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Dog tag  作者: 七緒湖李
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仮面の男たち

 相手は二人いてそれぞれにクロエとミカを連れ去ろうとしていた。

 彼女らとともにいた乳母は地面に倒れている。気を失っているのか死んでいるのか判別はつかなかった。

 ダイナがミカを抱きかかえている相手にしがみついて、連れ去るのを阻止していた。クロエは大人であるぶん連れ去るのは容易ではないらしい。 

 クロエより子どもらを先にとロカが思ったところでダイナが誘拐犯に振り払われた。地面に尻もちをついたダイナに向かって敵は足を引き上げる。蹴りつける気だ。

 しかしその前に、ダイナが相手の足に飛びついた。

「ミカを放せっ!」

 けれどさすがに力の差は歴然で、バシと大きな音がして殴られたダイナが吹っ飛んだ。

 地面に転がるところを今度は間に合ったロカが受け止める。

「あ……」

 ロカを見てダイナが目を潤ませた。

「動けるか?」

 ダイナが頷いた。

「よく守った。離れていろ」

 ロカの出現に誘拐犯たちは目を見かわした。クロエを連れ去ろうとしていたほうが、彼女を突き飛ばしロカの前に躍り出た。

 クロエはあきらめミカ一人を連れ去ることにしたようだ。ミカを肩に担いだ敵はそのまま背中を向けて駆け出していく。 

 ふ、とロカは息を吐いた。焦りは禁物だ。まずは残った目の前の敵に集中する。

 相手は両の手を拳に持ち上げた。構えから見て何かやっている。

 顔を隠し体は外套で覆われてはいるが体格からして男だろう。 

 今日までクロエたちには護衛がいない。

 相手は自分を、この家のちょっと腕に覚えのある使用人くらいに思っているに違いない。

 舐めてくれるなら利用させてもらおう。

 道化を模した仮面をつけた敵は、利き手らしい右ストレートを繰り出した。

 遅い。

 ロカは拳を手のひらで受け止めると、素早くガラ空きの脇腹に拳を叩き込んだ。

 呻いて前かがみになる男の腕を逆手に捻り、膝をついたところに、今度は頭を狙って強烈な蹴りを見舞う。

 声もなく敵が気を失ったのを捨て、ロカはもう一人の敵を追った。ミカを抱えて敷地の外へ出ようとしている。だがミカが泣き叫びじたばたと暴れているせいで、思うように走れないらしい。

 先ほどの相手よりもがっしりしているし、走り方からみてこっちも男だ。

 開け放った門扉の外にはロカが来た時にはいなかった馬がつないであった。あれに乗って逃げられては厄介だ。

 ロカは地面におちていた石を数個拾い、一つを敵の足目掛けて投げた。

 うまく狙いが定まらず外れる。

 二つ目。

「っ!」

 右膝裏にあたったのか敵がよろけた。

 ミカが大暴れしていることで、少しのバランスの崩れが大きな崩れに変わった。

 転ぶことはなかったが男が数歩よろけてくれたおかげでロカは敵との距離をつめる。

 背中から近づくロカに相手が距離を測るため振り返った。そこへちょうど追いついたロカが肩にあったミカを奪い取る。

 瞬間、ミカがひしと抱き着いてきて、ロカは思いがけず動きを封じられてしまった。敵がそれを見逃さず襲い掛かってくる。

 ロカはミカの頭を片手で庇い、突っ込んでくる牛をかわすように、体を反転させて相手の攻撃を避けた。ミカの重さぶんが遠心力に乗るのを踏ん張って、回転を利用したロカは敵の背中を蹴りつける。

 つんのめって敵が前のめりになっているそこへ、ミカを抱く手とは反対の手で男の腕をつかむ。その腕を関節を無視して背中に押し付けながら、一気に体重を乗せて相手を引き倒すと、もがく男の喉仏のあたりを拳で強く打った。

「がっ」

 奇妙な声をあげて敵が動かなくなる。

 ロカは息を吐いて敵の上からミカを抱いたまま立ち上がった。

 ミカは泣き叫ぶことはしておらず逆に静かだ。

 倒れた男から遠ざけるように離れて、ロカはミカの頭をポンポンと軽く叩いた。

「もう大丈夫だ」

 それでもミカはロカの服をつかんだまま放さない。

「ミカ!」

 やっとクロエとダイナがロープを持った使用人の男たちとともに駆けてきた。使用人の男らはロカが最初に倒した男を縛り上げてきたようだ。

 倒れていた乳母は介抱されている。どうやら生きていたらしい。

 母の声にミカが勢いよく顔を上げた。そして手を伸ばす。

「かーさまあぁぁ」

「ああ、ミカ。よかった。どこもケガしていない?痛くない?」

 ミカを抱きしめて泣き崩れるクロエだ。ダイナもミカに寄り添い、クロエが二人の背中を引き寄せる。

 ロープを持つ使用人の男は先ほどロカと話をしていた男だ。もう一人の使用人と一緒にロカの前へ進み出た。

「あんたすごいな。俺たちじゃどうにもできなかったところだ」

 バシバシと肩を叩かれる。彼の声にクロエがやっとロカを見上げてきた。

「ありがとう、ロカ。本当にありがとぅ……」

 しかしすべてを言い終える前に、ふ、とクロエが気を失った。ダイナが細い体で母親を支える。

「母上!どうなさったのですか、母上」

「緊張がゆるんで意識が遠のいたんだろう」

 ダイナでは支えきれないクロエの肩をロカはつかんだ。明るく笑っていたときはごまかされていた眼の下の隈はひどく、顔色が悪い。

「ほ、本当ですか?」

 薄い青色をしたダイナの瞳にはいっぱいの涙が浮かんでいる。

 ミカが母親にすがってうわぁんと泣き出した。

「かーしゃま!」

「俺が家まで運ぼう。ダイナはミカを頼む。できるな?」

「はい」

 ダイナが手の甲で流れそうになっていた涙を拭った。歯を食いしばるダイナの頭をロカは励ますように一度撫でてから、クロエを背負った。

 使用人の男たちを振り返る。

「ブルーに連絡を。それから夫人を診る医師も」

「ああわかった」

 副ロスロイ長であるブルーを呼び捨てにしたことにわずかに驚いた顔をしたが、火事現場で話をした男はしっかりと返事をした。

 もう一人の男がぐったりと倒れたままの敵を縛り上げていた。

 生きていればいいが。

 ミカを抱いていることで、中途半端にして反撃されるのを避けるため、手加減できなかった。

 泣きじゃくるミカと手をつなぐダイナをロカは見下ろした。子どもがいるところで死んでいる可能性を伝えることはやめた。

 言葉もなく歩き出すロカの隣をダイナがついてくる。昨日時雨れたことで土が乾いていないせいか、ダイナは泥で汚れていた。

 馬小屋の煙はずいぶんと少なくなっている。鎮火したようだ。

 煙を確認すべく空を見れば茜色に染まりつつある。

 ロカは空から視線を外すと厳しい顔つきで前を見据えた。

 





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