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Dog tag  作者: 七緒湖李
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真似

「ロカはうちで雇った護衛よ。強さもそうだけれど人柄だって申し分ないわ。わたしたち家族はロカ以上の護衛はいないと思っているのに、どうして関係のないあなたが彼を貶めるようなことばかり言うの」

 強い口調は普段の彼女から想像できない。

「それからわたしの夫を愚鈍呼ばわりするのはやめてちょうだい。この町のためにどれだけ心血を注いで働いているか。もちろん誰もがあの人に賛同するわけじゃない。足を引っ張ったり、副ロスロイ長の座から引きずり落そうと、手段を選ばない人だって出てくるでしょう。あなたに言われるまでもなく、そんなことはとっくに承知しているのよ、わたしは」

 クロエの怒りに満ちた顔と言葉に、ダフニスは絶句しているようだった。

「うちで我が物顔にふるまうのが前々から気になっていたけれど、今日という今日は我慢ならないわ。とても不愉快よ、ダフニス。帰ってちょうだい」

「……ねえさん」

「聞こえないの?あなたの顔を見たくないと言っているの」

「そ、そんなに怒らないで、ねえさん。つい、言いすぎてしまったけれど、それはねえさんのことが心配だからで――」

 ダフニスの言い訳にもクロエは表情を変えることはなく、冷ややかな眼差しを向けるだけだった。

「にいさんのことも立派な志を持った人だと思ってるんだ。だから少しでも力になれるように、エレク氏とも親しくなったんだ。あの方はにいさんに好感をもっていらっしゃるし、会えばきっと後ろ盾になってもらえる。それにエレク氏は有力貴族と言われる家系の方をたくさんご存知だし、彼を通じて知り合っておけば、ロスロイ長選任の際ににいさんが有利になると思う。今度、エレク氏がパーティを開くんだ。ねえさんもにいさんと一緒に来るといい。エレク氏を紹介するから――今日はその誘いを姉さんにと思ってね。昨日のことなんか忘れてさ。どうだい?」

「結構よ。早く帰って」

 とりつく島のないクロエの様子にダフニスは一瞬黙り込み、けれどさらに口を開こうとして――。

「帰りなさい」

 声を強めたクロエに言葉を飲み込んだ。そしてあきらめたように彼女に背を向ける。

 部屋を出て行きしなにダフニスはロカを睨みつけ大きな音を立てて扉を閉めた。

 足音が遠ざかる。それもすぐに聞こえなくなったところで、クロエがはぁと大きく息を吐いた。

「とうとう言ってしまったわ。あ、手が震えて……」

 両手を持ち上げるクロエが直後に悲しげな様子になり、そして顔を上げるとダイナを見た。優しく我が子を手招く。

「あなたもずっと我慢していたのね」

 クロエが歩み寄るダイナを引き寄せて胸に抱いた。少年の手が母親にまわされるとそのままぎゅっとしがみついた。

「父様は何も話さないくせに隠すのが下手よね。ダイナもそう思うでしょ?」

「はい」

「おかげでこっちは心配ばかり。たぶんあの人もわたしたちが薄々感づいているとわかっていて、それでも黙っているんだもの。だったら何も言えないじゃない」

「父上は負けません」

 抱きついたまま発せられたダイナの言葉はブルーを信じて疑わない響きがあった。クロエはそんな息子を慈愛に満ちた瞳で見つめる。

「そうね。母様もそう信じているわ」

 クロエはダイナの髪にキスをすると一度強く彼を抱きしめた。そしてダイナの肩を引き起こすと笑顔になる。つられて笑った息子と額を合わせて笑いあうと、ロカに顔を向けた。

「あなたを真似てはっきり言ってみたの。心臓がうるさいくらいに暴れたけれど言えてよかった。すっきりしたわ」

「僕も頭に血が上って、なんだがぐるぐるしたけどロカみたいに言うんだって――僕、おじさんのこと苦手だったけど言えました」

 親子そろってダフニスに言ってやったとばかりに興奮した様子だ。

「俺は褒められている気がしない」

 ロカの返答に二人は顔を見合わせるとくすくすと笑いだす。

 ダイナは見た目だけでなくしぐさなどもブルーに似ていると思ったが、じっと耐えているところなどをみると性格はクロエに似ているのかもしれない。

 ともかくダフニスが来なくなるのは精神的に平和に過ごせる。去り際のあの憎しみのこもった眼付きは完全に逆恨みされたと思えるものだったが。

(それにしてもあの男、警備人と繋がりがあるのか?)

 懇意にしていると言っていたが、リッジ家に何かあったら知らせるよう、金で警備人を抱き込んでいるのかもしれない。

 だとしたらまた警備人を呼ぶようなことがあったら、ダフニスに筒抜けということだ。

 彼は終始クロエのことばかりだ。今日も案ずるのはクロエのこと。ミカを気に掛けダイナにそっけないのは、ミカがクロエにそっくりだからだろう。

 おそらくミカの見た目だけを愛らしく思っているのだ。その証拠に気にはかけるが可愛がっている様子はない。

 クロエにそっくりであっても、彼女を奪った憎い男の血を引く子は愛せないのか。

 ブルーに似たダイナにきつくあたるのもそれが理由だろう。先ほどの叱責はブルーに対する鬱屈とした気持ちを発散させるため。

 10年、それを向けられたダイナがダフニスを苦手としても当たり前だった。

 ロカは壁にあった椅子から剣を手に立ち上がる。

「どこへ?」

「外を見回ってくる」

 門扉を固く閉ざしていても馬車の出入りの際は開閉する。そして昨日はダフニスが去ってから火事が起こり賊が侵入した。

 偶然だろうが似た状況が気になるなら安心を得るために行動すべきだ。ロカは部屋を後にした。






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