110.≪幕間・出会い3≫
ドサッと、男がディーの上から地面に倒れこむ。
その音を聞いて、男たちが一斉にそちらに気を取られる。
「どうしたっ?え、え、矢?どこから?」
細身の男が慌てていると、2本の閃光が走り、細身の男とエルを捕らえている大男に直撃する。
「「ギャ!!」」
大男と接していたエルにもその雷系の魔法が当たるが、魔法耐性は弱まってなかったようで、エルにはダメージはそれほど無かった。
ただし、エルにも状況が分からない。支える力が無くなり、後ろの男と一緒に倒れこむかと思われた時、ドカッと衝撃があり、大男が吹っ飛んでいくのが、視界の端で見え、エルは力強い腕で抱き留められた。
「大丈夫か?・・・ああ、力が入らないのか。」
その男は、そう言うと、壊れ物を扱うように慎重に、いわゆるお姫様抱っこでエルを抱きかかえた。
奴らはあと2人いたはずだが、と視線を向けると、いつ倒したのか、剣士風の男が2人を後ろ手に縛っているところだった。細身の男は小柄な女性冒険者に、大男は別の男性冒険者に縛られている。
もう1人の女性冒険者が、ディーの様子を見て、
「うん、怪我以外は問題なさそうね。」
と言い、≪治癒≫を掛けていた。
エルは、ディーの無事を聞いてひとまずホッとしたが、助けてくれた者達の思惑は分からない。
「意識はあるようだな。」
男が、エルの顔を覗き込む。頭を綺麗に剃り上げているが、精悍な顔立ちの男だった。
「あ、ありがとうございます。」
エルが何とか感謝の言葉を伝えるが、ようやく自身の状況に思い至り、顔を真っ赤にした。
男性に触れられているどころか、か弱い女性のように抱っこされていることがひどく恥ずかしかった。だが、同時に全身を委ねていることに対しては、抵抗感はなく、妙な安心感を感じていた。初めて会う男だというのに。
「ダン、なんかいかにもな怪しい瓶を持ってんだけど、中身がちょっとだけ残ってる。」
小柄な女性冒険者が、皆に見えるように瓶を掲げている。
「ヨナ、分かったから蓋は外すなよ。そのままギルドに渡して調べさせよう。」
「分かってるわよ。彼女の様子を見れば、だいだい想像つくけどね。まったくこういう下衆な男共の考えることってどうしていつも一緒なのかしら。じゃあ、ダンとガイは2人を安静にできるところに連れてって。私達でこっちは片づけとく。」
「分かった。・・・いや、ナディアはこっちに付き合ってくれ。ごつい男2人でこんな美人連れてったら絶対勘違いされる。」
「了解。私もダンとガイについて行くわ。ヨナ、2人に任していい?」
「そうね、気が付かなかったわ。こっちは2人で大丈夫よ。」
エルは、そのやり取りを聞きながら、急にドッときた疲れのせいか、そのまま意識を失った。
エルが意識を取り戻したのは、ギルドの医務室だった。窓の外を見ると、すっかり暗くなっており、長く眠っていたと思ったが、後で聞けばほんの3時間程度だったらしい。
「あ、お気づきになりましたね。気分はいかがですか?体は動きます?」
ベッド脇の椅子に腰かけて書類を見ていた女性がエルに顔を向けて問いかける。確か、ギルドの受付嬢だったはずだ。エルは手と足に力を入れて動かせるか確認すると、まだ完全ではないが、薬の効果は薄れているようで、ある程度は思ったように動かせるようになっていた。
「まだ少し違和感がありますが、大丈夫です。あっ!ディーは?私の連れはどこですか?」
「お連れの方は、少し前に気が付かれ、助けだしてくれた冒険者パーティとお話しされていると思いますよ。お呼びしましょうか?」
「いえ、私が・・・あっ!」
起き上がろうとしたが、ガクンと崩れ落ちる。やはりまだ薬が抜けきっていないようだ。
「もう少し安静にしていてください。お呼びしてきますね。」
部屋の外に出た受付嬢は、すぐに戻ってきた。
「エル!ごめん、俺が考えなしに動いたから・・・。」
部屋に入ってくるなり、ディーがエルに謝罪する。
「いえ、私の方こそ、慢心して油断していたのだと思います。その結果が今回の・・・。」
エルは、悔しそうに俯く。
