話は断ったはず
「なんでよっ、あんなに強いのに!何が不満!?あ、お給金?たしかに拘束時間や危険度からしたら安いかもだけど、遣り甲斐は十二分にあるわ。ていうか、どうやったらそんなに強くなるの?特殊な訓練方法とか?あなたの場合眼力で相手を殺せそうだし、その凄みをどうやったら手に入れられるの!?」
いきなりセーラムが詰め寄ってきたためロカは彼女を押し返した。
近い。そしてうるさい。
ロカはセーラムを無視して、少し離れたところで壁に背を預けるヘリングを見やった。
「もういいか?俺とニアンは帰る」
「あ、ロカが帰るなら俺もついてくわ」
ポロが声をあげ、腰掛け代わりりにしていた荷物を背負う。するとセーラムは今度はポロの前に進み出た。
「ちょっと待って。あなたのお名前は?」
「へ?」
「わたしはセーラム・ウェスト。副ロスロイ長の護衛官よ」
「俺はポロ・ヌプ。鍛冶師だけど」
セーラムがポロの手を握ってうっとりとした眼差しを彼に向けた。
「ああ、だからこんなにごつごつした男らしい手の平をしてるのね。腕も逞しいわ」
「お、おう、どうも」
ポロの腰が引けている。ロカは彼はたじろぐのを初めて見た。
そのくらいセーラムの勢いはすさまじく、鬼気迫るものがあった。
「ポロ、単刀直入に言うわ。わたしとつきあって」
「はぁ?初対面だろぉが」
「ロカとインヴィの二人を叱るさっきのあなた、素敵だった。見た目と違ってしっかりしててギャップに萌えたわ。わたし、あなたのような男に弱いの」
「俺は見たまんまのエロイ女が好きなんだ」
「エロ?色っぽさね。頑張るわ」
「いや、だからタイプじゃないって言ってんだ」
「正直なところもいいわ。ほんと好き」
「悪い、諦めて」
「試してみるくらいいいじゃない」
「無理――ロカ、見てないで助けてくれよ」
断っても諦め悪く、しつこく食い下がられる面倒がやっとわかったか。
ふい、とそっぽを向いたロカはニアンの背を押した。
「帰ろう」
「いいんですか?」
いいんだと、ポロを見捨てるロカを彼が追いかけてきた。
「待て、ロカ。置いていくな」
ポロの声を聴きながら部屋の扉を引き開けるロカは、廊下に人がいたことで立ち止まった。後ろについてきていたニアンが背中にぶつかって、さらにその後ろのポロも「わ」と声を上げる。
扉横の壁に腕組みをして身を預ける男がいた。
身形は良く濃い茶色の髪を櫛で梳かしきれいにセットにしてあり、中肉中背であるのにまとう雰囲気から大きく見える。年齢は40前後といったところだ。
彼の側に男が控えていた。そちらは梳かしてもいない髪に顎鬚をはやした、目つきの悪いアウトロー風な男だ。ロカを一瞥したあとはニアンやポロを見ることもせず視線を逸らしてしまった。
こちらはヘリングと同じ30代前半かもしかするともう少し若いかもしれない。男の護衛だろうことが窺い知れた。
「初めまして、ロカ・エルカミーノ君」
男は腕組をといたロカに向き直った。
右手を差し出される。
「副町長のブルー・リッジだ。ちょっとお茶でもいかがかな?」
相手の正体を知った瞬間、ロカは室内にいるヘリングを振り返った。
医師の机上から部屋の鍵を取っていた彼にも廊下の声が聞こえていたらしい。ロカの視線を受けて悪いというように片手をあげる。
「さっき伝言を頼んだ」
ロスロイ庁の警備人にヘリングが話しかけていたのをロカは思い出した。
(あれか)
ヘリングを睨んでロカはブルーに向き直った。タヌキの仲間なら同じくらいの年齢かと思っていたが、ブルーは大都長と比べて随分と若い。
「護衛の話は断ったはずだ」
手を差し伸べていたブルーはわきわきと何度か閉じたり開いたりすると、苦笑を浮かべて手をひっこめた。ロカのほうが背が高いため彼はこちらを見上げてくる。
「聞いた。それにここでの話も聞こえた。こっちは途中からだったが。それらを聞いたうえで君と話がしたいと言っている。受けてはもらえないか?」
ここまで言われて去るのは難しい。ロカがちらとニアンを気にすると、ブルーは彼の視線を追うように背後を覗き込んだ。
「彼女も一緒でいい」
そう言ってニアンに笑顔を向ける。
「どうぞ、お嬢さんもおいで」
「わ、わたしは泥だらけですし――」
「では行こうか」
ニアンの話を遮って、ブルーが歩き出すのを護衛官が付き従う。
仕方なしにロカも歩き出すと、ニアンが困った様子を見せながらもついてきた。背後で「待っててやるよ」とポロの声がした。
廊下の窓から見える景色は薄暗い。とっくに日が沈み星が瞬き始めていた。