102.魅力を感じない
聞いてもらえないかと、疑問形だった割にはロバートの返事も聞かず話し始めている。
「お嬢様から、その節は貴殿には大変お世話になったとうかがっている。凄腕の魔術師だということも。」
そこで一拍おくが、ロバートは特に反応せず黙って聞いている。ニクラウスが若干苦笑しながら
「帰国されてから、度々物憂げな表情で考え込むお嬢様を心配して、公爵様がウルリーケ、ああ一緒に付き従ってた侍女に、事情を尋ねられた。最初は要領を得なかったが、どうやらお嬢様が貴殿に懸想しているということが分かった。」
また、ロバートの様子を見ているが、何を言えというのだろうか?正直、ロバートからすれば、過去のやり取りから考えて、驚くような話ではない。
「全く動じないのだな。まあ、いいか。その後、お嬢様にどうしたいのかお気持ちを確認するも明確なお考えを聞けずにいた。だが、ハッキリ言うと婚期が遅れているお嬢様に対し、足元を見て、本来ならあり得ない下位の家からの婚姻の申し入れも届き始め、意中の者がいるのなら、と公爵様が貴殿を婿にとお考えになった。」
ロバートは呆れながら、突っ込む。
「平民をか?」
ニクラウスは、また苦笑しながら
「利のない子爵家等と婚姻を結ぶくらいなら、分家の侯爵か伯爵の養子にしてしまえばいいとのお考えだ。嫡子は別にいらっしゃるしな。」
「やっぱり御貴族様だな。人の迷惑を全く考えていない。逆に、自国ならまだしも、他国の領民を勝手に連れて行こうなんて、貴族としては失格だがな。」
ロバートは、そうは言ってもこの辺は、王都に群がって権力闘いをしている自国の貴族と変わりないかと自嘲気味に笑う。
「そもそも、そういう前提ではなかったとはいえ、お嬢様には、俺は帝国に行く気はサラサラ無いとハッキリ言った筈なんだが。」
何度も同じ事を言わされるロバートはうんざりだ。
「今回、我々が王国に来ることはお嬢様には伝えていない。ウルリーケは目的を聞いて猛反対してたから今も伝えていないと思うが・・・。それで、どうしても帝国に来るのは嫌か?」
「元々嫌だったが、今日の話を聞いて増々嫌になった。」
ニクラウスは、困った表情を作りながら質問する。自身も貴族だろうに、平民相手に辛抱強い性格と見える。
「どういうところが嫌なのだ?改善できる点はするが。」
「そこまで下手に出る必要は無い!力づくで連れていけばいいんだ!」
「伯爵は黙ってて下さい!」
また伯爵が口を挟んだが、一喝して黙らせる。
「すまない。聞かせてくれ。」
ロバートは、折角だからと、言ってみる。
「まず、帝国が人族至上主義であるところだな。俺の妻が見ての通り獣人だから、その一点だけでもうダメだが・・・、そもそもこの話、俺に全く利益がない。公爵家に仕える?300万ゴルドぽっちで?あるいはお嬢様の婿になる?何の利もないじゃないか。」
ニクラウスは、流石に驚いた顔をしている。
「お嬢様と結婚できるだけでも、望外の喜びだろう!?」
「悪いが、俺は身分を加味してもお嬢様に魅力を感じてない。それは個人の好みの問題もあるからどうしようもないだろ?要は、あんた達は、俺に対して何一つ魅力的な条件を提示出来てないんだ。それでいて、『何故断る!?』みたいな態度は止めてくれ。お嬢様に婿が必要ならそこの伯爵様でいいじゃないか。」
と言うと、すかさず伯爵が反論する。
「吾輩には愛する妻がいる!」
これにはロバートが驚いた。いや、ベリンダもレティも驚いた。そしてロバートは、意地悪い笑みを浮かべ、
「そんなの『売り払うか、捨てるか』すればいいじゃないか。」
と、先程言われたことをそのまま返す。
「ふざけるな!!その様な外道なことができるか!」
「いや、お前が俺にそう言ったんじゃないか。人に言うのは良くて、自分が言われると怒るとか、頭大丈夫か?」
「な、な、・・・」
次の言葉が出てこない伯爵を置いておいて、ニクラウスに話しかける。
「更に帝国に行きたくない理由を言えば、こんな男を平気で使者に出すような人間に仕えたくなんかないというのもあるな。自分の行動が、主家の評判に直結するということすら想像できない者を外向けに使うということは、余程家中に人がいないか、主が人を見る目を持っていないかのどちらかだろう?そして、それを諫める人間も周囲にいないと分かる。ということで、俺は帝国に行く気が全くない理由が分かっただろ。」
ニクラウスは、困った。他に提示できる条件が何もなく、それこそ伯爵が言ったように、力づくという手段しかなくなっている。
「それを、公爵様に会って、直接言ってくれないか?我々としても、伝えてきました。断られました。で、すごすご帰るわけにもいかんのだ。」
「それは完全にそっちだけの事情だろ。こっちが何かを頼んだわけでもないし、義理も全くない。自領の民に何かを強制するのとは訳が違うんだぞ。」
「それはそうなんだが・・・、では依頼という形なら来てくれるのか?」
「全然受ける気にならないが、ちなみにどれだけの日数になるんだ?」
「順調にいって、片道で、1ヶ月弱といったところだ。」
「ダメだな。帝国になんか家族を連れていけないし、そんな期間家族と離れる気は無い。それにそれだけの時間を拘束する依頼料が用意できるのか?」
「金貨20枚用意しよう。」
ロバートの顔から表情が消え、レティが気の毒な人を見る目になる。
「あのな、別に金に困ってないから、金額を上げても行く気にはならないが、そんな額でなんで『奮発しました』みたいな感じ出してるの?その程度なら1日ダンジョンに行って、肉の調達ついでに採ってきた素材を売れば稼げる金額なんだよ。正直、冒険者のこと馬鹿にしすぎだと思うよ。」
流石にそこまで稼げるのは冒険者でもほんの一握りではあるが。
「どうしてもダメか?」
「正直言って、そっちに俺を行く気にさせるほどのものが提示できそうにないからな・・・。それに、行ったら行ったで、そのまま拘束されて帰してもらえないとかありそうだな。」
ニクラウスが眉をひそめる。
レティもロバートにしか分からない程度に、ピクッと体を震わせた。
「結構正直なんだな。まあ、そうなったら力づくで対応するけどな。」