タヌキの仲間はキツネ
案内されたのは応接室だった。おそらく副ロスロイ長であるブルーの専用のものだろう。
慣れた様子で奥の椅子に座るブルーは、テーブルを挟んで向かいの席を、ロカとニアンに勧めた。
護衛の男はいない。彼は部屋に入ってはこなかった。
「わたしのスカートは汚れていますので」
そう言って部屋の隅に控えるニアンだ。ロカも部屋の中央へ移動することなく口を開いた。
「長居するつもりはない」
二人の様子にブルーは肩をすくめテーブルに頬杖をついた。
「じゃ、さっそく始めようか――ロカ・エルカミーノ、君に護衛を頼みたい」
「断る」
一言言って踵を返すロカをブルーは慌てて呼び止めた。
「待て、待て。わたしの護衛を頼んでいるのではない。護衛してもらいたいのはわたしの妻と子どもたちだ。君が彼女との時間を優先したがっていることはヘリングに聞いている。そのうえで言っている。基本週休二日で朝から夕刻までの仕事だ。連休が欲しいときは相談に乗るし、時間外は手当てをはずもう。受けてくれるなら月にこれだけ支払う」
ブルーが手で示した額を確認したロカは体ごと振り返った。傭兵時代の階級を加味してもよすぎるほどの額だ。
「うまい話には裏があると言うが?」
「冷静だな」
「時間外の手当てをはずむと言っている時点で、時間外があるということだ。しかも手当をはずむということはそうするだけの何かがある。それに「基本」という言葉。わざわざ付けたのはこれも基本ではないことがあるからだろう」
「そこから君は何を導く?」
「病気療養中のロスロイ長はこのまま退くと噂だったな。次のロスロイ長はあんただと言われているが、セーラムによればそれを快く思わない輩がいるようだ。大方そいつらがあんただけじゃなく家族まで狙ってるんじゃないか?」
ブルーは感心した様子を見せてパチパチと手を叩いた。
「読みがいい。君が金と待遇につられる人物ではなくて安心した。ますます護衛にほしくなったよ」
やはり大都のタヌキの仲間だ。人を試すなんてことは日常からやっているのだろう。
キツネめ、とロカは内心毒づいた。
「よく言う。あからさまな好条件と賃金は俺におかしいと気付かせるつもりだったからだ。そのあと俺を持ち上げて気を良くさせ、改めて護衛の話を持ち掛けて様子を見る。そこで俺が話を受ければラッキー……ぐらいは思っているだろう。乗ってやるほどお人よしじゃない」
親しげな様子だったブルーの顔が変化して表情が消えた。
「聞いていた通り生意気だな」
「どうも」
どうせ大都長からの推薦状とやらに、「生意気・横柄・態度悪し」とでも書いてあったのだろう。
ブルーは頬杖をやめて考えるように俯いた。曲線を描くランプシェードの模様が彼の上衣に映り、炎に合わせて揺れる。
テーブルの上で手のひらを組んだブルーは、人差し指を何度も振ってからやっと顔を上げた。
「わたしは戦後、ロスロイをここまで活気ある町にしたロスロイ長を尊敬している。あの人の意志を継いでこの町の住人が豊かに過ごせるように尽力したい。だが私欲に走る者たちは自分たちだけが満たされることだけを考えている。お体を壊されたロスロイ長には、もはや彼らを押さえておけるだけの力はないのだ。彼らはこれを機にロスロイ長の賛同者を排除して、町を牛耳ろうとしている。その手始めがわたしだ」
「やっと隠さず話す気になったか」
「君は真実を話さないと耳を貸してくれないようだからな」
「手始めって何をされたんだ?」
「わたしの身辺を調査して醜聞を暴こうとしたが、何も出なかったらしい。次にわかりやすく金と女を使ってきた。ないなら作ろうという腹だよ。無視したら今度は周りでよく事故が起きるようになった。わたしの悪運が強いのと、護衛のおかげで大した怪我も負わずに済んでいるがな」
護衛。インヴィとセーラム……ではないな。
「護衛ってのはさっきあんたの後ろにくっついてたアウトロー風の男か」
ロカが言うとブルーはおやとばかりに眉をあげた。
「彼のすごさがわかるのか。さすが。公人であるわたしには彼のような護衛がつくからいいが、妻と子どもたちにはいない。もし手を出されたら危険だ。そのために腕のいい護衛を探していた。でもなかなか適任な人物がいなくて、最近じゃ新しくロスロイの住人になる者もチェックしていたんだ」
役人が金階級に反応したり、インヴィとセーラムの強引な足止めがあったあれか。
思い当ってロカは溜息交じりに腕を組んだ。
「どういう伝え方をしているんだ。階級を言ったら待てと言われるなんて、町で暮らすのに制限でもかけられるのかと思った。しかもいきなり手合わせを仕掛けてこられるし」
「そこが気になっていた。あの二人がそんな強引なことをするはずがない。君が何か言ったかしたんじゃないか?」
「用も済んだし帰ろうとしただけだ」
しれっと言い切るロカにブルーはふうんと無言になった。そしてロカを挟んで壁際に立つニアンへ話しかける。
「お嬢さん、今のところをもう少し詳しく」
「え?」
「ただ帰ろうとしたとロカは言うが本当に?」
「え……えぇー……――役人の方が熱心にロカを引き留めていました」
ブルーの笑顔なのに笑っていない目を向けられたニアンが恐怖に慄いてそう言った。直後、ロカにごめんなさいというような顔を向けてくる。
「なるほど。それを無理やり振り切ったのか」
ちろ、とブルーに「嘘つきめ」というような眼差しを返され、ロカはすかさず言った。
「ニアンが泥だらけになったのはあいつらのせいだ」