101.やっぱり
「我輩は、バイエル帝国ベンシュタイン公爵家傘下のフーベルト・フォン・ヘルツフェルト伯爵である。」
やはり、ヒルデガルド嬢繋がりだった・・・。というか、他国の貴族でロバートを名指しするなら、もうそれしか無いだろう。だが、とりあえず、口を挟まず黙って相手の話を聞く。
「貴様が、身の程知らずにもお嬢様に偉そうに冒険者指南をしたというロバートか。まったく・・・、下賤の者を雇うなど、私は反対なのだが、お嬢様の話で中々の魔法の使い手であるということで、公爵様が興味を持ってしまった。公爵家から声を掛けられるだけでも光栄な話というのに、なんと年報酬として金貨30枚出して下さるとのことだ。ああ、その獣人は奴隷か?何故伯爵である我輩と同席しているのだ?王国だから無礼討ちにならないだけで、我が帝国にそのような穢らわしいものは持ち込めぬから売り払うか、捨てるかしてこい。あとは「ちょっと待て!」・・・」
流石にロバートが聞き捨てにできなくなったところで、苛立ち口を挟む。
「これ以上は聞くに堪えん。その薄汚い口を閉じろ。」
「おい!相手は貴族だぞ!」
ロバートの口のきき方に、ベリンダが慌てて止めるが、
「はっ?冒険者にとっては関係ない。しかも、この国ではなんの権限もない他国の貴族だ。むしろ、不正入国で通報しなきゃ駄目だろ。」
もし、名乗った通りの貴族で、入国時に正式に届出していれば、辺境伯家の監視がつくはずだが、見当たらない。観光目的なら実質見てみぬふりだが、経済活動や政治活動を勝手にやられては国同士の問題となる。雇用の形でも、勝手に領民を連れて行こうとするような真似は許されない。
「それで、穢らわしいとか聞こえたが?」
改めて、ヘルツフェルト伯爵を睨みながら聞き直す。無意識に威圧が漏れるが、それ程強いものではない。
だが、ヘルツフェルト伯爵の顔には脂汗が大量に噴き出して、言葉を出そうとするものの、上手くいかないようだ。
「旦那様、私のことを言われたのはお気になさらないで。あと、ちょっと威圧が漏れていますよ。」
レティが、ロバートの手を両手で包みながら声を掛ける。
「ああ、ごめん。ついね・・・。」
ロバートもレティも、自分のことで何か言われてもたいして気にしないが、伴侶に対する悪意には敏感で、沸点が低い。なので、悪く言われた方が何故か抑えに回ることになる。
だが、そもそもロバートは、地位や立場のみで上から物を言う連中が嫌いであるので、レティに宥められて冷静さを取り戻しても、にこやかに応対してやるつもりはない。
「この程度の威圧で声も出なくなるような小物でも伯爵が務まるのだから、帝国は余程平和な国なのだろうな。」
ソファの背もたれにもたれかかりながら、聞こえるように呟く。
「なあ、ギルマス。ひょっとしてこいつの頭の中では、俺がホイホイ尻尾を振って、こいつらの主に仕えることになっているのかな?たった、年間300万ゴルドで妻や子供を捨てて?いや、もしかしたら帝国の貨幣価値は2桁ほど違うのか?」
「ちょっと待ってくれ。私も難易度の高い依頼か何かだと想像していて、いきなりこんな話になるとは思ってなかった。それと、貨幣価値は王国と変わらないからな。まあ、確かにランクBの冒険者に継続雇用を持ち掛けるなら安すぎるが。」
伯爵の様子を見ると、やっと威圧が無くなったことに気がついたのか、顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべている。
「き、貴様、我輩を愚弄するか!!」
伯爵が怒鳴りつけてくるが、ロバートやレティは勿論、子供達すら怯えていない。
ロバートは、敢えて無視し、ベリンダに
「もう、代官に不法入国している貴族がいると通報したほうがいいんじゃないか。あんたが、俺や代官を快く思ってないのは分かるが、これは別問題だろう?俺は、コイツの言うことを全く聞き入れるつもりはないし、こういう輩は、思い通りにならないと実力行使に出るぞ。そうなれば、立派な略取だ。」
と、投げかける。
ベリンダは眉を顰めたものの、ギルドの立場も含めて何が最善か考え始める。
完全に無視された伯爵が、再度口を開こうとしたとき、後ろにいた男が
「伯爵、ちょっと落ち着いてください。」
と、初めて口を挟んできた。伯爵が言い返そうとしたが、その男に射すくめられ口をつぐんだ。
その男がロバート達に向かって表情を引き締めて、
「私は、ベンシュタイン公爵家の騎士団で副団長を拝命しているニクラウス・フォン・ベルガーと申す。色々と不快にさせる言動があり、申し訳ない。謝罪する。」
と、頭を下げる。
ロバートは、やっと真面に話が出来そうな人間が出てきたと、やや安堵するが、フォンとつくからにはこの男も貴族なのだろうと、“鑑定”してみて心の中で『エッ!』となった。
色々と疑問はあるが、レベルも総合的な能力としても辺境伯家の新人騎士といい勝負といったところだ。以前のヒルデガルドの方が強い。そうはいっても副団長なのだし、経験に裏打ちされた何かがあるのかも・・・、それとも単に実家の力か・・・、思わぬところで頭を悩ませるロバート。
しかし、これは単純な話であった。鍛錬だけでレベルを上げるにも限界があり、自分だけでいくら鍛えても高レベルには至らないと言われている。帝国の事情を知っていれば分かることだが、ニクラウスのレベルが大したことがないのは、王国と異なり、帝国に魔物がほぼいないため、魔物を倒してレベルを上げるということができないからだ。そういった意味では、ヒルデガルドは元々自己鍛錬で限界といえるまで鍛えていたのであり、ダンジョンに入って、さらにレベルを上げて帰国している。その彼女でも、王国の冒険者と比較すれば、どこにでもいるレベルとなってしまう。実はそれほど王国と帝国との個人レベルの戦闘力には差がある。
ニクラウスは、下げた頭を上げ、ロバートの顔をまっすぐ見て話し始める。
「これ以上、悪い印象を持たれたくないので、率直にこちらの事情をお話しし、何とか要望を聞いてもらえないかと考えている。まずは、話だけでも聞いてもらえないだろうか?」
伯爵の話に全く意味がなかったと暗に言っていた。