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Dog tag  作者: 七緒湖李
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家族にして

 ロスロイ庁に長居したせいで居候させてもらっているモンダ家には、夕飯もとっくに過ぎた時間に帰った。ヘリングとポロも一緒だ。

 ライたち家族はロカとニアンがデートで遅くなっていると思いこんでいたらしい。服を泥で汚したニアンの姿やヘリングの来訪、そしてライ以外はモンダ家の人間と初対面となるポロの紹介で、家の中は一気に騒がしくなった。

「ライの親父にこんな美人の嫁さんとでかい息子がいたなんてな」

 どこに行ってもマイペースで物怖じしないポロが、ライにレリアとルスティを紹介されて驚いていた。

「いやまだもう一人、娘がいるんだが――」

「ロカとニアンが戻ったにしては騒がしいけどどうしたの?」

 とそこへ綿布で髪をふきながら寝衣姿のカーナが現れた。風呂に入っていたようだ。

 冬場だというのに寝衣姿のまま上着を羽織っていないのは、湯で温まった体が暑いからだろう。

 頭を覆う綿布で額に浮かぶ汗を拭ったカーナは、室内の人の多さにやっと気づいたのか「え」と立ち尽くした。

 視線が動いてヘリングとポロを認めると慌てて室内を出ていく。ぱたぱたと階段を駆け上がる音がして、そのあと扉の開閉音が大きく階下まで響いた。

「あー、いまのが娘のカーナだ。客がいるとは思わなかったんだろう。一応年頃の娘だし寝巻姿が恥ずかしかったんじゃないか?」

 すまんな、とライがポロへ説明した。

「いい」

「そうか。まだしばらくロスロイにいるんだろ?またちゃんと紹介――」

「いい」

「え?いいっておまえ」

「いい!なに、あの子、ライの親父の娘!?幾つよ」

「ちょ……どうしたポロ?」

「すげぇ美人!ただの寝巻姿なのに色っぽい。それにあの胸っ。暴力的すぎる」

 ポロが胸の話をした瞬間、ロカはその場の空気が変わったのが分かった。

 父親たるライと兄たるルスティだけでなく、母親のレリアからも笑顔なのに冷気が漂ってくるようだ。

 ロカが驚いたのはヘリングの様子が違ったことだった。

 冷ややかな表情なのに鋭い目をしていて、まるで敵と対峙しているときのようだ。

「ライの親父、またと言わずいま紹介してくれよ」

「だめだ、おまえには二度と会わせん」

「なんでだよ、ちゃんと紹介するっていま言ったとこだろ」

「ポロさんと言ったかしら?あなた、ロカに用事だったのでしょう?」

「いや、レリアの姐さん俺は――ひっ!?」

「姐さん?いやだわ、わたしはただの主婦なの。そんな呼び方されたくないわ」

 ゴゴゴゴと笑顔ですごまれてポロは顔を引きつらせた。

「ていうか、父さんはおまえの親じゃない。親父とかやめてくんないかな?」

 ルスティが冷たくに言うのを聞いてポロはおろおろとモンダ家の者たちを見た。

「な、なにか俺、怒らせた?――なぁ、ロカ」

 ポロがロカに助けを求めてくる。まだ気がつかないらしい。

 とばっちりでこっちまで睨まれているのだが。

「おまえが悪い」

「へ?どういうことよ?俺、彼女のこと褒めたんだぞ」

 あれで褒めたと思っているのか。

 ポロを無言で見つめたロカは側にあるニアンへ声をかけた。

「ニアン、カーナが風呂に入っていたならちょうどいい、服も汚れたことだしおまえも入ってきたらどうだ?」

「え?でも皆さんより先にわたしがいただくのは……」

 モンダ家の皆に気を使っているらしいニアンに、家長たるライが先にいいぞと笑った。 

 ロカはニアンを促して部屋を出る。

「ちょっと、ロカ、無視しないでくれ」

 一人にしないで、と情けないポロの声がしたが当たり前に置いてきた。

「カーナの様子を見てきてくれ」

 間借りしているカーナの部屋に着替えを取りに行くニアンを、階段の下で見送りながらロカは目線で階上をさした。廊下の壁にランプが灯されているので、階段には乏しい明かりが届くだけだったがニアンは視線に気づいたようだ。

 同じように一度そちらを仰いだ。

 様子見に頷いたニアンだったが、

「カーナはロカの前では寝巻でいても気にしていなかったですよね」

 と言いながら首を傾げている。

「あいつにとって俺はルスティと同じ兄貴だからな」

「そうなんですか?」

「この家の人たちは皆、俺を家族だと思ってくれてる」

 子どもの時はそれが嘘くさく思えたこともあったけれど。

「それから仲間たちも俺を家族だと……」

 親であったり兄であったりと、そんなふうに思ってくれていると最近になって知った。

 トントンと足音がしてニアンが階段を下ってきた。

 あと一段残したところで立ち止まり、段差のせいで同じ目の高さから頭を撫でられる。

「わたしもロカの家族の中に入りたいです。いいですか?」

 薄暗いはずなのにニアンの顔がこんなにもはっきり見えるのが不思議だった。見つめる先でニアンが微笑んだ。

「俺でいいのか?」

「ロカじゃなきゃ嫌です」

 そう言ってニアンがロカの頭を抱き寄せる。

「わたしはロカが好きです。なにがあっても、なにを聞いても、それは変わりません」

 耳に心地いい優しい声音。

「あなたが大好きです」

 両の手がロカの頭を包んで髪に彼女の唇が触れた。

 ロカは思わずニアンを抱きしめる。

 ジャンの話を聞いてもなおそう言ってくれるのか。

「俺は人殺しだぞ」

 ジャンだけでなくたくさんの人を殺した。ニアンと出会ってからもだ。

「ロカのおかげで救われた人はたくさんいるはずです。わたしもその一人です」

 髪に触れるニアンの手があやすようにロカの頭を撫でた。

「これからだってそうです。あなただから救える人がいます。そのせいでロカが辛くなったら、またわたしがこうして抱きしめてあげます。だからロカ、わたしを家族にしてくれますか?」

 ロカはニアンの背中に回した手を握りしめて彼女の服をつかんだ。

 胸が熱い。

 誰かをこんなに愛しいと想うのは初めてだった。

「ああ」

 ロカが言えたのはこれだけだった。ニアンが、すり、と頭を摺り寄せてくる。

 額が合わさったことで視線が交わる。ニアンの瞳が涙で潤んでいた。

「幸せすぎて泣きたくなるなんてあるんですね」

 ロカはニアンの目尻に溜まる涙を指で拭った。

 彼女がその手に自分の手のひらを重ね、頬を押し付けてきた。

「温かい……わたしはこの手に撫でられるだけで嬉しくなります」

 ニアンの顔がさらに近づいた。ちゅ、と唇が重なる。

「でも今日は愛しい。ロカ、あなたが愛しくてたまりません」

 ロカは彼女の濡れた長いまつ毛にキスをした。そのまま唇を合わせてニアンと深い口づけを交わす。

 この想いをどうあらわせばいいのだろう。

 唇が離れてすぐ、考えるより先に気持ちが声に出ていた。

「ニアン、愛している」

 その瞬間、ニアンからまた涙があふれて、蕾が花開くようにふわりと綻んだ。

 頼りないランプの明りであるのに、その微笑はロカに鮮やかに焼きついた。

 強くニアンを抱きしめる。

 背中に彼女の腕が回された。耳元に声が届く。

「わたしもロカを愛しています」

 ロカはニアンの肩に顔を埋めた。





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