧金貨)6枚!!」
入札はウルリーケが行う。その後もどんどん値は上がり、
「(碧金貨)9枚!」
ウルリーケが声を上げる。手持ちとしては、ここがぎりぎりだ。他の声が上がらなければ、と期待するが、その思いも空しく、値は上がる。
「(碧金貨)9枚!と白2枚!!」
「(碧金貨)9枚!!と白5枚!」
「(碧金貨)9枚!と白8枚!!」
「(碧金貨)10枚!!」
「こっちも(碧金貨)10枚!!!!」
「お嬢様!もうお金が・・・。」
「お金はどうとでもするしかないですわ。でもここで落とさなければ、次なんてないかもしれません。」
「分かりました。」
「(碧金貨)10枚!!と白5枚!」
その後、ギリギリの時間でもう1人の商人が同額で続いたが、もう他にはいなかった為、落札することができた。
「良かった・・・。」
ヒルデガルドは、ホッとして席で脱力した。これでヒルデブラントを治すことが出来る。
「一時は何の手掛かりも無くなり、途方にくれましたが、良かったです。」
ウルリーケも同調するが、何かに思い当たり顔を曇らせ、
「お嬢様、不足分のお金はどうなさりますか?」
「そうね。なんとか主催者に交渉して時間の猶予を貰えないかしら。帝国の公爵家であれば、多少の融通は効かせてくれるのではなくて?」
「そうであればいいのですが。」
ウルリーケは、楽観視できなかった。紹介者無しでお披露目会に入ろうとした時の、主催者側の強硬な対応からすると、一筋縄ではいかない気がしたのだ。
そして、彼女たちは、詳しい規則を聞く機会がなかった為、即日現金払いの原則を知らなかった。