「ダンさんにも言われたんだ。自分達がどう見られているか、常に周囲に気を配れと。感じた悪意を気のせいで片づけるなとも。俺はエルに向けられる周囲の感情にも気が付いていたはずなのに・・・。」
「もういいんじゃない。あれだけダンに説教されて、十分反省してたんだから。」
「おい、ノックもせず勝手に入るな。」
あの場にいたヨナと呼ばれていた女性冒険者が明るい声で話しかけながら入ってくるのを、ガイという剣士の男が手を掴んで止めている。
「差し支えなければ、入ってもらえませんか?私がまだ動けそうにないので。」
エルがそう言って、部屋に入るよう促す。
「皆さん、ありがとうございました。正直、自力ではどうにもできない状況に陥ってしまってましたので・・・。」
エルが、頭を下げて感謝の意を示す。
「大事に至る前にお助け出来てよかったわ。あの瓶の薬の残りをギルドで見てもらったけど、正規の薬ではなく、裏で流れている物だったみたい。効果が相当やばいから警戒しないといけないけど、体内に入れなければ効果が無いということがまだ救いね。皮膚吸収でも効く薬だったら本当に防ぎようがないわ。」
もう1人の女性冒険者、ナディアが薬の調査結果を伝える。
エルの視線が、抱き留めてくれた男、ダンに向けられる。ダンは、鼻を指でかきながら、
「ああ~、すまなかったな。こんな男があんたみたいな女性に触れちまって・・・。緊急時だったから勘弁してくれ。」
エルは、今になって自分が抱きかかえられていたこと思い出し、頬を染める。
「いえそんな・・・、私の方は全然悪い気はしませんでしたし・・・。」
と、焦りながら思わず言ってしまったが、他の女性陣のアラアラ、という目線を受けて更に恥ずかしくなり、顔を伏せた。
「ゴ、ゴホン、まだ体の調子も戻ってないようだから、安静にした方がいい。そろそろ引き上げよう。それでは、また。」
ダンも何か感じたのか、早々に話を切り上げて、部屋から出て行った。
エルは、最後のまたという言葉を聞いて、次の機会があると期待する自分に驚いた。
「エルの許可が得られたら、しばらく彼らのパーティに入れてもらって活動しようと思うんだけど、どうかな?」
「えっ?」
「いや、実は、エルが目を覚ます前に、ダンさんに色々と冒険者の心構えについて教えられたんだ。そして、もっと教えてほしいとお願いしたら、エルの許可が得られたら、鍛えてやると言われて・・・。」
「それは・・・、私はもう必要ないということですか?」
エルが、力のない声で聞く。
「えっ!!いや、エルと一緒にってことだよ。さっきのダンさんに対する態度を見たら問題無いかなって思ったんだけど・・・。」
と、少し揶揄うような調子でエルに言うと、
「な、な、な、何を、い、言ってるんですか!?」
「いや、動揺しすぎでしょ。すごく分かりやすいなぁ。正直、俺は、ダンさんならいいと思うんだ。エルのことは本当に母親や姉のように思っているから、エル個人の幸せも考えて欲しいんだ。もう王族でなくなった俺だけに縛り付けられなくてもいいと思う。勿論、無理矢理離れ離れになる気もないよ。だから尚更彼らのパーティに2人で入れてもらえるっていうのはいい話だと思うけど。そうすれば、俺が成長するまでの間でも、今回みたいなことが起こらないでしょ。・・・でもすぐに決めなくても、エルが回復してからまた話そう。」
ゆっくり休んで、と言って、ディーが部屋から出て行った後、エルは、ディーも今後人付き合いを増やす必要もあるだとか、色々な人の戦い方を学んでいくべきだとか、様々な自分を納得させる理由を考えた後、結局自分もダン達と一緒に活動してみたいと思っていることに気が付いたのだった。
その後、ディーとエルはダン達のパーティに加わり活動を再開した。
他のメンバーが見ていてじれったいという思いを抱える中、お互いを意識し始めたダンとエルの2人は、彼らのペースで徐々に距離を縮めていき、加入して4か月後、火竜を倒すという偉業を成し遂げた後、2人は確かな想いを伝えあい、ようやく結ばれたのだった。