103.もういいよな。
「結構正直なんだな。まあ、そうなったら力づくで対応するけどな。」
「力づくだと!?この人数差でよくもそんな大口を叩けるものだな!お前の他はか弱い女3人と子供。戦いにもならんわ!もう、議論は不要だ。とっとと力づくで連れていけ!!」」
ロバートの発言に対し、また伯爵が口を挟み、最後はとうとう実力行使まで命じた。
ロバートは、公爵領を訪ねた場合の仮定を話しているのだが、もはや伯爵は区別ができておらず、メチャクチャだ。
「伯爵、落ち着いてください!」
と、ニクラウスが止めるが、その瞬間、レティが取り出した剣の先端が、伯爵の喉元で止まっていた。
「な、な、なにを・・・。」
気がついた伯爵が、体を硬直させて、冷や汗を流し始めると、頭の上から髪の毛が床にパラパラと落ちる。
全く気が付かないうちに、一瞬で伯爵が剣を突き付けられているのを見て、ニクラウスも驚愕の表情を浮かべる。
「ぷっ!」
ロバートが思わず噴き出してしまったのは、レティが剣を喉元にあてる前に、一閃して頭頂部の髪を刈り、直径10cm程の禿が出来ていたからだ。
ロバート以外には、その剣の軌道は見えず、伯爵に至っては、剣先に意識がとられ、髪が剃られたことにも気が付いていない。その伯爵の姿が滑稽で仕方ない。
「そのか弱い女に剣を突き付けられても何の反応もできないくせに・・・。こっちが本気ならもう死んでますよ。こちらを害する宣言をしたのですから、殺しても正当防衛ですね。」
やや力を込め、皮が切れないギリギリまで剣先を押し込む。レティも、ロバートに対して無礼な伯爵にとうとう我慢の限界が来たようだ。
ロバートは特にレティを抑えようとはせず、ベリンダに話しかける。
「さて、ギルマスとして、領民を拉致して連れ去ると明言した他国人に対して、どう対応するのかな?賊と一緒だからもう遠慮することは無いよな。殲滅して、このまま首だけ届けるか?」
荷物を届けるようにお気楽にロバートは言うが、伯爵は、そんなことは何てことないという態度に逆に恐怖を覚え、震え上がる。べリンダも、流石にこれ以上冒険者でもない他国の者に勝手を許すわけにもいかない。ロバートに対する感情云々とは別次元の話だ。脳筋と評されていてもそのくらいの判断力はある。
「貴方方が、依頼をしたいということで場を設けたが、流石に言うことをきかないからといって、実力行使まで宣言されては、ギルド、ここの領主、国を敵に回すことになりますよ。特に領主は、領民思いで有名である上に、元ランクSの冒険者であり、率いる騎士団もツワモノ揃いです。出港するまでに捕縛か討伐されるでしょうね。」
ギルマスに、思ったより淡々と説明されて、状況を理解したのか、剣を突きつけられているせいなのか、伯爵の顔色は最早真っ白で声も出ない。
ニクラウスは、慌てて必死に言い募る。
「いや、あれは本気ではない。この国や領主とコトを構えるつもりなんてない。撤回させてほしい!」
「じゃあ、俺も断ったし、引き受けたくなるような条件は出せそうにないし、もう大人しく諦めて引き下がるってことでいいんだな?」
「・・・仕方ない。伯爵がああ言ったが、そもそも力づくでも敵わないようだしな。どうやら初手から間違えたようだ。」
「そうだな。俺は、名誉や地位は別に欲しくないし、寧ろ煩わしい。金は自分で稼げるし、妻以上の女性なんていないだろう。およそ世の中の男が欲しがるものが餌にならない上に、地位や立場を笠に着て上から言うことをきかせようって奴が大嫌いなんだ。となれば、情に訴えるしか無い。公爵様本人が来て礼を尽くしていれば、まだこっちの態度も軟化したかもな。」
「そうか・・・。」
「古に『三顧の礼』という話がある。聞いたことがあるか?」
「いや、知らないが・・・。」
「昔ある国に、皇帝の遠縁に連なるが、没落していた小領主がいた。皇帝の権威が無くなり、乱れた国に心を痛めており、何とかしたかったが、いかんせん家臣団の層が薄く、自分では力も知恵も足りない。そんな時、在野に稀にみる知恵者がいると聞いた。
家臣が召し抱えるなら呼びつけようと提案したが、教えを乞うのだからと領主本人が会いに行った。運悪く2回も会えないことが続き、家臣がもう十分礼儀は尽くしたと言うも、会えるまで訪ねると3回目でようやく会え、辞を低くして世の中の為に力を貸してくれるよう頼んだ。知恵者は、能力のある主君に巡り合うまでは隠遁生活を続ける気だったが、その無駄足になりながらも何度も訪ねてきた誠意に感じ入り、能力的には見るべきところがないその領主に仕えることにした。そしてそのまま仕え続け、領主の死後も、死ぬまでその後継者を支え続けたという。」
ニクラウスが黙って聞いているので続けた。
「何が言いたいかというと、結局のところ、人を動かすのは誠意ではないかと思う。『誠意は言葉ではなく金額』という人もいる。勿論、自分の人生を賭けるのだから、身銭を切って目に見える対価を示されるのは、分かりやすいし悪いとも思わない。だが、金だけで釣られる者は、その金が出なくなったら一緒に苦境を乗り越えようとするだろうか。まあ、こういう風に話してしまったから、俺に対してはもうこの手法は通じないけどな。結構言いたいことを言ったうえで、余計なお世話だが、人材を求めるときは、相手を見てやり方を考えた方がいいと思うぞ。」
「ありがたい話を聞かせて貰ったと言いたいところだが、良くも悪くも我が国は身分差が大きい。平民にそこまでの対応をするのは、正直無理だろうな。頭で理解できても、植え付けられて染みついた考え方は、上位の貴族になるほどそうそう変えられない。今回の貴殿への対応も、これでもかなり異例なことなのだ。それ故、断られるなど考えていらっしゃらないだろうから、帰国後の報告が・・・、気が重いな。」
ニクラウスの声が段々小さくなってくる。
だが、そんなことを言われても、到底ロバートが受け入れられる話では無いので、適当に慰めることも出来ない。
「レティ、もういいよ。」
「はい。旦那様。」
ロバートは、レティに剣を収めさせた。レティの手元からスッと剣が消える。
伯爵は、喉を圧迫していた剣先が離れ、ようやく安堵の溜息をつく。
「じゃあ、話は終わりだな。ギルマスも、もう少し用件を確認してから話を通してくれ。かなりの時間を無駄にしてしまった。よし帰ろう。」
そう言うと、ロバートは、ニクラウスやベリンダの返事を待つことも無く、レティ達に声を掛け、部屋を出ていった。