108.≪幕間・出会い≫
人によっては不快な展開が一部あります。
読まなくても本編の流れには影響ありません。
元第二王子デイビッドの名前と立場を捨て、ディーがエルとともに王城を出てしばらく後、彼らは〈草原のダンジョン〉の街にいた。
2人は、当面ディーのランク昇格とダンジョン経験を積む為、ランクC相当の依頼をダンジョンでこなしつつ、到達階層を増やしていくつもりでいた。
ただ、エルの美しさに加えてディーも母親譲りの美形であるために周囲の注目を集め、且つ依頼を淡々と失敗なくこなしていることから、ギルドに来ると頻繁にパーティ加入の誘いを受けるようになっていた。
初めは軋轢を起こす必要はないと、丁寧に断っていたが、何度断ってもしつこく言い寄ってくるパーティもいくつかあり、ディーに対して恫喝まがいの暴力を振るわれそうになったことで、とうとう我慢の限界のきたエルが、大男を投げ飛ばしてしまった。
冒険者同士の争いであり、しつこくされていたのことはギルド職員も承知していたので、特にギルドからのお咎めはなく、それ以来、パーティへの勧誘がピタッと無くなったので、エルもこんなことなら早めに実力行使していればよかったと思ったのだった。
しかし、エルは、ディーと活動し始めてから大きなトラブルもなく、また冒険者活動を長期間休止していたことによって勘が戻りきっていないことから、他者からの悪意に対しやや鈍感になってしまっていた。
ディーは、王城での生活により、元々人の悪意には敏感であり、ギルド内の一部不穏な感情は感じていたものの、こちらから手を出すわけにはいかず、エルに相談するも、
「実力の違いを示しておけば、態々手を出して痛い目を見ようとする冒険者はいませんよ。」
と、あまり気にしていない。その為、ディーもそういうものかと、過度に警戒する必要はないと思ってしまった。
エルの言うことは正しいが、それは過去、エルがランクSと周囲に認知されていたことやエリック達とパーティを組んでいたことで、手を出す者がいなかっただけなのだ。しかし当時とは冒険者の世代が入れ替わっている今、あまりランクを周囲に知られておらず、過去に畏怖されていた時とは状況が違うということが、エルの頭の中でも認識されていなかった。
エルにとっては、情欲を乗せた視線を向けられることがこれまでも当たり前だった為、どうせ手を出せないと、いちいち気にすることをとっくの昔にやめていた。それが油断に繋がったのだろう。
ある日、いつも通り依頼を達成し、報酬を受け取った2人は、宿へ向かって歩いていた。
ディーもある程度はダンジョンに慣れ、実力的になんとか倒せる強さの魔物を相手にすることにより、レベルも順調に上がっていた。自信もつき、そろそろもう少し難度を上げてもいいかとエルと話しながら歩いていると、ドンッと、路地から勢いよく飛び出してきた男の子がディーにぶつかり、不意打ちをくらった形のディーを巻き込み道に転がった。
「ああっ!!ごめんなさい!そ、そうだ、兄ちゃん助けてくれよ!い、妹が大変なんだ。頼むよ!!」
と、ぶつかってきた男の子が一方的に話しかける。
エルは、その男を観察し、薄汚れたボロボロの服などから、スラムの子供と判断し、関わらないようディーを宥めようとしたが、
「とりあえず落ち着いて。何がどうしたんだ?」
ディーが事情を聞き始めた。
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。早く早く!!」
と、ディーの手を引っ張って路地へ連れ込む。ディーも抵抗する様子もなく、引っ張られるままについて行った。
「待って!でん・・・、ディー。」
エルも、咄嗟のことで、殿下呼びをしてしまいそうになったが、離れる訳にもいかず、ディー達の後を追う。
先導する男の子は、慣れているのか、ごみごみとして狭い路地を、思いの外素早く駆け抜けていく。ディーも状況が分かってないながらも、更に小さい子供が何か大変な状況になっているかもしれないと想像し、必死について行っている。
エルは、その速度に違和感を覚えながらも、見失わないようついて走ったが、2人が角を曲がり、姿が見えなくなった直後、
「グァッ!」
という、ディーの声が聞こえ、危機感を募らせ、角の直前で急停止して2人が消えた先を注意深く覗き込んだ。
ウッ と危うく声が出そうになったが、覗き込んだその先ではディーが1人の男に組み伏せられ、気絶しているようであり、その周りにどこかで見たような気がする4人の男がいた。
男たちの1人が、ディーを先導した男の子にお金を渡しながら、
「よくやったな。少しおまけしておいてやる。」
というと、
「へへ、ホントかい。まいど、また頼むね。」
と、明るく返事をして去って行った。どうやら完全に自分達をターゲットにして罠に誘い込まれたようだ。
「おい、美人の姐さんよ。いるんだろ。武器から手を放して、両手を上げて出て来いよ。出てこないなら、出てくるまでこいつの指を1本ずつ切り落としていくぞ。」
と、ディーの方に目線をやると、ディーを押さえこんでいる男が、ナイフを取り出し、ディーの腕を地面に固定し、手を開かせて刃をあてる。
「ま、待って。出ていくから。」
エルは、考えが纏まらないまま、言われた通り、両手を上げて、彼らの前に姿をあらわす。
「ヘヘッ、素直なのはいいことだな。この前もそうだったらよかったんだけどな。そこで止まってじっとしてろ。動けば遠慮なくこいつの指を落とすからな。」
一番大柄の男がそう言いながらゆっくりと歩いてくる。
「無様に投げられたお前が言うと、ホントに小悪党感が半端ないな。」
一緒に近づいてくる細身の男がそう言ったところで、エルもようやく以前絡んできた男達だと思いだした。投げ飛ばして追い払った後にギルド職員に聞いたところ、それなりの実力はあるが、素行が悪くランクBに上がれないパーティとのことだった。その彼らが仕掛けてきたということは、この前の仕返しだろうかと警戒し、何とか隙を探そうとする。
「まずは、ゆっくり動いて武器を横に投げろ。」
エルは、少し逡巡したが、格闘戦でも何とかする自信があり、ディーの身も心配であったので、剣とナイフを外し、横に放り投げた。
近づいてきた大柄の男が、更に武器を蹴飛ばして、遠くへ追いやった後、エルの背後に回り込んだ。
エルが、後ろに回った男に気を取られた瞬間、細身の男がエルの顔に瓶に入った液滴を浴びせ、それをまともに吸い込んでしまったエルは、ガクンと体の力が抜けたことに焦り、傾く体を大柄の男に抱き留められたところで、ようやく本気で身の危険を感じ、冷や汗を流したのだった。