同じ思いを抱えて
「ジャンの恋人は絶世の美人だったんだろ。ニアンは可愛い系……つっても誰もが振り返るほどじゃない。トロくさいし臆病であんたに虚勢張って見せても子犬が吠えてる程度でしかないし、もうさ、残念でしかないだろ。俺からすりゃ、どうしてこれ?って思うような女なのにロカは惚れてるわけよ。そういう趣味の男が正統派な美人になびくと思うか?」
ポロの話にインヴィはまじまじとニアンを見ていたが、しばらくあってはっと我に返った。
「話をすり替えようとしても無駄だ。理由はどうあれその男が二人を殺したという事実は変わらない」
「理由はどうあれ?へえ、兄さん、ロカの横恋慕説撤回するわけだ。それってつまりニアンのこと残念な女って認めたってこと?ひっどいな、ニアンが可哀そう」
「おまえっ、さっきからふざけた話ばかり」
「いや、真面目もマジメ、大真面目っすよ。兄さん、あんたわかってる?――兄さんの言ってることは、この国の人間全員よりたった二人を生かせって言ってるってことにさ」
わかってる?の後に数秒ためて変化したポロの口調に、そこにいた全員が彼を見た。
「俺は傭兵の仕事がどんなもんかは知らないけど、ロカのことはどんな男か知ってる。仕事に対しての嘘やズルにおっかねえくらい怒る奴が、自分の仕事でいい加減なことするはずがないんだよ。だから俺は、ロカが兄さんに話したことは全部本当だって信じられる。あんたも今だけでいいから信じてみてくれねぇかな。そのうえで考えてみてくれ。もし兄さんがロカと同じ状況だったとして、あんたならどうすんの?」
インヴィから表情が消えた。
むき出しだった怒りが失せて、ポロの問いに言葉をなくしている。
「可愛がってた弟分の恋人だし女を見逃す?じゃあ今後情報を売らないようにその女見張るっての?四六時中?それとも心を入れ替えてくれることを願うとか?」
「…………」
黙り込むインヴィの表情がどんどん険しいものへ変わっていく。
「砦に入った侵入者のせいで怪我した兵士がいたかもしれない。もしかして死んだ奴だって。あんた、それでも見逃せるわけ?」
「もういい、ポロ」
ロカが止めるのにかぶさってポロが声を張り上げた。
「あんたさぁ、もうわかってんじゃないの?それでもまだロカを憎んで恨み言を言い連ねるなら、俺が黙っちゃいないけど」
「ポロ!」
強めに名を呼んだロカに、ポロが不機嫌な顔を向けてきた。
「ロカ、おまえもさ、なに言いたい放題言わせてんの?言い訳しませんって格好つけてんの?こんなビビリのニアンがおまえのために怒ってんだろ。俺も腹が立ってんよ。おまえが友達殺して平気なわけないって、そんな冷てぇやつじゃないって思ってるからな。おまえにとって話したくない過去かもしんねぇけどいまは違うだろ。こいつにはおまえが感じた辛さや苦しみ、後悔をみんな話さなきゃなんねぇんだよ」
インヴィを指さしたポロの声が大きくなっていく。
「通じなくても言えっ。わかってもらえなくても、過去が変えられなくても、ジャンっていう大事な奴を失ったってとこは、おまえもこいつも一緒なんだよ!そこだけは二人、同じ思いを抱えてんだろうが!!」
ポロの言葉にロカはインヴィを窺った。彼もこちらを見たらしく視線が合う。
(同じ思いを?)
いやきっと違うのだ。
「俺は早く忘れようとした」
自分の声が遠く感じられた。
「そして今日まで忘れていた。そいつと同じじゃない。俺はジャンの顔も声もとっくに思い出せない」
なのにどうして、あの夜のジャンだけは覚えているのか。
流れる血の色が鮮やかに蘇るのか。
一度目を閉じたロカはベッドの上のインヴィを見た。
「インヴィ、俺を憎んだままでいい。でも敵討ちで殺される気はない」
「殺る気だったならもっと前に襲っている。いつまでも傭兵をしているおまえが、どこぞでのたれ死ぬことを期待していたのにな。なのにまさか、副ロスロイ長の護衛に推薦されてくるなんて……。俺とセーラムじゃ歯が立たなかったし、当然なのかもしれんが」
インヴィの顔が苦く歪んだ。その瞳からは先ほどまでの忿怒は消えているように思えた。
「ちょっとインヴィ、この人が誰なのかわかってたならどうして言わないのよ。ヘリングさんの言ってた大都長推薦の彼だってわかってたら、最初から手なんて出さなかったのに」
「実力を知りたかった」
セーラムが話に割って入ったことで張りつめていた室内の空気が変わった。
同僚に答えるインヴィの様子は落ち着いている。
ニアンがやっと安心したように振りかえった。その目がロカの手を見た。いつの間にか爪が食い込むほど強く握りしめていたようで指を優しく開かれる。
ニアンの存在に張り詰めていたロカの心がほどけていく。彼はベッドにいるインヴィとセーラムを見た。
「俺は副ロスロイ長の護衛官はやらない。断るようヘリングに頼んだ」
「「え!?」」
インヴィとセーラムの声が重なった。