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Dog tag  作者: 七緒湖李
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ヘリングの自惚れ

 夕刻前、インヴィとセーラムがブルー宅にやってきた。ロカが一人で三人を護衛するのは厳しいと言ったことをブルーは覚えていたらしい。

 二人を家族の護衛にまわすと、ブルーのほうが手薄になるところだが、副ロスロイ長たる彼の護衛がたった三人であるわけもなく、またアルメがいるので大丈夫とのことだった。 

 とはいえブルーの護衛の中のナンバー2と3が一度にいなくなれば、いくらナンバー1の実力を持つアルメであっても負担は半端ない。

 ロカはそう思ったが、アルメはブルー帰宅時に同行し、インヴィやセーラムと交代で夜も屋敷で護衛にあたるそうだ。本人がそこまでやる気ならもはや言うべき言葉はない。

 そういうわけで、クロエたちの新たな護衛となったインヴィとセーラムであったが、インヴィは最初ミカに泣かれた。クロエが宥めても駄目であったのに、ダイナが言って聞かせると遠巻きに観察するくらいには落ち着いた。

 ロカのときもダイナがきっかけで近づいてきたので、ミカは兄の目に絶対の信頼をおいているのだろう。

 そして驚いたことにミカはセーラム相手にも泣いた。なんだったらインヴィ相手よりも嫌がった。

 ミカが怖がるのは男だけだと思っていたため皆が驚いたが、どうやらセーラムは子どもが大の苦手なようだ。

 四歳児はまだ動物並みなところがあるので、ミカは鋭く相手の苦手意識を察知したのだろう。そういえば以前、アルメがミカに大泣きされたというが、誘拐犯を思いださせる目つきの悪さだけでなく、子ども嫌いが伝わったために違いない。

 そして日暮れて夕刻。

「ロカ、帰っちゃダメ」

 ロカが屋敷を去るときミカに足にしがみつかれた。

 ミカから剣を遠ざけて膝を折り明日も来ると伝える。それでも不満いっぱいのミカにクロエとダイナが言って聞かせるとやっと納得した。

「なんで不愛想なのに子どもに好かれるわけ?」

 腕を組んで納得いかないという顔をしているのはセーラムだ。

 ミカが再び駄々をこねるのを恐れて、クロエ達はミカを連れて部屋に戻ってしまい、残ったセーラムとインヴィがロカの見送りのようになっている。

「どうやったんだ。俺にはいまだに近づいてきてくれない」

 と今度はインヴィが項垂れる。セーラムとは逆に子ども好きらしい。

「攫われそうになったのを助けたからだろ」

 愛想のかけらもなく答えてロカは扉を開け外に出た。

 ちょうど風が吹いてその冷たさに身を震わせる。

 足元を照らすようにと持たされたランプの炎を確かめロカは歩き出した。背後で扉が閉まる音がする。

 靴音しかしなくなったと思ったが、風が吹くと木々がざわめいて枯れた木の葉が舞った。首が寒く手も冷たい。外套を着ればと油断した。襟巻きと手袋を明日からしなければ。

 ブルーの家を後にして静かな町を歩く。富裕層が暮らすこの辺りは喧噪もなく、窓に明かりがともり煙突から煙がのぼる。夕飯時でいい香りがするせいかロカの腹がなった。

 昼は屋敷の使用人と同じものを食べた。賄いであったがそれでも飯はすこぶるうまかった。

 賄い飯を思い出し、ぐぅとなる腹をさすったロカは、しかしモンダ家に向かわず修繕中の家へ向かう。日は落ちているが夏ならば明るい時分だ。まだルスティたちがそこにいる気がしたのだ。

 そしてロカの予想は間違っていなかった。窓に明かりが見えるのを確かめ家に入る。

 洗濯室を目指す途中に見つけたニアンとカーナに声をかけ、剣を預けて奥に進む。そうして風呂を作る男たちの中に今日、大都だいとへ立つはずだったヘリングを見つけて、ロカは目を丸くした。

