求職問題解決
「男として負けてるって思いは簡単に消えない。でも年くってくにつれ自分は自分だって思えるようになった。それとさ、俺、昔っからロカのこと大好きなんだよ。あいつと兄弟になれてよかったって思ってる。本当に」
「じゃあ謝れるでしょ」
「家族だから言いづらいってこともあるだろ」
「出た、言い訳。他人だろうと身内だろうと、どれだけ親しくても言うべき言葉はちゃんと言わなきゃだめなのよ。身内ならわかってくれるっていうの、結局は身内に甘えてるのよ」
「出た、ぐうの音も出ない正論。カーナの得意技だよな」
「そうやってはぐらかそうとしても駄目。もう一回耳を引っ張るわよ」
「わかった、わーかった。わかりました!ロカには謝る。これでいいだろ」
よし、とカーナが言ったところで今度はトムが意地悪い顔で口を開いた。
「わしには謝罪はなしか?」
「店に入ってすぐに謝ったけど」
「あれで済ます気ならいいぞ。今後一切おまえさんのところとは取引しない。消耗品の仕入れは別の店で――」
「待った!トム爺に縁切られたら父さんに殺される。カルミナとのことは本当にすみませんでした。ロカにも後でちゃんと謝ります」
「口先だけじゃないな?」
「もちろんです」
「じゃあ最後に尋ねるが、ルスティ、おまえカルミナのことは本気だったか?」
「え?」
「異性に興味があってカルミナに手を出した、なんてことはないな?」
「な、なんでそんなこと?」
ルスティの話し方がどこかぎこちない。
「いやなに、さっきからおまえ、ロカのことばかりでカルミナのことはどうでもいいようだからな」
「まさか。俺、カルミナにフラれたし」
「フラれた理由は?」
「えー?……えぇっとぉ――う、うぅ……うー――」
蛇に睨まれた蛙のごとくルスティが脂汗を流し始めた。痺れを切らしたトムがカッと目を剥いた。
「はっきり言わんか」
「浮気性を直さないからですっ!」
言った瞬間、ルスティが回れ右をして逃げていく。
「でもカルミナだってロカだけじゃなく他の奴にも声かけてたし。ってわけでお互い様だから!!」
チリリリンとドアベルを鳴らしてルスティが店を飛び出し、「ごめんトム爺怒らないで~」という声が遠く離れて行くのを残されたニアンたちは聞いた。
ニアンとカーナが顔を見合わせたところでトムがはぁと溜息を吐いた。そして息を吐き切る前にくっくっくと笑い出す。
「やっと本当のことがわかったな」
その台詞にニアンとカーナが同時に顔を向けると、彼は微苦笑を浮かべて言った。
「カルミナが男と遊んでいるのは何となくわかっていた。わしはてっきりロカがカルミナを弄んでいて、あの子はそれが悲しくて同じことをしているのだと思っていた。そのままロカは傭兵となって町を出て行ったからカルミナが捨てられたのだと――謝らないといけないな」
「トムさんと仲直りができたらきっとロカは喜びます」
「あいつはわしを避けているが」
「ちゃんと気持ちを見せればロカは向き合ってくれます。ぶっきらぼうですけど」
ニアンがふふと笑うとトムはそうかと頷いた。
それからすぐにニアンとカーナもトムのもとを去ることにした。
店を出るのを送ってくれたトムがニアンを呼び止める。
「ニアン、看板運び、手伝ってくれてありがとうな」
「いいえ。あ、ルスティに簡単に運べるようにできるか尋ねるのを忘れていました」
「え?看板?」
カーナがどういうこととばかりに尋ねてきたので、ニアンはトムが看板の出し入れを辛く思っていると話した。
すると。
「じゃあニアンが手伝ってあげれば?」
「え?」
「トム爺、もう年なんだし無理できないでしょ」
「年寄り扱いするな。まだやれるわ」
ぶすとした顔でトムが言う。
「あはは、でもちょっと辛いと思うところはあるんじゃないの?だから仕事の助手が必要でしょう。そこでいい案があるんだけど」
とカーナは勿体をつけてトムへウィンクした。
「トム爺はニアンを雇うの。トム爺、ニアンには優しいしニアンも仕事を探していたしちょうどいいじゃない。ここで働かせてもらったら?」
仕事は探さなくてはと思っていたが、自分に何ができるだろうと思っていた。人づきあいが苦手で世間の常識も知らない。
仕事なんて無理じゃないかと感じて、それでも何かできることはあると無理に思うようにしていた。今日トムと話してみて、彼の不器用なところが誤解されやすいロカを思い出させた。
トムとならばうまくやっていけるかもしれない。
ニアンの期待に満ちた視線にトムが言葉につっかえる。
「いや、人を雇う余裕は――」
「トムさん、わたしを雇ってくれませんか?お給金は最低限でいいです。わたしは働くことに慣れていないのできっとご迷惑をかけてしまいますから……でもあの、一生懸命働きます。トムさんのお手伝いも頑張ります。だからお願いします」
トムはしばらく無言になって、空を仰いだり俯いたりを繰り返した。それでもニアンはトムを見つめ続ける。
しばらくあってトムがあきらめたように息を吐いた。
「わかった。頼もう」
「本当ですか!」
「朝と夕方の数時間。看板の出し入れのころだけで頼む。一日中おられてもそうそう仕事もないし、それだけの給金を払えんしな」
「はい、はいっ!ありがとうございます」
「カルミナが帰った後にきちんと話をつめよう。あの子がおる間の数日は店を閉めるから、話はそのあとだな」
「わかりました」
ニアンの元気な声にトムが苦笑いを浮かべる。
「よかったわね、ニアン。っていうかトム爺、カルミナがロスロイに来てるの?」
「ああ、おまえさんにも会いたいと――さっきロカの話が出てな。明日ロカに会うためおまえさんちを訪ねると言っていたから会えるだろう」
「そっか。楽しみ。じゃあトム爺、また」
カーナにあわせてニアンもさよならを言ってメリーの店を後にした。
仕事が見つかったことでニアンは気分が高揚していた。仕事が決まったことにまだ胸がドキドキとしている。
これはロカに報告しなくては。
そう意気込んで帰路についたがその日、ロカは遅くまで帰ってくることはなかった。