夜
夜になると、私は目覚める。
そういう体質なのは、生まれた時からだ。
日が落ちて真っ暗になった頃、大体午後七時くらいに私は目覚める。
これといって、決まった時間はない。毎日起きる時間は不定期で、だけれど1回も太陽が出ているのを見たことは無い。いつも見えるのは、月と星と遠くの家に灯る明かりくらいだ。その明かりも、私がはっきりと歩けるようになる頃にはもう消えている。外を歩いても元々人がほとんどいないこの場所には、誰かに会うことなんてなかった。真っ暗な道を唯1人で歩く。眠くなるまで、日が昇るほんの少し前まで、水平線を目指して歩く。1度でいいから太陽が海の、真っ暗な空を移したような海から出てくるのを見たい。だけれど、それは1度も叶ったことはない。
海に着いて程なく時間を過ごすと、薄らとした眠気がやってくる。その眠気がやってくると、私は自分が住む場所に戻らなければ行けない。
広くて冷たい、何も無い場所だ。自分が眠る、棺桶の様なベットが1つあるだけだ。
そのベットに横たわって眠りにつく。起きている時間より寝ている時間の方が長く、私は何も知らないで生きてきた。ずっと、そうやって生きてきた。
また、目が覚める。今日はやけに体が重い。何も食べなくても生きていけるとはいえ、毎日海まで歩くのだ。距離はあまり無いが、体力はエネルギーを得ないと持たない。週に一度私は食事をとる。食事と言っても、暖かい季節の日中に実ったトマトを飲みやすい形にして体内に取り入れる。美味しいという感覚はない。生まれた時からあった食べ物かトマトだっただけだ。それを習慣にして取り入れる。一体誰が育てているのか。それも分からない。それをとった後、私は少し本を読む。字は読める。言葉も話せるし、書くことも出来る。生まれた時からそれは変わらない。週に一度だけ、食事をとる日だけ本を読む。その本はトマトの横に、毎週変わって置いてある。眠くなる前には読み終わるくらいの本が置いてある。読み終わると元の場所に戻し、また眠りにつく。私の一週間はそうやって過ぎていく。いまが何日なのか。それは全くわからないが不便はしていない。ただ、太陽をみたい。それを目標にして毎日を過ごしている。
今日は、とても寒かった。どうやら、外には雪が積もっている様だった。さすがの私でもこの季節に海まで向かうのは気が引ける。私は何もすることがないから眠くなるまで、ぼうっとして過ごした。ずっとこのままなんだろうか。ずっと、このまま、、、。
今日は、トマトを取りに向かった。だけれど、この日はいつもと違った。ずっとおなじだったことがいつもとは違かった。その日は珍しく夜に雪が降っていた。ほんとに少しだったけれど雪が降っていた。いつもあるはずのトマトは無く、そこには見たことのない赤いものと、手紙が1枚置いてあった。ベットに戻って、持ってきた赤いものと手紙を見る。これが、何なのか。食べれるのかもわからない。でも、食べないと体力は持たなくなる。私は、赤いものを横に置いて、手紙を開いた。
『はじめまして。こんばんは、で、いいのかな。
今、僕はあなたに手紙を書いています。会ったことは無いけれど、僕はあなたを知っています。
週に一度、ここからトマトを夜のうちに持って行って食べている不思議な人。そして、僕が忘れていく本を読んで返している人。僕は、それしか知りません。でも、それだけでもあなたのことを知っています。
今日は謝りたいことがあって、この手紙を書きました。ごめんなさい。いつもあるトマトが今回実らなくなってしまいました。これは、僕にも分かりません。正直毎週きちんと実っていたのに不思議です。
だから今日はりんごっていう果物を置いておきました。実はあのトマトは僕が育てていたんです。りんごは、あまくて美味しいので是非食べてみて下さい。
もしよければ、お返事が欲しいです。
それでは、また。 』