「帰ったんじゃなかったのか」

「ちょっと気がかりなことがあってな」

 ヘリングの視線の動きに合わせて室内を確認すれば、ポロも手伝ってくれているようだ。しかしソロソロと忍び足で抜け出そうとしているのを、ヘリングが肩をつかんで止めた。

「どこへ行く」

「え、いやちょっと用を足しに……イダ!イダダダっ。嘘、嘘です。ちょっとカーナと話をしたくて――わーヘリング兄さん、怖い、顔が怖いって。わかった、わかりました。ここにいますっ」

 肩をさすって作業に戻るポロを見届け、ヘリングはロカに向き直った。

「大都長へは書を出した。たちの悪い害獣を駆除してから戻るとな」

 たちの悪い害獣とはポロのことか。

「あんたもしかして……」

 カーナのことを、とは口にしなかったがヘリングには伝わったのだろう。

 洗濯室の外に出るよう手で示されて二人して廊下に並ぶ。

 カーナはニアンと二人、長年置きっぱなしで曇った燭台や鏡を、居間で熱心に磨いていたから当分はこっちに来ないだろう。

 それでも用心してロカとヘリングは人の近づく気配がないことを確認し、やっと会話を再開する。

「昨晩、自覚した」

 ヘリングの台詞にロカは言葉を失い、少しあって壁にもたれると息を吐いた。

「で、自覚したとたんこのありさまか。今回ポロの邪魔ができたとしても、他の男が出てきた時どうするんだ。大都から駆けつけるのか?」

「他の男……いるのか?」

 ヘリングが心配そうに尋ねてくる。

「ずっとロスロイにいなかった俺が知るか。でも狙ってるやつがいてもおかしくないだろ。しばらく会っていなかった間にあいつ、ずいぶんと変わったし。客観的に見て美人だと思うぞ。ま、ライっていう厳つい親父が目を光らせているし、ルスティもなんだかんだで兄馬鹿だから、簡単には声なんてかけられないだろうけどな」

 それにライが元傭兵であるために、昔の傭兵仲間が出入りする家と知っている者は多い。カーナに友達が少ない理由と同じで、恋人もできづらかったはずだ。

(ん?いや、前にルスティからカーナに男ができたって聞いた気が……)

