32.依頼
ギルマスの部屋に入ると、令嬢が1人ソファに、護衛らしき男が2人ソファの後ろに控えていた。
「そちらに掛けてくれ。」
と、ギルマスが、令嬢と向かい合う3人掛けのソファを指差すので、3人で座った。
側面にギルマスが座る。元冒険者らしい筋肉質の体をキープしている40代後半の男。
向かいは、赤いロングヘアが特徴的な10代後半のそこそこ美人な令嬢だ。
「まずは、そちらが、この町の代官であるヨークシャー子爵ご息女のミレディ嬢だ。」
「ミレディと申します。」
「ロバートです。」
「レティシアです。」
「エルザです。」
向こうが名乗ったので、一応、挨拶をする。3人とも海の幸をお預けされた不機嫌を隠さない。
「お前ら、なんだその態度は!無礼であろう!」
後ろの護衛が怒鳴るが、全く響かないな。こっちが文句を言いたい。
「で、続けてくれないか。何が緊急依頼なんだ?」
と、護衛を無視して俺がギルマスに促す。
「貴様!!」
「おやめなさい!」
まだ護衛が突っかかってくるのをミレディが制止する。
「1つ言っておく。無暗にこっちに殺気を飛ばすな。俺はともかく、連れに殺気を飛ばしやがったら、その瞬間お前の首を飛ばすぞ。」
と極々弱い“威圧”を込めて護衛に釘をさす。
「おい、“威圧”するな!」
と、ギルマスが止めるが、これっぽっちで顔を真っ青にして怯えている向かいの3人を見て
「この程度でビビってる奴が偉そうにするからですよ。」
ああ、ダメだ。厄介事と空腹で相当イラついてるなぁ。
「話を戻すが、実は、ミレディ嬢の兄上が大森林東のダンジョンに行ったきり、戻る予定日を過ぎても帰ってこないのだ。そこで、ミレディ嬢から捜索依頼が出されたと言う訳だ。」
はあ?どこが緊急依頼だ?
「それのどこが緊急依頼なんだ?さっぱりわからん。冒険者がダンジョンから帰ってこないってどこにでも転がっている話だろ。完全に私的な依頼じゃないか。それに、このギルドを拠点にしているランクAやBなんか一杯いるだろ?」
「いや、・・・。」
こっちの方が正論だ。ギルマスも言葉に詰まって当然だろう。
「そこを何とかお願いできないでしょうか?お金ならご希望に沿って用立てますので。」
ミレディが頭を下げてくる。
「いや、俺たちは美味しい海の幸を楽しみにここまで来たんだ。それを緊急依頼だ、ギルド証剥奪だって強引に連れてこられたら、ただの行方不明者の捜索?他をあたってくれ。」
と、もう話は終わりだと席を立とうとした。
「待ってくれ。代官の子息だぞ。ただの行方不明じゃないんだ。」
ギルマスが必死に引き留めようとするが、
「だから、他にも冒険者はいるだろう?」
「ちょうど今、皆出払ってるんだ。すぐに集まるのはランクDくらいだ。だから頼む。」
「だから、何故ギルマスがこの程度に出張ってくるんだ?冒険者は自己責任だろ。あと、これは完全に緊急依頼ではないよな。これ以上言うなら、ギルド本部に今回の件を報告するぞ。」
「ぐっ、そ、それはやめてくれ。」
よし、ギルマスは黙らせることができそうだ。
「待って下さい。お願いします。お金は言い値で準備しますので!」
は~、ホント面倒くさい。
「そもそも、その兄上は何しに行ったんですか?公務ですか?」
「いえ、冒険者としてダンジョンに行きました。」
完全に私用だ。ギルマスを睨むと目を逸らされた。
「捜索と言っても、条件は?絶対生きて連れ帰れ、なんて条件は当然受けられない。」
「それは、分かっております。可能な限りで構いません。」
「どこから飛んで、どのあたりまで行くと言ってたんだ?」
「以前20階層まで行ったそうで、そこにボス部屋があるので、その攻略を目指すと言ってました。」
「そもそも、俺たちはこのダンジョンは初めてだ。1階層からの攻略になる。ダンジョンの広さも知らない。20階層に到達するまでどれだけ時間がかかるか分からないぞ。正直何かあったのなら間に合わないだろう?」
「だが、20階層だと、ランクDでは無理だ。」
「じゃあ、このダンジョンの情報を出してくれ。」
説明された<大森林東のダンジョン>の概要は以下のようだ。
・港町から東に25km行ったところ、東の大森林の浅いところに入口があり、5大ダンジョンの1つ
・過去、45階層まで到達済み。だが、ダンジョンとしては未攻略。
・洞窟系の階層が多いが、魔物の種類や階層毎の魔物ランクは〈草原のダンジョン〉と似ている。
・各階層、凡そ5km~10km四方の広さと考えられる。
・魔物は、~5階層がランクE、~10階層がランクD、~20階層がランクC、~40階層がランクB、~45階層でランクAが混じるという傾向とのこと。
魔物を無視して身体強化で突っ走って20階層まで1、2日といったところか。20階層から探せばいいってことだが、既にダンジョンに吸収されてたらどうしようもないな。
「じゃあ、報酬として、1日あたり200万ゴルド。生きて連れて帰ってきたらプラス1000万ゴルド、遺品を持ち帰ったらプラス300万ゴルドだ。その他、ポーション等を使用したら別途経費として払ってもらう。出発は明日。20階層だけをじっくり探索する。20階層のボスが目的なら、ボスを攻略してたら21階層の安全地帯からとっくに帰ってきてるだろうからな。20階層での探索は最大丸3日だ。あと、公的な部分は何もないから、報酬は当然あんたの家の財布からだ。間違っても税金から出すなよ。」
ミレディは、再び顔が真っ青になった。
「貴様!ふざけるな!そんな報酬額があるか!しかも報酬の出所まで指図される筋合いはない!」
また、護衛が懲りずに口出ししてきた。
「じゃあ、この話は終わりだ。2度目は無い。」
席を立とうとする。
「ま、待ってください!護衛の無礼はお詫びします。その条件で構いません。お願いします。」
「じゃあ、ギルマス、職員を呼んで契約書を作ってくれ。」
「ああ、分かった。」
契約書を作り、依頼を受け、ギルドを後にした。
やっと、海の幸が食べれる。




