109.≪幕間・出会い2≫
ぐったりとしたエルの体を支えた男が満足そうに、
「ふ~っ、効いたようだな。」
「ああ、強い奴はだいたい異常耐性も高いからな。いかにこの薬の効果が高いと言われてても、不安は消えなかったし。」
「だが、この様子なら大丈夫そうだ。」
空になった瓶を懐にしまいながらホッとしたように言う。
エルは、体に力が入らないことに焦りながらも、思考は寧ろ鮮明になっていた。
「一体何を?」
エルの表情に焦りを見て取ったのか、細身の男が歪んだ笑みを浮かべながらやや得意げに話す。
「これはな、最近裏で流通が増えている弛緩剤だ。つまり、体の力が入らなくなるってやつだな。かなり性能が良くなったようでな、ある程度の異常耐性持ちにも通じて、更に魔法も使えなくなるってふれこみだったが・・・、その様子ならしっかり効いているようだな。副作用として、頭はスッキリするんだが、ククク、寧ろその方が不幸かもな。俺達にとっては楽しみが増えるってもんだけどな。まあ、貴族様にも愛用者が増えているってことだから、あながち下劣ってことでもないんだろう?」
エルは、それを聞き、ようやくこの男達の狙いを正確に理解した。それは、勿論殴る蹴るといった直接的な暴力による報復ではなく、女性の尊厳を貶める類のものだろう。すぐさま無詠唱で魔法を試したが発動しなかった。完全に油断していたと後悔してもすでに遅かった。
「よっと。」
大柄の男が、エルの両脇を支えて、体を無理矢理真っ直ぐに立たせると、細身の男が手際よくエルのミスリルの鎧を外しにかかる。
「や、やめなさい!何をする気ですか!?」
「何をする気?ってナニをするんだよ、勿論。」
「クッ、恥を知らないのですか?あなた達は。」
「あ~~、聞こえんなぁ。イキがったところで、今のお前には何もできないだろ?」
「寧ろ、イキ狂わせてやるけどな、ハハハ。」
「な、何を言ってるの!?離しなさい!!」
エルの言葉だけの抵抗も空しく、ガシャッと鎧が地面に落ちる。
「よし、外れた。」
細身の男の声に反応し、後ろの大柄の男が、両脇を支えていた両手を素早く体の前に回し、エルの双丘を鷲掴みにする。
「や、やめなさい!」
エルは、身の毛のよだつ嫌悪感に襲われ、身じろぎして逃れようとするが、体が自由に動かない。
「無駄無駄、薬が完全に効いているからな。しかし、鎧で押さえ込まれていて分からなかったが、極上のものを持っているじゃないか。それにこの汗が混じった匂いもそそるぜ。」
そう言って後ろから胸を揉みしだき、鼻で髪をかき分け、クンクンと首筋の匂いを嗅ぐ。
「!!」
エルは、1日活動した後の体臭を嗅がれながら胸を揉みしだかれるという行為に、おぞましい羞恥心を覚え顔を真っ赤にする。ここまで表情に感情を乗せたのはいつ以来だろう。
「や、やめろ!!」
と、叫び声が聞こえた方を見ると、ディーが意識を取り戻し、エルの状況を認識したようだった。
「ディ、ディー!大丈夫ですか!?」
「お前ら、エルを放せーー!!」
ディーが拘束から逃れようと体をバタつかせながら叫ぶが、男1人分の体重がかかっている為、前へ這いずることもできない。
「うるせいよ、黙れ。」
ガツン、と男がナイフの柄でディーの頭をかなり強めに殴りつける。
「ガッ!」
と、顔を地面に叩きつけられ、ディーの意識が朦朧となる。
「ディー!大丈夫!?き、貴様!!」
エルは、自分の心配よりも、ディーをこんな目にあわせた自分が許せなかった。ぬるま湯につかり、冒険者としての気構えや危機管理意識が戻っていなかったと思い知らされる。まともに考えれば、2人が共倒れになるくらいだったら、死ななければ多少の怪我など気にせず、奇襲して力押しででも全員一気に倒すべきだった。こんな奴らが、自分を慰み者にしたところで、その後ディーを無事解放するはずがないのだから。それが、躊躇してしまった為に、自分も無力化され、この状況を打開する目途が立たなくなっている。
「おい、こっちを無視すんなよ。」
エルの後ろの男が、今度は舌で髪をかき分け、耳に舌を這わせる。
「ヒァッ!!!」
思わずエルらしからぬ嬌声が出てしまうが、それは男達を喜ばせるだけだった。そして、
「んっ?おい!こいつ、エルフ?いや、ハーフエルフか!!どっちにしても楽しんだ後、裏の奴隷商に売りゃあ、かなりの額になるぜ!」
後ろの男が、思いもかけぬ幸運と言わんばかりに叫ぶ。
エルは、それを聞いてますます焦る。かつて強い魔力を封じ込める首輪が存在し、亜人差別の激しかった過去、魔力の強く美しいエルフ達にその首輪が使われて、奴隷契約なしに奴隷同然に扱われていた時代があった・・・。裏の奴隷商は、今は禁じられているその首輪をかなりの確率でいまだに所持しているという。
状況は非常によくないが、それでも何とか現状を打開できる手だてが無いか、ぐったりしているディーを見ながら考え続ける、卑猥な手つきと舌の感触の悍ましさに思考を遮られながら・・・。ディーが意識を取り戻し、冷静になれば、ディーの無詠唱魔法できっかけが作れるかもしれない。それまで時間稼ぎができれば・・・。
「おい、反応がつまらないからそろそろ剥こうぜ。」
目の前の細身の男が言うと、
「チッ、もう少し楽しみたかったが、確かに反応が薄いからな。独り占めしても悪いしな。ただ、少しずつの方が、羞恥心をあおるって意味ではいいかもな。」
「ああ、こういう気の強そうな美人が少しずつ堕ちていくのを見るのがたまらねえしな。」
「下衆が・・・。」
思わずつぶやくエルに、
「ああ、いいねえ。その汚物を見るような目が、この後どうなっていくのか想像するだけで滾ってくる。」
細身の男は、そう言ってエルの服に手を掛ける。
「最初はどっちがいい?上か?それともいきなり下からか?」
そんなことを聞かれても答えられるはずがないエルは、目の前の相手を睨むことしかできない。
「おい、それよりもそこの小屋に連れていこうぜ。ここらの奴らを遠ざけたとはいっても、ずっとここで続けるわけにもいかないだろ。」
「そうだな。おい、そこの小僧も猿轡かませて、後ろ手に縛って連れて行くぞ。」
「分かった。」
ディーを押さえつけていた男が、ロープを使って縛ろうとナイフから一瞬手を放した時、矢が飛来し、その首を貫いた。