質問攻め
「ダメ!ロカはミカの彼女だもん」
「違うよ、ミカ。相手が男だと「彼氏」っていって――」
「だぁめ~、ロカはミカの~。ミカの彼女なの~」
ダイナが勉強机代わりにしていたテーブルに絵本を放って、足が宙ぶらりんだった椅子から飛び降りたミカは、一人掛けのソファに腰を下ろすロカに飛びついた。腹にタックルされたと思ったらよじ登ってきて膝にドスンと座られる。
「ミカの」
フンと鼻息も荒く胸を張るミカだ。くすくすとクロエが笑う。
「今朝起きてロカがいなかったからミカったら大騒ぎだったのよ」
「はぁ?」
意味が分からず声を出すロカは、
「ミカにとってロカは自分を助けてくれた王子様なんです」
と、ダイナに言われてますます眉を寄せた。
ダイナは壁際に玩具と一緒に並べた絵本をとってロカに見せた。表紙に王冠を被った男女が、子ども向けにデフォルメされた絵で描かれている。
まさかおとぎ話の王子に重ねられているのか?
ロカがミカを見下ろせばきらきらとした眼差しで見つめ返された。
「俺は王子じゃない」
「うん、ミカの彼女だもん」
「彼女も違う。俺はミカのものになれない」
ロカが否定したとたんミカが首を傾げた。
「なんで?」
「俺の一番は別にいるからだ」
そう告げるとミカの目にうるうると涙が浮かんだ。
「やぁだ~、ロカの一番はミカがいい。ミカなの~」
べったりと胸に抱きついてうわああんと泣きじゃくる。
気を遣ってクロエがミカを抱き取ろうとしたのをロカは止めた。ここはミカの好きにさせたほうがいい。
泣いたことで体温が上がったのか汗が滲む頭をあやすように撫でた。
嗚咽はやがてぐずぐずと鼻をすするものへ変わり、そのままうとうととし始める。やがてスースーと寝息を立て始めたころ、クロエが手で部屋を出るよう示した。
「ベッドに寝かせに行きましょう」
促されて部屋をでると二階へ上がる。昨夜も見たミカの部屋はダイナとまとめて子ども部屋とはなっておらず一人部屋だ。
淡い色で飾られた、先ほどのおとぎ話にでてくる姫が住んでいるような部屋だった。
娘に布団をかけて汗を拭いたクロエがふふとおかしそうな声を漏らした。
「まさかあんなに大真面目にミカに返事をするなんて思わなかったわ」
「誤魔化すようなことでもなかっただろう」
「ミカの初恋よ。少しくらい夢を見させてあげてくれてもいいじゃない」
「俺相手に夢を見るより将来の男に取っておけばいい」
「ミカに恋人が現れたら、あの人泣くわね」
あの人とはブルーのことだろう。またふふと笑ったクロエはミカから顔を上げた。
「ねぇ、ロカの彼女はどんな子なの?」
「いきなりだな」
「いいじゃない。ブルーは引っ込み思案な女の子みたいだって言っていたけれど」
「ああ、実際初対面の相手にはそんな感じだ」
「まぁ、そういうおとなしい子がどうしてロカと?出会いは?」
食いついてこられてロカは引いた。
「一つ言えば十ほども質問されそうだから答えない」
「つまらないわね。じゃあ「はい」か「いいえ」でいいから返事して」
このままここにいては質問攻めにあいそうだ。ロカが部屋を出ていくのをクロエが追いかけてきた。
「彼女、可愛い?」
「それは顔のことか?それとも雰囲気か?」
「そういうのをひっくるめてよ」
「ノーコメント」
「ずるいわ」
「返事をするとは言っていない」
「照れるから言いたくないのね。いいわ。じゃあ年下?」
「ああ」
「同郷の子?」
「いや」
「昔から知っていたのではないの?」
「ああ」
階段を下りながらロカは返事をする。
「あらそうなの。告白はあなた?」
「いや……ああ」
「それどっち?」
「ノーコメント」
「また誤魔化した」
「まだ続くのか?」
階下に降り立ち後ろのクロエを振り返った。
「じゃあ最後」
その言葉を聞きながらロカは軽く吐息を漏らして歩き出した。
「そうしてくれ」
背後でクロエが楽しそうにそうねぇと呟くのが聞こえた。
「彼女のどこが好き?」
ダイナがいる部屋の扉を開けかけていたロカの手が止まる。ノブをひねっていたため隙間が開いた。
「それは「はい」も「いいえ」も答えようがない」
「じゃあ「はい」でも「いいえ」でもない答えをちょうだい」
「ノーコメント」
「――はなしよ。最後くらいちゃんと答えて」
扉が開いているのに入ってこないため、室内から「母上?ロカ?」と訝しむようなダイナの声がした。
その声にクロエがロカの背中を押した。ドアノブを握っていたため扉が押し開いて、ロカはクロエとともに室内に入っていた。
「どうかしましたか?」
ダイナがびっくりしたように目をぱちくりさせて、テーブルから尋ねてくる。
「ロカに彼女のどこが好きなのか聞いていたの。ダイナも知りたいわよね?」
「あ、はい。ロカに一番と言わせる人はどういう人なのか気になります。ロカと同じで傭兵をしていたとかですか?」
「違う」
「え!?普通の人なんですか?」
「どうしてそこで驚くんだ」
「ロカみたいな強い人は同じように強い人が似合いそうだから。あ、でも父上が昨日、本命は清純派って言っていたっけ」
そんなどうでもいいことをいちいち覚えているなとロカは言いたくなる。ダイナがブルーのことを話したためクロエが頷いて口を開いた。
「父様はロスロイ庁で会ったことがあるそうよ。ちょっと恥ずかしがりやな可愛い女の子らしいの」
それを聞いてロカは、クロエはブルーからニアンのことはかなり詳しく聞いているようだと感じた。
話をやめてほしくてクロエを見つめると、彼女は茶目っ気たっぷりにペロリと舌先をのぞかせおどけて見せる。
「で、どこが好きなの?」
今度はクロエだけでなくダイナの目も加わってロカは天井を仰いだ。
ここは無言を貫き通そう。そう思ったとき、きちんとしまっていなかった部屋の扉をノックされた。