勝手な親近感
「ライのとこのじゃじゃ馬か」
「じゃじゃ馬ってご挨拶ね。こんなにいい女をつかまえて」
「いい女なら惚れた男の一人でも落としてみせるんだな」
瞬間、カーナが口を開けたまま頬を染めた。
「き、き、聞いて――」
「聞こえたんだ。この距離だからな。おまえさん、あの大男が好きなのか」
「トム爺、忘れて!!」
「聞いてしまったもんはすぐには忘れん。人には言わんから安心してくれ。それより、もう少し周りのことをよく見て行動するんだぞ」
「はい、すみません」
気難しい老人という印象を受けるトムだが、カーナが素直に謝るとそれ以上何も言わなかった。皺の刻まれた顔がニアンに向いた。
柔和とは真逆の厳めしい面構えはニアンを身構えさせる。頭に祖父のことがよぎった。
冷たい眼差しと口調はいつまでも変わらず、対峙するたび委縮してうまく話せなかった相手だ。
「で、おまえさんがあの生意気ボウズが連れてきたっていう娘っこか」
「あ、トム爺ニアンのこと知ってるの?」
「いつもは傭兵やってたり兵士やってたりっていう男ばかりやってくるおまえさんちに、若い娘がいるようになったら、そりゃあ噂になるってもんだ」
「可愛いでしょ。ロカの恋人なのよ。ニアン、トム爺さんよ。この宝石店の主人をしててね、このあたりのみんなが頼りにしているお爺さんなのよ」
カーナがトムのことを頼りにしている存在とニアンに紹介したとき、彼は目を瞬いてそのあとわずかに表情が変わっていた。
「うるさい爺と陰口をたたいとるくせに」
ぶつくさいうのは照れているからにも見える。
祖父のように冷たい老人ではと疑ったことを反省し、ニアンは腕にある荷物を正面からずらしてきちんと顔をみせ、トムに挨拶をした。
「はじめまして、ニアン・アルセナールといいます。これからこの町で暮らすことになりました。よろしくお願いします」
緊張で表情筋がいうことを聞いてくれないが、ニアンは頑張って笑顔を作った。
あまり背の高くないトムがじっとこちらを見つめてくる。
「トム・ティッドだ。あのクソガキにはもったいないな。どこが良かったんだ」
クソガキ?
さっきは誰のことかと思ったけれどもしかしてロカ――?
そのとき。
「トム爺はロカのこと、孫娘を弄んだ悪い男だって思って嫌ってるの」
カーナがそっと耳打ちしてくれた内容にニアンは驚いた。
「ロカとトムさんの孫がつきあってたの!?」
ニアンの言葉に今度はカーナが驚いて慌てて首を振った。
「え!やだ違うわよ、カルミナとつきあってたのはうちの兄さん。カルミナは兄さんのことをロカに相談してただけ。わたしも相談されてたし。わたしには愚痴でロカには男の意見が聞きたいって言ってたわ」
「そう、なの?」
「そうそう。心配することないから。昔、ちゃらちゃらしていたのは兄さん」
ニアンがほっとしたところで、
「ほう、カーナその話は本当か?」
トムのドスのきいた声が聞こえた。
「やば……」
カーナがギクとしたようにトムから顔をそむける。
「そうか、本当の話か。あのお調子者め、ずっとわしを騙しくさって」
瞼の奥の瞳が鋭くなった。表情も変化してまるで凶悪犯のようだ。
ニアンとカーナは恐ろしくてトムを見られないまま、逃げ腰になった。
「カーナ」
「は、はひっ!」
「ルスティの奴を呼んできてもらおうか」
「あ、あの~兄さんも言い出せなかっただけで悪気があったわけじゃ――」
「自分の友達を身代わりにしてか?いいからさっさと連れてきなさい。でなければおまえさんの秘密を黙っておけなくなるかもしれんぞ」
「いますぐ連れてきますっ!!」
そう言うとカーナはニアンを置いて、大通りをモンダ家に向かって駆けて行ってしまった。
ルスティは家の修繕に行っているはずなので、一旦モンダ家に荷物を置きに行ったのだろう。
(わ、わたしはどうしたら)
出遅れたニアンはおずおずとトムを窺う。トムはニアンの視線を感じたらしい。目が合ってニアンが緊張すると、彼は箒の柄で店を指した。
「今日はもう店じまいをするんだがちょっと看板を運ぶのを手伝ってくれんか?」
「あ、はい」
「おまえさんの荷物を先に店に」
促されてニアンはトムの後に続いて店に入った。外とは違い店内はぽかぽかと温かい。
古臭いがなんだか懐かしい匂いがした。
夜になると灯すのだろうランプの火屋は薄ピンクで、そこに花の透かしが入っていて、笠には蝶々が止まっている。別のランプも水色や黄緑に花の透かしがあって、色違いで揃えられているようだ。壁に飾られた絵には何とも愛くるしい子犬が二匹描かれている。
奥の店主机には本が並び、ブックエンドは猫が伸びをしている姿をかたどっていた。
腰の高さにしつらえたショーケースにはきれいな宝石が並んでいる。ニアンはぐるりと店内を見回した。品ぞろえは大都で訪れた宝石店の半分もないが、ショーケースの玻璃は指紋一つなくみがかれていた。
ニアンが両親と暮らしていたころ、優しいお婆さんがいる雑貨店があった。両親にくっついて店に顔を出すといつもお菓子をくれた。
ここはあそこの雰囲気に似ている。
そう感じたニアンは初対面の人間と二人きりだというのに、ほわ、と緊張が解けていくような気がした。
とはいえこちらの店主は優しいお婆さんとは似ても似つかない、ぶっきらぼうなお爺さんだけれど。
「荷物はそこの上に置いてくれ」
入口側にある耳飾りが並ぶショーケースをトムがさした。自身の持つ箒もそこに立てかけている。
「素敵なお店ですね」
抱えていた荷物を置きながらニアンが言うとトムは肩を竦めた。
見かけは怖くてもこういう雰囲気の店を営む人だ。人づきあいが苦手なせいで愛想がないようにみえているだけかもしれない。
ニアンも初対面の相手には構えてしまうので、似た者同士とトムに勝手に親近感を覚えた。
「大きな町の店からすれば格段に見劣りする。世事はいい」
「わたしが住んでいた町はロスロイよりもずっと小さな町でした。わたしが行ったことのある宝石店は大都にあるお店しかないですけれど、あそこはちょっと近寄りがたいです。トムさんのお店のようなあたたかな雰囲気のお店のほうがわたしは好きです。なんだか優しい雰囲気があります。メリーってもしかして奥様のお名前ですか?お店の中にちょこちょこ可愛らしい動物やお花がありますけれど奥様が?」
ニアンはショーケースを支える木の台の模様は星を描いていると気が付いた。天井を見上げればこちらは図案化された太陽のようだ。
「ああ。店は妻がやりたいと言ってな。いちいちこだわって、わしにはさっぱりわからんかった」
「こだわって正解です。だってとても可愛いですよ」
こんなに素晴らしいお店があったなんて。もっと早くに知りたかった。
興奮気味にニアンが言うと、トムはやがて表情を和らげた。
「こんなに褒められちゃあいつも喜んでるだろうさ」