片恋話
両手で荷物を抱えるニアンは同じように荷物を持つカーナと並んで大通りを歩き、モンダ家へ向かっていた。夕刻にはまだ早い時間だ。
「今日は大収穫ね。手袋と襟巻きとそれに帽子でしょ、ニアン、わたしや母さんのお古しか持ってなかったものね。それからニアンたちの家は冷えるから膝掛は必須だし、ローズの香り付きの石鹸でしょ、綿布もニアン用のかわいいのが買えたし。あ、クッションカバーを買うべきだったわ。明かり用のランプも足りない?あの家ならカーテンもあったほうが……。買い漏れてるもの、結構あるわね。これは後日、出直さなきゃ。食器や家具はうちで素敵なのをそろえるから安心してね」
「カーナ、必要最低限あれば大丈夫だから」
「なに言うの。化粧品だってもっと欲しかったのに、ニアンたらもういいって。ロカの財布なんて空っぽにしてもよかったのに」
「それはさすがに……。わたしはいまロカにお世話になりっぱなしなの。働くところを探したら自分で買うから」
両親のもとでは子どもだったので金を払うことはなかったし、祖父のところでも必要なものを与えられたので、ニアンは買い物などしたことがない。
ロカとの旅で市場や宿を利用したので少しは物の相場は知っているが、そんなニアンから見てもカーナはロカの金を遠慮なく使っていた。
ロカの財布のふくらみがみるみる萎んでいくのがわかって、いらない、必要ないと、ニアンは金が失われていくのを阻止したくらいだ。
「も~ニアンてばこれは必要なものばかりよ。女の子は可愛くいなきゃ。ニアンがおしゃれすればロカだって嬉しいんだから。男は恋人や奥さんにいつまでもきれいでいてほしいものなのよ」
「カーナは恋人がいないでしょ。片思い中だもの」
ニアンが反論するとカーナが言ったなとばかりに口を尖らせた。
「以前はいましたー!」
「え?ヘリングさんにずっと片想いしていたんじゃいの?」
「ちょ……名前出さないで。秘密なんだから」
「あ、ごめん」
ニアンがきょろきょろと周りを見渡しながら謝るとカーナは苦笑を浮かべた。メイン通りはいつものように人が多いが、誰も二人を気にしている様子はない。
カーナはニアンから視線外して前方へ顔を向けると口を開く。
「昔はね、憧れているだけだと思っていたの。だって10歳以上も離れてるのよ。だけど誰とつきあっても比べちゃうの。背の高さとか話し方とか仕草とか……少しでも重なるとあの人はもっと優しい、もっと男らしい、もっと強い……なんて。傭兵だったんだし強いのは当たり前なんだけど」
ぺろ、とおどけたように舌を出すカーナは、すぐに吐息を漏らした。息が白く煙り空気にとけるように消える。
「ああ好きなんだなぁって認めたら他の男なんて目に入らなくなっちゃった。ロスロイと大都じゃ会う機会なんてほとんどないから、このままずっと独り身かなって思っちゃってたところだったの。ロカのおかげで会えた。最近は忙しいみたいで全然ロスロイに来なかったから。会ったらますますいい男になっちゃってて、もう惚れ直すどころじゃないわ」
「言わないの?」
「わたしはたぶん妹だから」
「そうかな」
昨日、今日とポロがカーナにちょっかいを出すたび、ヘリングの顔はニアンが見たこともないくらいの恐ろしいものになっている。
今回のことでシスコンが判明した実兄であるルスティよりも素早く、ポロがカーナに近づくのを阻止しているのに。
「すごくカーナのことを気にしてると思うけれど」
「それは、ね――家族って前に言われた」
「え?」
「傭兵をやめたとき父さんのところに顔を出したの。大都で仕事を探すって、うちにはただ顔を見せに来ただけだった。もう会えなくなるかもって思ったとき、わたしは気持ちを自覚したわ。このまま離れてしまうのが嫌でその前に告白しようと呼び出したけれど、結局勇気が出なくて「大都でも頑張って」なんて当たり障りのないことばかり言っちゃって。向こうは大人でわたしは子どもだと感じていたから逃げてしまったの。そうしたらうちのみんなは家族みたいなものだから、たまには会いに来るって笑って頭を撫でられた。約束通り、思い出したように顔を見せてくれる。そのたびに恋人ができていないかって探ってるの。本当は聞くのが怖いくせにね」
「いまはいるの?」
「別れたって。女より剣が好きな筋肉バカと言われたそうよ」
ふふと笑ったカーナは空を仰いで言葉を続ける。
「わたしなら父さんで筋肉なんて見慣れているし、剣を手放せなくても平気なのに」
せつなげなカーナはニアンから見ても辛そうだった。
片想いの辛さならニアンもわかる。ロカにてんで相手にされなくて、仕事と住むところが見つかったら彼は離れてしまうと思った。
すごく怖くて、なのにこれからもつながりを持ちたいと言えなくて、足踏みしている自分が嫌になった。
まさかカーナにも自分と同じように怖いことがあるなんて。明るくてなんでもあっけらかんと言ってしまえる女の子だと思っていた。
「あ、あの、ね」
カーナと並んで歩きながら、ニアンは抱える荷物をぎゅと抱きしめる。
「カーナがなにか行動してみたらどうかな?」
「どんな?」
「どんな?えっと、わたしは意図したわけじゃないけど、ずっとロカを避けてしまって。結果的にロカは避けられたのが嫌だったみたいなの」
「それ、ロカが自覚していなかっただけで、二人は両想いだったからうまくいっただけ。端からみていればニアンとロカはお互い想いあってるってすぐわかったわ」
「え?ロカは顔に出ないのに?」
「ああ、ニアンは昔のロカを知らないものね。あれでもいまは表情豊かになったほうよ。子どものころはもっと無表情でね。こーんな顔」
と、言いながらカーナは表情を消して一点を見つめた。
「え、怖っ」
「でしょう?それがニアンの前じゃ笑うし冗談を言うし、プレゼントまで。あのロカがまさか!ってくらい驚きだったわ」
ニアンからすれば変化の乏しいと思えるロカの感情も、昔から彼を知る人にとっては激変しているようだ。
プレゼントの話が出たことでニアンはついそれに気を取られた。
ロカにもらったブラシと鏡は大切に使っている。
彼がどんな顔をして選んでくれたのかと想像するだけで嬉しくなる。
「あーニヤけちゃって。誰のこと考えてるの~」
からかわれてニアンははっと表情を引き締めた。
いまは自分の話じゃなくカーナのことだった。
「ヘリングさん、明日には大都へ帰ってしまうでしょう。だから――」
「え?そうなの!?」
初耳だったのかカーナが驚いたように勢いよくこちらを向いた。
それはちょうど彼女のポニーテールが大きく揺れるのと、店先を掃除していた老人が腰を叩きながら動いたのが同時だった。
バサ、とカーナの長い髪が老人の頬を打つ。
「っ!」
「え?あ、ごめんなさい。……って、トム爺」
白髪のしかめっ面をした老人が箒を持たぬ手で顔をおさえ、ジロと鋭い目をこちらへ向けた。