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Dog tag  作者: 七緒湖李
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狐狸の巣窟

「どうです?用心のためにもよろしければ何人かご紹介いたしましょう」

「お心遣いには感謝しますが間に合っていますので。それよりダフニス殿は随分とあなたに心を許しているようだ。ならばどうぞ彼に女性を紹介して妻を娶るようおっしゃっていただけますか。モヴェンタ殿の言うことなら聞きそうだ」

「それは難しいでしょう。ダフニス様はずっと以前から胸に秘めた方がいらっしゃるようです。そんな風に一途に想われることは女性陣からすると嬉しいことなのでは?お二方はどうですか?」

 モヴェンタがクロエとハーリヤの妻に問いかけた。

 どうやら彼はダフニスの想い人が誰であるかわかっているようだ。ロカはそう思った。

 わざわざクロエに尋ねて彼女が困る様を見たいらしい。

 ハーリヤの妻は夫を伺い、頷かれると「ずっと秘めていられるより打ち明けてほしいですわ」と微笑み、同意を求めるようにクロエへ眼差しを向ける。

 クロエは曖昧な様子で、

「そういえば彼は今日、この夜会に参加するようでしたけれど?」

 と話をそらして返事は避けた。

 ここまでの会話から感じられるのは、ハーリヤとモヴェンタはとっくに通じていて、ブルー・リッジ家の情報は彼らに筒抜けだということだ。

 主な情報源はもちろんダフニスからだろう。

 ハーリヤはブルーの対抗馬。そんな彼がいきなり接触すれば、さすがにダフニスも警戒する。そのためハーリヤとの関係を隠したモヴェンタが、ダフニスに近づいて彼に取り入ったのだ。

 つまりダフニスは利用された。

 しかしなぜ今日、ブルーにそのネタばらしをするのか。

 ロカがそう思ったろころでモヴェンタが、顎を撫でつつ首を振った。

「ダフニス様なら今夜のお相手を探しに、食事会で町娘を物色しておいででしょう」

「物色?」

 モヴェンタの言葉に、クロエではなくブルーが疑問を投げかける。

「わたしは夜会の日に町の人たちを集めて食事をふるまうんです。ただ、無差別に呼びかけて大勢押しかけられても困りますので、わたしが夜会に招待した方々に、彼らの眼鏡にかなう町の人を誘っていただいて、当日連れてきてもらうよう頼んでおります。食事は立食。そこは町の人に交じって夜会参加者の方々も入っていただけます。もちろん交流の仕方はいろいろでして、使用人として人を雇ったり、パトロンを得て仕事を始めたり……」

 そこから突然、モヴェンタの声が大きくなった。

「と、まあ新たな主従関係を結ぶ場になっているんですよ」

 当たり前だが周りが反応し、視線が集まる。注目されていることをわかっていながら、モヴェンタは話を続けた。

「しかし中には一夜限りの恋人として、身分に関係なく過ごされる方もおります。ダフニス様はもっぱら戯れ相手をお探しになるようで、泣いた町娘がいるとかいないとか――想い人がおられるのに、いやはや罪作りなお方です」

「いつまでも遊びたいのが男の性。なぁブルー殿、そうは思われませんか?」

 モヴェンタに同意しハーリヤが笑うのを、彼の夫人が「ひどい人」と上目遣いで媚びをうって詰る。モヴェンタがそんな二人に「睦ましいことですな」と笑った。

 対してブルーとクロエはまったく笑っていない。

 そんなブルーにハーリヤが「そういえば」と声をかけた。

「ブルー殿のご両親は農業に従事されているということでしたな。今度モヴェンタ殿が夜会を開くときにご一緒に参加されては?このような世界をご覧になったこともないでしょう」

「おお、ぜひ。そのときは舞踏会場にはわたしがお連れしましょう」

 ははは、と二人が声を張って笑うところにハーリヤの妻の、ほほほという高い笑い声が混ざる。

 会話に聞き耳を立てていたらしい周りが、ひそひそと囁きだすのをロカは聞いた。

「副町長は農民の子だったのか?」

「それにいやだわ。聞きまして?好色な身内までいらっしゃるみたい」

「出自が卑しいと行いまで卑しくなるのだろう」

「このままじゃ農民の町長誕生なんてことになりかねん」

 水に小石を投げ込んでできる波紋のように、ブルーに対する嘲りや不信感が周りの人間に広がっていく。

(そういうことか)

