50.エリクサーの落札
会場は、古龍の鱗の落札による興奮が中々落ち着かず、15分程度の休憩となった。
3人は特にすることも無い為、席から離れずに主催者側の用意してくれたお茶を飲んでゆっくりして再開を待った。
ようやく会場のざわめきがおさまり、司会者が再登場して再開となる。
「さて、お待たせしました。本日の目玉ともいえる品です。『死亡』以外は、回復させることが出来ると言われている霊薬、エリクサーです。」
「「「「おおおおーーー!!!」」」」
休憩は意味がなかったようだ。
「静粛にお願いします!!・・・・・よろしいでしょうか?では、本日、この奇跡の霊薬が2本あります。あまりに稀少なものですので、2本1組ではなく、1本ずつの落札とします。但し、落札額は2本とも最高額とし、2人目の希望者が最高額を払えない場合、2本目は次回へ持ち越しとなります。それでは、碧金貨5枚からの開始です。」
早速数人が5枚で手を挙げる。
「(碧金貨)6枚!!」
ヒルデガルドの侍女が入札する。
「(碧金貨)7枚!!」
複数の商人、魔術師ギルドが更に入札していく。
「(碧金貨)8枚!!」
「(碧金貨)8枚!!と白5枚!!」
「(碧金貨)9枚!」
「(碧金貨)9枚!と白2枚!!」
「(碧金貨)9枚!!と白5枚!」
「(碧金貨)9枚!と白8枚!!」
「(碧金貨)10枚!!」
「こっちも(碧金貨)10枚!!!!」
そろそろ決着すると読んだのか、魔術師ギルドに続き、商人が同額で並んだ額を提示した。
「今、お二方が10枚です。無ければ決まりますが・・・。」
「(碧金貨)10枚!!と白5枚!」
9枚を超えたあたりで声が止まっていたヒルデガルドの侍女が提示する。
10枚を提示していた商人は、悩んでいる。
「おっと!10枚と白5枚が出ました。もうありませんか?」
司会者がしばし会場を見まわしながら待つ。
「では、あと10秒で閉めます。10,9,・・・・3」
「同額だっ!!」
「2,1、0。はい、では、お二方、碧10枚と白5枚で落札です。」
「「おおーー」」
「今回は、空前の大商いだ!」
「いやぁ、いいものを見れた。」
高額落札に会場が湧く。
結局、落札したのは、ヒルデガルド一行と、終了直前に声を上げた商人のようだった。
ロバート達は、目立たぬようにそそくさと興奮冷めやらぬ会場を後にした。
出品者への支払いは、明日となっており、今日中に買い手から代金の徴収と商品引き渡しをするとのことだったから、ロバート達は今日はもう用はなかった。
「なかなか恐ろしい額になったな。でも鱗のお金はエルザのものだし、竜素材はレティと一緒に狩ったものだし。」
「えっ?別に私はお金なんて要らないわよ。買いたい物とかないし。あっても、旦那様におねだりすればいいでしょ。」
だよねっ?と上目づかいで覗き込む仕草が可愛い。
「そうです。すべて旦那様のものです。私の身も心も含めて。」
レティもどさくさに紛れて別のアピールをぶっこんでくる。
「そ、そう?まあ、所持金に対して、お金の使い道が今のところ少なすぎるから、欲しいものがあったら遠慮なく言ってね。」
実際、ロバート達は、食料などは自給できるので、日々の生活に必要なお金は少ない。
高級宿に泊まって、豪遊したとしても、3人の実力なら1回ダンジョンに行けば十分おつりが出る。
結局、その日も夜まで3人仲良く食べ歩きを楽しんで、宿に帰った。
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ヒルデガルドは、帝国の歴史ある公爵家に生まれた。第一子ということで期待されたが、成長するにつれて魔法の才能は無いことが判明した。
帝国では、剣や槍のような近接戦闘に用いられる武術よりも魔法に価値が置かれ、貴族の当主は魔法に長けていることが必須と考えられている。騎士団も戦法としては魔法を多用する。
よって、ヒルデガルドは、両親に愛されてはいたが、公爵家を担う者という点では期待されていないことは明らかだった。しかし、彼女は腐らず、魔法が駄目ならと学問・武術を磨き、その世代では帝国でも指折りの実力者となっていた。両親は素直にその努力を認め、成長を喜んでいるが、それ以外の周囲の者達は、淑女らしく振舞って他の有力貴族との社交に励み、縁を結ぶことを期待している様だった。
ヒルデガルドには、弟がおり、魔法の才能に溢れ、大きな魔力を有しており、公爵家の跡継ぎと目されている。弟の才能に嫉妬する感情が無かったとは言えないが、仕方が無いと開き直ってからは、非常に仲の良い姉弟であった。
その弟が原因不明の病に倒れたのが、1年前のことだ。数多くの医師、薬師、回復術師を呼び寄せたが、悪化の速度を遅らせるのが精一杯だった。
診断によると、肺を侵されており、余命2年の見込みと言われた。家族が絶望に包まれる中、薬師が独り言のように呟いた言葉が一筋の光明を与えた。
「エリクサーがあれば・・・、」
奇跡の霊薬と言われるエリクサー。ダンジョンなどで極偶に発見されると言うが、稀少な薬草や魔物の素材を用いれば調合することも出来ると言われている。ただ、その素材を集めることが難しい。
しかも、不思議なことに、帝国ではダンジョンは発見されておらず、他に魔物が常に生息しているような場所も無いのだ。だが、
「ここでじっとしてても何も変わりません。僅かでも可能性があるなら行動すべきです。私に行かせて下さい。ダンジョンや魔物の多い王国に行けば・・・。」
と、ヒルデガルドが両親に訴えた。
最初は反対したものの、ヒルデガルドの懸命な訴えに、両親もとうとう首を縦に振った。
実は、大公家がヒルデガルドに縁談を望んでいるとの情報が秘密裏に帝都からもたらされた。現大公は素晴らしい人格の持ち主だが、縁談相手と目される次男の教育だけは失敗したとの評判だ。実際、社交の場でヒルデガルドと会った時も、好色な目を隠そうともせず馴れ馴れしい態度を取り続けた為、彼女が毛嫌いしている。だが、正式に話を持ち込まれれば、両親が反対しても穏便に断れそうもない。
よって、その縁談の時間稼ぎをする為もあり、公爵は娘が旅立つことを了承した。選りすぐりの護衛を付ける条件で。




