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第十九話 お祓い



「ん?お風呂。お風呂入ってきてよ」


「…僕そんなに臭いですか?」

確かに高熱で汗はかいているが、着替えもこまめにしてるのに。


「ああー、違う違う!お祓いのためにだよ。お祓いってものはね、形式が大事なんだ。その形の一つとして清潔さが必要になる。」


「…なるほど」



「あっ、あと着替えの服に華美なものは控えてほしい。黒に近い色が好ましいね。ほら、そのために私も黒スーツで来たし、隣君にも大人しめな服に着替えてもらったんだ」


唐突に風呂と言う単語が出て驚いたが僕は専門ではないし、大久保さんはこの道のプロだ。素直に大久保さんに従おう。


「分かりました。では行ってきます」


「じゃあ私はその間に準備をするよ、隣君手伝っておくれ」


「はい!」





はぁ。やはり体が重い。それに熱い。風邪の時に近い感覚。けれども風邪とは違う。まるで悪夢の最中のような嫌な気分が断続的に襲う。


なんとか風呂場に辿り着いた。汗で服がくっついて脱ぎにくい。そういえば風呂って言ってたけどシャワーでもいいのだろうか。今の状態で浴槽を洗うのはなかなかきつい。


ーーーカチャ


見ると既にお湯が溜まっていた。…あぁ思い出した。昼ぐらいに「お風呂一応お湯入れといたから。入れたら入りなね」って姉さんが言ってたっけ。ぼんやりしてたから夢だと思っていた。


おそらくバイト前にしてくれたのだろう。

ふぅーーー。

温かい。このお湯のように僕の周りにいる人は温かい人ばかりだな。感謝しないとなぁ。


湯船に浸かる時に優しい気持ちになれるのは僕だけなのだろうか。


入浴も早々に頭から爪先まで丁寧に洗い終え、僕は風呂場を後にした。


着替えは姉さんが風呂場に置いておいてくれていたのがちょうど黒色だった。姉さんは神。異論は認めない。


ゆっくりと部屋に戻る。どうやら準備はできているようで、とても静かだった。



「戻りました」


部屋を見渡す。カーテンは閉めてあり、灯りは蝋燭の火だけだ。全体的に暗い。四隅、ではなく東西南北それぞれの壁の真ん中辺りに盛り塩が小皿の上で綺麗な三角錐をなしている。そして部屋の中央に木製の小さな鳥居の形をしたモノが四角い木箱を台にして置いてある。木箱の上にはお猪口が二つ、鳥居を挟むように立っている。中に入っているのは水ではなく酒であろう。


「うん、服も大丈夫だね。心は落ち着いたかい?」


「はい、とても」


「それは良い。平静を保つことも形の一つだ。隣君はどうだい?」


「大丈夫です。問題ないです」


隣がいつになく真面目な顔をしている。その姿を自然、僕の気を引き締めた。


「じゃあそろそろ始めよう。具体的な指示は式の中で逐一説明する」


大久保さんが静かで重い口調でそう言った。


「二人とも鳥居の前で正座を。両手は拳をつくり膝へ置いて」

僕達は無言で鳥居の前に正座した。


「次は目を瞑るんだ」

両目を閉じる。すると耳が澄んで自分の呼吸音が聞こえてくる。吸って、吐いて、吸って、吐く。意図せず呼吸に集中する。


「そして思い出してみよう。肝試しをした時のことだ。自分達がどんな会話をし、どんなことを考え、どのようにしてあの場所へ行ったのか。よーく思い出すんだ」


あの日僕らは遊び半分でホテル藤川へ行った。今思えば愚かだった。考えが甘かった。


「何か想うことはないかい」



謝罪。

霊に対し、あの場所に対しての僕らの行為の謝罪。


「一言でいい。今の想いを声に出しなさい」


「「…ごめんなさい…」」


同時だった。そして同じ言葉を発していた。

直後、

グンッ!!

「うっ…」

体が重い。だるさとは別の重力の重さ。それはどんどん重みを増す。秒ごとに体重が倍になるようだ。


「慌てるな!落ち着きなさい。ゆっくりと深く息を吸って、吐くんだ。ほら」


すぅー。ふぅーー。すぅーー。ふぅーー。


「ほらもう大丈夫」


大久保さんの声で体の重みがなくなっていたことに気付いた。


「じゃあ、ゆっくり目を開けるんだ。ゆっくりゆっくり」


二度ほど深呼吸をしてゆっくりと目を開ける。


「はい!おしまい!よく頑張ったね、お疲れ様」

大久保さんが穏やかに終わりを告げた。


「どう答真君?」


「どうと言いますと?」

あっ。肩が軽い。それに風邪の症状も軽くなったように感じる。


「凄いです!さっきまでだるさがありません!」


「それは良かった。隣君は大丈夫?」


「はい、なんだか肩が軽いです!なんなら前よりげんきですよ!」

良かったいつもの隣の笑顔だ。


「それにしてもお祓いってこんなに凄いんでね」


「あははは、そうだろう」

大久保さんが鳥居を片付けながら笑う。

そしてまた、ふぅと息を整える。


「でもなこれであっち側の怖さが分かっただろう?今回のことはこれで良い。君達も反省してくれたからね。それでも次は無いからね。命の保証はできないよ。いいかい?」


「はい!」


「よし、分かってくれたら十分だ。これで私は帰るけど答真君は念のため安静にしていなさい」


「はい、ありがとうございました!」


「じゃ俺も一緒に帰るわ」


「うん、隣ありがとうな」


「こっちこそ」


そう言って二人は帰っていった。



これにて一件落着。呪い祓うことができ、僕には平穏な日々が戻り、二度とあちら側の世界に関わる出来事はないかに思われたが、実はこの話、まだ終わらない。


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