 ロカは理解した。

 今日、ハーリヤがモヴェンタの夜会にブルーを誘ったのは、貴族や有力者の前で彼を貶めるためだったのだ。

 ブルーには不正がない。金や女も通じない。脅しにも屈しない。だから出自を利用することにしたのだろう。

 貴族や金持ちの多くは身分にこだわる。

 そんな彼らにハーリヤとモヴェンタは、農民の出のブルーが町長になれば、農民に従わなければいけなくなるぞ、と、そしてそんな屈辱を感じたくなければブルーを町長にするなと、ここにいる者全員に言っているのだ。

 ここまで黙っていたブルーは二人に向かって首を振った。

「いえ、あいにく両親は煌びやかな場所は苦手としていて、登城するのも渋っているくらいです。モヴェンタ殿には申し訳ないが参加はしないでしょう」

「登城?」

 モヴェンタとともに眉を寄せていたハーリヤがブルーに尋ねた。

「おや、お二人ともわたしのことをよくご存知かと思っていましたが――わたしの実家は王城お抱えとして農業に従事しているのです。ですから新鮮な作物を届けに王都へ参るのは当然のこと」

 ブルーがこう話した瞬間、周囲でざわめきが起こった。

「王家の方々が召し上がるものを作っているのか?」

「それならばわたしたちの口にだって入るか入らないかの、選りすぐりの食材だ」

 農民の出とブルーを蔑んでいたはずの彼らの目が変わる。

 国から認められるほどの作物を育てる農業家の出身なのかと言わんばかりだ。

「それから何を勘違いなさっているのか、ダフニス殿はわたしの身内でも何でもありません。男爵家の彼が妻と幼馴染というだけです」

「奥方は彼の従姉では……?」

 すると今度はクロエがコロコロと笑ってハーリヤに笑顔を向ける。

「わたくしの両親と彼の両親が友人であっただけですわ。幼いころ両親たちがからかって言ったのを信じ込んでしまって。わたくしも彼も両親はとうに他界しておりますし、身内にも幸薄くそれを否定する者が誰もいないのでどうしようもないのです」

 皆様に誤解させてしまいましたわ、とクロエは頬に手をあて首を傾ける。

 ハーリヤとモヴェンタは、ブルーとクロエの話が本当かどうか測りかねているようだ。

 確かクロエが、ロカにダフニスを紹介するとき、彼のことを「従弟」と言っていたように思う。だが事実はこの際どうでもいいのだ。

 この場で言い切って、それが周知となれば嘘が真実に変わる。ましてや選択肢が増えると、人は何が本当でどれが嘘かと迷い混乱する。

 そして真実は嘘に紛れるのだ。

 ここはタヌキやキツネの巣窟だとロカは思った。ともかくブルーはハーリヤとモヴェンタにやり込められるようなタマじゃない。

 それよりも――。

 ロカはこの敷地のどこかにいるニアンを思う。

 カルミナの誘いに乗って参加を決めた、ニアンやカーナから詳しく話を聞いたとき、ロカは物好きな金持ちがいるものだと思っていた。

 だがこれは話に聞いたような善意の行いではない。

 仕事の斡旋、支援者の紹介だけならまだいい。しかしここは一夜の情人を探している者たちにとって相手を物色する場だ。

 カルミナは知っていて黙っていたわけではないだろう。もしそうならニアンとともにロカを参加させようとしないはずだ。

 上からなところはあるが悪気はなく、おそらくあれは好意で誘っていた。 

 カルミナがこちらの舞踏会会場にいないのは、ニアンたちと一緒にいるからに違いない。彼女は夫と参加しているというし、その夫は金持ちでどこかの町の有力者だ。

 ニアンがカルミナの側にいれば下手に手出ししてくる輩もいないだろう。

 それにヘリングだっている。カーナ狙いのポロが参加したのでそっちに目を光らせているだろうが、邪な気配には気が付いてくれる。……と思いたい。

 それともカーナとうまくいったことで浮かれてそれどころじゃないだろうか。

 この際、ポロでもいいがヘリングのせいでカーナに手を出せないと、早々に食い気に走り、うまい飯にかじりついていそうだ。

 ニアンもうまいものを食べると張り切っていた。間違えて酒を飲んでいないだろうか。

 それでなくともニアンは人を疑うことはしないし、ぽやぽやとして危機感がないのに、そこに酒が入れば簡単にどこへでも連れ込まれてしまう。

 考えるほどにロカに不安が募っていく。いっそブルーたちを放って町人のいる食事会の場に駆け付けたい。

 衝動を押さえつけロカは願った。

(ニアン、すぐにここから帰ってくれ)




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