初めてだった。誰かから手紙を貰うのも、この赤いもの、りんごを貰うのも初めてだった。私はりんごを手に取ると、一口、口に入れた。途端、ふんわりいい匂いが広がって、噛むと甘い蜜が溢れ出した。初めて美味しいと思った。甘くて、りんごの芯だけになるまで、夢中になって食べた。本でしか読んだことのないりんご。不思議な感覚だった。私は急いでいつもトマトが置かれている所に向かうと、土に指で文字を書いた。でも誰かと話をしたこともない私にはどうすればいいのか分からず、ただ一言。ありがとうとかいた。
その日から、手紙のやり取りは始まった。
1週間後、また手紙が届いている。そして、前と同じ、りんごと本が1冊置いてあった。
私は急いで手紙をあけた。
『こんばんは。返事してくれてありがとう。すごく嬉しかったです。
あなたが生活している所はどんな所なのでしょうか。僕は貴方のことを見たことがないから、想像するしかできません。いつも、トマトだけで栄養は大丈夫ですか。少し、心配です
そう、今日は本の中に便箋とペンを挟めておきました。これで、土の上じゃなくて書きやすくなると幸いです。
りんごは美味しかったでしょうか。
お返事、まってます。
では、また 』
私は本の中を開くと、便箋とペンを取り出した。そして、手紙を大事に抱えてベットに戻った。
何を書こう、聞きたいことは色々ある。太陽が出ている時間はどんな感じなのか、りんごの他にどんなものがあるのか。
その日は、眠くなるまで手紙の内容を考えた。結局その日に書くことはできなかった。だけれど、いつもより長く起きていられた気がした。
次の日、起きるとすぐに手紙の返事を書き始めた。1つ1つ丁寧に書き始めた。
『はじめまして。
お手紙、ありがとうございました。りんごも美味しかったです。私はあまり食べなくても生きていけるので、心配しなくても大丈夫です。
私はいつも1人で、夜、暮らしています。私は、あまり長い時間起きていることは出来ません。
なので誰かと関わったこともなく、あなたとこうやって手紙のやり取りができて嬉しいです。
太陽が出ている時間は、どんな感じなのでしょうか。太陽を見たことがないので、1度見てみたいです。
お返事、まってます。』
手紙を、いつもの場所に置くと私は次の手紙が待ち遠しくなった。早く、返事が欲しかった。
手紙を貰ったあの日から、私は海に行くことが週に一度になった。そして、太陽が出ている時間のことや、いろんなことをしった。
『こんばんは。
元気そうで安心しました。1人は寂しくないですか。僕でよければ、こうやってあなたに手紙を書こうと思います。
太陽が出ている時間は、沢山の人が色んなことをして過ごしています。働いて、食べて、遊んで。人それぞれですが、僕は主に本を読んだり畑仕事をしています。まだ若いのでそんなに色んなことが出来るわけでは無いのですが。
逆に言うと、僕は月と星を見たことがありません。僕は日が沈むと同時に眠りについてしまいます。不思議と眠くなるのです。
なので、あなたとは逆の時間を過ごしているのかも知れません。1度でいいから、月と星を見てみたいと思います。
それでは、また。 』
『こんにちは、っていうのをこの間本で知りました。
私とあなたは全く反対の生活を送っているのですね。少し、悲しいです。
月は毎日形を変えます。でも、4週間もすると、また同じことを繰り返しています。星は、すごく綺麗です。私は海に行くのですが、海に映る夜空は結構見ものだと思います。
いつか、あなたにも見せたいです。
では、また。 』
『こんばんは。
今日の本は星座の本にしてみました。それで、あなたがすこしでも楽しめると嬉しいです。
いつか、見てみたいと思います。あなたにも太陽を見せたいです。少し、残念です。
そして、ごめんなさい。お手紙、少しの間かけなくなりそうです。こっちの時間では大変なことがたくさん起こります。人同士が争ったり、傷つけあったりしています。
そんなことを止めなければいけないのです。僕は、明日から少しこの場所から離れて戦いに向かいます。大丈夫です。
また、必ず返事を書きます。
では、また。 』
『こんにちは。
この手紙は、いつ頃読まれるのでしょうか。戦いっていうのは前に読んだ戦争というものでしょうか。本にはすごく長い時間戦わなければいけないと書いてあったのを覚えています。
