引き留める手
クロエの息子だろう。母親からいとこおじを見てその形相を確認すると、最後にロカヘ眼差しを向ける。
薄い青色の瞳は大きく、ロカと目が合ってもそらされることはない。髪色も茶色が濃く母親より父親のブルーに似た色を持っていて、顔だちも彼に似ていた。
「ああダイナ、ちょうどよかった。こっちにいらっしゃい」
「ねえさん!」
手招くクロエといとこおじの反応を見ていた少年は、
「にーさま」
と、近づく声に振り返った。軽い足音がして少年よりさらに幼い女児がエントランスに顔を出した。
金髪ともいえるほど明るい茶髪と緑色の瞳を持ち、クロエがそのまま子どもになったようだ。
「ミカ、待ってるよう言っただろ」
ダイナが言うのを聞いて、幼女はてててと走ると兄の背中にベタと張り付く。どうやら彼の妹のようだ。
「にーさまと一緒がいい」
少年は仕方なさそうな顔をするとクロエを窺う。
「母上、ミカも一緒でいいですか?」
「ええもちろん、二人ともいらっしゃい」
クロエが手招くと少年と幼女が側にやってきた。二人ともズボンもスカートも膝下までと丈は短いが、大人と同じような服装で、一目で良家の子どもたちとわかる。
ロカのように肌ざわりがそれなりの重い外套や、洗いざらしで色のあせたズボンやシャツなど着ていない。
「ロカさん、この子たちは息子と娘よ。ダイナとミカというの。――ダイナ、ミカ。この人は父様が見つけてくださった新しい護衛の方よ。ロカさんというの」
いやだからまだやるとは言っていない。
内心突っ込みながらロカが二人を見下ろすと、ミカのほうが顔を強張らせた。ロカの腰にも届かない身長だから巨人のように見えているのだろう。
文章で話せるぶんジュビリーでなついてくれたチビより年齢は少し上だろうか。とはいえこっちはかなり引っ込み思案なようだ。
兄の背中から見上げる瞳がもう潤んできている。
高い位置から見下ろされては威圧感があるはずだ。ならばチビにも有効だった手を使おう。
ロカは膝をついて目線を低くすると二人に話しかけた。
「ロカ・エルカミーノだ。あんたたちの護衛をするかどうかはまだ決めていない。そこは訂正しておく」
ここで笑顔の一つでも浮かべれば彼らの緊張もほぐせたのだろうが、あいにく愛想はよくない。ダイナがやっぱり大きな瞳でじっとロカを見つめ、ボーイソプラノで名前を名乗った。
「ダイナ・リッジです」
「ミカ・リッジです」
ダイナの真似をしてミカがおずおずと自己紹介をする。
「じゃあ奥でお話でもしましょう。お茶の準備がいるわね」
「え?いやすぐに帰る」
立ち上がったロカはクロエにそう言ったが彼女は聞き入れなかった。
「わたしたちがどういう人物かわからないから護衛をしてくれないのでしょう?ならわかってもらうしかないわ。だから少しだけ、ね?」
ね、と言われても。
ダフニスがクロエの背後で目をつりあげている。
「ねえさん、護衛なら騎士あがりのほうがいい。元騎士を紹介してくれるという知り合いがいる。ああ、そうだ。頼めばきっと明日からでも来てくれるよう手配してくれるし、にいさんにも話を通しておくから、そいつには帰ってもらうんだ」
「お知り合いの方が口利きを?その方はどんな方なの?」
「モヴェンタ・エレクという方だ。以前は商人をしていたがいまは隠居していらっしゃる。元商人というだけあっていろんな人に顔が利くんだ。モヴェンタ氏自身もすごい人でね。引退してなお商人たちに一声かければ揃わない品はないらしい。そんな人がにいさんを気にかけているんだ。先日、お会いしたとき、ロスロイ長が体調を悪くしてからこっち、一人頑張って疲れているだろうとにいさんの心配までしてくれたよ。とても良い方だしあの人の紹介なら問題ない」
「護衛のアテがあるなら俺はこれで――」
逃げるにはちょうど良いとロカが踵を返しかけると、外套の袖を引っ張られた。
ダイナだった。
「僕はこの人ともう少し話をしたいです」
ダイナの言葉に妹のミカが今度はまじまじとロカを見上げてくる。目を合わせるとまた泣きべそをかくと顔を向けないようにした。
……はずが小さな手が兄を真似てロカの外套を握ってくる。
「あら、ミカが――ロカさん、少しでいいのよ。駄目かしら?」
笑顔のクロエとは対照的に、彼女の側にあるダフニスの顔に赤みがさした。無視して話を進められて怒ったようだ。
「ねえさん!」
「ダフニス、あなたがうちを気にかけてくれているのは嬉しいわ。でもわたしもロカさんがいいの。お知り合いの紹介はご遠慮するわ。あなたこれから用事があるのでしょう?だったらもう行かなきゃ。今日はこれで失礼するわね」
「ねえさん、わたしはねえさんが心配なんだ」
「帰ってと言っているのよ」
クロエが口調を強めるとやっとダフニスは口を噤んだ。そして腹いせのようにロカを睨みつけて、派手に舌打ちすると帰っていく。
その際、扉を勢いよく閉めたため、大きな音が鳴ってミカがビクを身を竦ませた。緑の瞳に涙が浮かんでうええぇと泣き出し、兄から母へ抱き着く相手をかえる。
「ああ、びっくりしたわね。はいはい、泣かないのよ――あら、重くなった。大きな赤ちゃんね」
よいしょ、とミカを抱き上げ、クロエは娘の頭を撫でながら歩きだした。
「さ、ロカさんこちらへ。ダイナもいらっしゃい」
「ロカでいい」
「そう?じゃあロカ、甘いものは好きかしら?昨日焼いたクッキーがあるのよ」
クロエの台詞にピタとミカの鳴き声がやんだ。
「かーさま、クッキー?」
「ミカも食べる?」
「食べる」
「そう。でも赤ちゃんはクッキーなんて食べられないわね。歯が生えていないもの」
「赤ちゃん違うもん。歯いっぱいある」
「母様に抱っこしてもらってるうちは赤ちゃんですー。それとも降りる?」
「降りる!」
じたばたと暴れだすミカをクロエが笑いながら床に下した。
「にーさま、クッキー食べ行こ」
「わ、ミカ。わかったから引っ張らないで」
母親にべったりだったはずがダイナの手を引いてミカが廊下を駆けていった。残されたロカはクロエが横に並んできたため目だけを彼女に向けた。