女好きの遊び人
茶を飲む間中、ロカはずっとダイナに観察されていた。動くたびそれを視線が追う。
ミカはミカで、ロカから遠い位置側にダイナと並んで座り、一人崖掛けのソファにある彼を興味深げに見てくるのだ。
クロエは当たり障りのない世間話をしてくるがロカは全く興味がない。適当に相槌を打ちながら、さっさと帰ろうとロカが茶を口に運んでいると、クロエがにこにこした様子で言った。
「ダイナ、あなたロカと話がしたいと言っていたでしょう?黙っていないでお話したら?」
この状況で話をふるのか。
空気を読んでくれないか、とロカはクロエに視線を向けるも彼女はきょとんと首を傾げるだけだ。
だめだ、ニアン並みに鈍い。
妹の食べこぼしたクッキーをスカートから払っていたダイナは、ソファに座りなおしてロカを見つめた。
視線が痛い。
思いながらロカは何食わぬ態度でカップから茶を飲んだ。
母親に近づくな、とマザコン発言をするだろうと予想する。
「あなたは女好きの遊び人ですか」
「っごふ!」
飲んだ茶がおかしなところへ入った。
斜め上から質問がきた。ロカは咳き込みながらカップをソーサーに戻した。
「異性なら誰でもいいと、狙った獲物は必ず落とす人ですか?」
「待て、おまえ幾つだ!?」
「十歳になりました」
「マセガキか!母親の言ったことを真に受けるな。冗談と本気の区別もつかないなんて本当にガキだな」
「母上は美しい方です。父上も常々そう言っていますし、悪い虫がつかないよう監視するよう父上から仰せつかっています」
あのキツネめ。息子になにをさせているんだ。
クロエは息子の話を聞いてまぁと喜んでいる。ダイナの隣でミカが兄の服を引っ張った。
「にーさま、ミカは?可愛い?」
「もちろんミカはとっても可愛いよ」
ミカの頭を撫でるダイナに笑顔が浮かび、ミカはぎゅうとダイナの腕にしがみついた。
「にーさま、大好き」
「僕も大好きだよ、ミカ」
「あら、母様を仲間外れにしないで。母様も二人のことが大好きなんだから」
「え~、とーさまは?」
「もちろん父様のことも大好きよ」
なんだこのイタイ家族は。
三人の会話を間近で聞かされているロカは心の底から帰りたいと思った。
こういうのは家族だけのときにやってくれ。他人からすると心底ウザイ。
(よし、帰るか)
一度はこうして顔を見せたのだ。ブルーにも文句は言わせない。
帰る旨を伝えようとロカが口を開くより早く、突然扉が激しくノックされた。クロエの返事も待たずに押し開かれる。
「奥様、馬小屋から火が。家の者総出で火を消しておりますが勢いがすごくて、万が一こちらにまで飛び火したら危険ですので早く非難を」
部屋に飛び込んできたのは恰幅のいい中年女だった。クロエたちが先ほど「ばあや」と呼んでいた。
クロエが顔色を変えてダイナとミカを抱き寄せる。
「ロカ、あなたも早く行きましょう」
全員で外に出ると屋敷の左手からもうもうと煙が空に向かって上がっていた。「火の回りが早いぞ」、「水をもっと」などと大声が聞こえてくる。
「あんたたちはここに」
言いながらロカは火事のもとへ走っていた。建物を回り込んでロカは見た。
屋敷と同じレンガ造りの馬小屋の出入口や窓から赤い炎が燃え上がっていた。
近づいたロカは、井戸からくみ上げた水を、バケツリレーで撒いていた先頭の男に止められた。
「おいあんた、危ないぞ」
「火が出てどれくらいだ?」
「え?わからん。気が付いたときにはもうこんな様子でバケツの水くらいじゃ消えやしない」
「中に人や馬は?」
「旦那様が仕事に出た後だから馬はいなかった。が、冬に備えて買っておいた飼料がこれじゃ全滅だ」
「すべて燃え尽きたら消えるだろう。壁がレンガだから飛び火することもないのに、夫人たちを避難させなくてもよかったんじゃないか?」
「万が一ってことがあるだろうが」
主の家族に何かあれば首が飛ぶ。もっともな判断なのかもしれなかった。
ロカは小屋の入口に割れた玻璃の破片を見た。炎で埋め尽くされた馬小屋に目を凝らせば角灯が転がっている。
(油をまかれたか)
これは故意に起こされた火事のようだ。
「誰か不審な人物を見ていないか?」
「はぁ?」
「小屋に油をまかれている」
ロカがこういった瞬間、並んでバケツを送っていた現場近くの者や、空のバケツを井戸へもっていく者が動きを止めた。
「この家で働く者以外の人間がいたとか、見知らぬ人物が馬小屋に近づいたのを見たとか」
「ダフニス様の馬車が停まっていたくらいで他は別に……見知らぬ相手ってならあんただ。誰だ?」
「俺はこの家に用があって――」
「きゃああああぁぁぁ」
そこへいきなり、ロカの声をかき消すほどの悲鳴が聞こえた。そして子どもの泣き声が続く。
ロカは地を蹴っていた。
(今度はなんだ)
先ほどとは逆に建物を回る。そして家の正面に涅色の外套に身を包み、派手な仮面で顔を隠した見るからに怪しい輩を見た。
おそらく馬小屋に火を放ったのはやつらだ。
この騒ぎに乗じてブルーの家族を襲うつもりだったのだろう。
立ち止まりかけていたロカの足が無意識に前へ踏み出される。