大丈夫でしょうか。あなたは、生きて帰ってこれるのでしょうか。一日でも早く返事が帰ってくるのを待っているばかりです。
どうか、ご無事で。
では、また。』
それから、しばらく手紙の返事はなかった。また、私は海へ向かう日々が続いた。
季節が変わった頃だろうか。やっと、手紙が置かれていた。それを私は夢中で開けた。この人は無事なのだろうか。そればかりが頭に浮かんでは消えた。
『こんばんは。
お返事、遅くなってごめんなさい。戦争はかなり長引きました。僕の友人も多く亡くなりました。僕は、こうやって生きて帰ってこれたのが幸いなのかどうかも分かりません。とても、辛く悲しい日々を過ごしています。
戦争の代償として、僕は腕を片方なくしました。でも、手紙がかける腕が残っていて良かったです。また、あなたに手紙がかけるのだから。
これから、頑張って起きていようと思います。そう思って三日目ですが、どうも寝てしまいます。
1度でいいから、あなたに会ってみたいです。
月を見て、星の話をしたいです。
きっと綺麗なんだろうと思います。
では、また。 』
『こんにちは。
またあなたの手紙が読めて嬉しいです。でも、腕を片方無くされたことはほんとに、私も悔しくて悲しい限りです。
ああ、私も1度貴方に会って話がしたいです。
どうして逆に生きているのでしょうか。
どうして、寝なければならないのでしょうか。初めて、夜に生きることを悔やんだ気がします。
眠りたくない、
では、また。 』
その日は凄い大雨で、でも涙が溢れて止まらなかった。初めて、寝たくないと思った。これが普通だと思っていたから、すごく悔やんだ。
『こんばんは。
また、起きていられませんでした。どうしてこんなにも会えないのでしょうか。神様がイタズラしているのでしょうか。
でも、こんな冗談も言ってはいられません。
僕は、流行りの病にかかってしまいました。治療法なんてものはなく、僕の命はもう残りわずかなようです。
まだ、手紙は続けられそうでしょうか。
どうか、まだ月を見るまでは生きていたいと思います。
では、また。 』
『こんにちは。
大丈夫でしょうか。どうか、生きてください。あれから私も限界まで起きる生活を送っています。ですが、まだ1度も太陽を見れていません。
あなたとの手紙のやり取りが終わって欲しくないです。
まだ、話をしていたい。
どうか、まだ生きてください。お願いです、会うまでは死ぬなんて思わないでください。
私は、貴方に会いたいです。
では、また。 』
それから手紙はしばらくしてからやってきた。
海に行くこともやめた私は、ただひたすらに手紙の人の無事を祈るばかりだった。
久しぶりにみた、手紙は色あせて見えて、なぜか涙が止まらなかった。読む手が震える。
『こんばんは、これが最後の手紙になってしまいます。
ごめんなさい、会うことは叶いそうにないです。僕はあなたと手紙のやり取りができてよかったと思っています。
ずっと気になっていたあなたのことが知れてよかったと思っています。
本を忘れた自分がいなければこんなこと出来ていないのですから不思議ですよね。あなたは、僕のことをどう思っているのでしょうか。
僕はあなたのこと、特別に感じています。
自分はなぜ、月を見れないのかずっと疑問に思っていました。みんなは見れているのに、どうしてなのか。
でも、きっと月を見れていたらあなたに出会えることはなかった気がしています。
太陽はとても、綺麗ですよ。最近カラーの写真が取れるようになったので1枚入れておきます。
ほんとは、あなたと一緒に見たかったのだけれど。
きっとこれからまた、あなたは1人になってしまうのでしょう。だけど、太陽を見ることを諦めないでください。
僕も月を見ることを諦めません。
もし、太陽を見ることができたら。
その時は、どこかにいる僕を探し出してください。きっと、あなたなら、見つけてくれると信じています。私も、あなたを探します。
そう、今日は久々にトマトが実ったんですよ。
今日のは1段と美味しいはずだから、食べてみてください。
それでは、また。』
ああ、残酷だ。こんなにも、苦しいなんて。
太陽の写真が綺麗だなんて。
もう、夜なんか来なければいいのに。