 興味もないので騒ぐルスティを無視して聞き流し、傭兵の仕事に打ち込むため、長くロスロイを離れたので顛末は知らない。

 だがしかし、その話が本当ならカーナはまるっきり恋愛経験がないわけでもないだろう。

 ヘリングはそのことを知っているのだろうか。 

 などとロカが思っていると。

「あの、な」

 と、ヘリングが言いづらそうな様子を見せた。

「自惚れていると言われるのを覚悟で言うが――」と前置きし、

「たぶんカーナは俺のことが好きだった……んじゃないかと思う」

 はぁ、とばかりにロカは胡乱な眼差しをヘリングへ向けた。

 明かりが乏しい薄暗い廊下であっても、ヘリングにはロカの白けた表情が見えたようだ。

「はっきりとは言われていない。ただそういう雰囲気がしていた」

「いつ?」

「俺が大都へ行くと決めてライに伝えに来たころだからけっこう前だ」

 ヘリングが傭兵をやめて大都を拠点にしたのは、ロカが傭兵業に専念するより少し前の話だ。カーナはそのころ10代半ば。

 そしてロカがルスティからカーナの男の話を聞いたのは、ヘリングが大都に移った後だったように思う。

「仮にその話がヘリングの自惚れでないとして、今もそうだとは言えないんじゃないか」

「やっぱりそうか。彼氏がいたこともあるみたいだし」

「なんだ、知ってたのか」

「ときどきはロスロイに顔を出していたからな。ライが酒を飲んでこぼしていたんだ」

 そう言ったヘリングはいきなり頭を抱えた。

「話を聞いたとき気持ちがもやもやとしたが、それは妹が大人になったのを寂しく思っているんだと――」

「それとも子どもだと思ってたカーナが女だったって気がついたとか?」

 ロカの指摘にヘリングが言葉を失い、はーと息を吐いた。

「そうかもしれない。会うたびにカーナがきれいになっていくのが、いつの頃からか眩しく感じていた」

「ていうかヘリングにもつきあってるやついなかったか」

「いても最後はいつもフラれていた。ここしばらくは気になる相手も現れなかったしな。なのに急にカーナをって……俺は自分がわからん」

「それ、カーナに惚れてたから、他の女が目に入らなかったってだけじゃないのか?」

 再びヘリングが沈黙して数秒。

「え?俺は前からカーナが好きだったのか?」

「知らん。とにかく自覚したのならポロの邪魔ばかりしていないで、カーナに伝えたらどうだ?」

「は?自覚したばかりだぞ」

「それこそ知らん。言う気がないならポロの邪魔をするな。ポロのことを受け入れるか決めるのはカーナだ。あんたが邪魔することでカーナが幸せになる未来を潰されているなら、俺があんたの邪魔をする」

「驚いた。おまえがそんなにカーナのことを思ってるなんて」

「家族の幸せを守るのは当りまえだ。妹から女に簡単に意識が変わるあんたとは違う」

「そこは耳が痛い。でもおまえにとっては俺だって家族だろう」

 自分で言うな。

 ロカが無言になって無視するとヘリングは苦笑を浮かべて言葉を続けた。

「なら俺もポロと同じ舞台の上に立てばいいのか?」

「そうだな、堂々と争って奪いに行くなら邪魔はしない。それこそ二人してカーナに断られることもあるし」

「ありえそうで笑えないな」

 ははは、と情けない笑みをこぼしたヘリングは、居間のある方を向いた。洗濯室とは離れているせいでニアンとカーナの話し声も聞こえない。

 逆に洗濯室で作業中の男連中の話し声がさっきから聞こえている。

「おまえがニアンとのことで悩んだときは相談に乗る」

「いらない」

 心の底から余計なお世話だと思ったのが顔に出ていたようだ。ヘリングが先ほどとは打って変わって朗らかな笑みを浮かべた。それから思い出したように口を開く。

「そういえばロカ、おまえ夜会に着るような服を持っているのか?」

「夜会?――なぜだ?」

「いや、今朝カルミナに会ったときに、彼女の夫の知人とかいう金持ちの夜会に誘われてな。貴族だけじゃなく俺たちのような町人も参加できる気楽なものらしいし、カーナが乗り気でニアンも強引に参加を決められていた。ニアンが行くならおまえも参加するだろ?」

 朝言っていたあの話か。

 ロカは鼻の頭に皺を寄せる。

「行かないと言ったのに」

「カーナが貴族の夜会に興味を持って行きたがったから、一緒にと誘われたニアンも断りづらかったんだと思うぞ。怒ったりするなよ」

「ああ違う、ニアンに怒っているんじゃない。たぶんカルミナがカーナの好奇心を煽ってその気にさせて、ニアンまで巻き込んだんだろう」

「ああ、まぁそんな感じだったな。俺も参加を決めたが、大都長の護衛でしか夜会など見たことがない。正直、ロカがいてくれると助かる」

「俺も金持ちの夜会なんてどんなものか知らない」

「無骨者同士いれば白い目を向けられても分散する」

「悪目立ちすると思うが。そもそもあんたが参加する理由はなんだ?」

「ポロがカーナのパートナーを務めると言いだしたんだ。それは阻止したい。ルスティはカルミナがいるなら顔を合わせたくないと言って参加しないし」

 頼む、と乞われてロカは折れた。

「わかった。ただし条件がある」

「条件?なんだ」

「ついてきてくれ」

 親指で進むべき方向を指してロカは歩き出す。ヘリングが疑問顔でついてきた。

 居間の扉の前でロカは足を止めると片手でノブを、そしてもう一方の手でヘリングの腕をつかんだ。扉を押し開けヘリングを引き寄せる。

「ポロに譲る気がないならあんたも誘え」

 言ってヘリングの尻を蹴飛ばした。

「うわっ」

 いくらガタイが良くてもさすがに意表を突けばヘリングも前につんのめる。よろけてヘリングが室内に飛び込む後ろからロカも中に入ると、テーブルについていたニアンとカーナが驚いた様子でこちらを見ていた。





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