激高
全員の視線を受けながらロカは無言を貫く。
「ジャンを殺したのはおまえだ!いや、ジャンだけでなくあいつの恋人もおまえは手にかけた。見ていた奴がいたんだ、何人もっ!その日は隣国からの侵入者があり砦を騒がせていた。なのにおまえは侵入者に目もくれず、ジャンの恋人を執拗に追っていたそうじゃないか。ジャンはおまえから恋人を守って倒れた。それでもおまえは止まらず逃げる彼女を追って、泣いて助けを請うのも取り合わず無情にも切り捨てたっ。違うか!?」
インヴィが激しく責めたてるほどにロカの心は冷えていくようだった。
ジャンと出会ったのはロカがまだ銀階級だったころだ。十代最後か二十歳になったばかりだったと思う。
ジャンは年上だったが少年のようなところがあって、なのに兄貴風を吹かせたがる憎めない男だった。
やっとロカは口を開く。
「傭兵の仕事は敵の殲滅。あんたも元傭兵なら知っているだろう」
「ジャンは敵ではない」
「俺が追っていたのもジャンじゃない。あいつの恋人だ。敵と通じていた」
インヴィの双眸が見開かれた。しかしすぐに訝るような顔に変わる。
「俺がそれを信じるに足る根拠は?」
「なにもない。俺は俺の持っている情報をあんたに話しているだけだ。――あの女は金で国の情報を売っていた。あの夜、侵入者を手引きしたのも彼女だ。砦の兵士に近づくより、怪しまれない飯炊き人のジャンに目を付けたんだろう。俺が疑っていたようにジャンもうすうす女の正体に気づいていた。だが、それでも信じたかったんだ、彼女を」
だからジャンは振り下ろす剣の前に飛び出してきた。
死に際のジャンの顔が脳裏に蘇ってロカは両手を拳に握った。
「俺は仕事を全うしただけだ」
最期に逃げろと女へ呟いてジャンは事切れた。
「そのためにジャンを殺したのか」
「そのせいでジャンは死んだ」
言い直した瞬間、激高したインヴィが怒鳴った。
「きさまっ!ジャンと友人だったのではないのか!?少なくともジャンはおまえのことを友達だと思っていた。生意気な弟ができたみたいだと書いてあった。それをおまえがっ……!!――おまえには人の心がない。俺はおまえを知る傭兵から聞いた。徹底した個人主義者で他の傭兵と協力することもなかったそうじゃないか。信じるのは己の強さのみ。敵は道を阻む障害物でしかない。その姿はさながら機械仕掛けの殺戮人形のようだったとな」
「違いますっ!」
ロカの隣で大声を出したニアンが一歩前に進み出た。
フーフーと呼吸音がするのは彼女が感情的になっているからだ。
「ロカは優しい人です。ちゃんと心があります。ジャンさんのことはきっとなにか理由が――」
「理由!?どんなっ!」
ぎらつく刃物のような目と激しい怒りを孕んだ声にニアンは一瞬で気圧さた。
爆発した感情を糧に初対面の人間に対しても強気でいられたはずが、簡単に闘争心はへし折られ半歩後退る。
それでもニアンは勇気を振り絞ったらしく、先ほどより格段小さくなった声で返答した。
「理由はわかりません。でもロカは後悔してるから……」
「後悔だと?一言でも懺悔の言葉を吐いたか?」
「言っていません……だけどっ――」
「ニアン、いいんだ」
ロカがニアンを止めた。同時に緊張感のない声があがった。
「あー……ちょっと尋ねたいんだけども」
ポロが挙手している。
「ベッドの兄さんはロカと初対面?」
質問にインヴィはまた邪魔が入ったとばかりに顔を顰めつつも答えた。
「直接は今日が初めてだ。だが仲間のもとを訪ねてこの町に来ていると知って、遠目に見たことはある」
「ふーん、ライの親父さんちかなそれ。で、そんときのロカを見てどうだった?」
「顔を確認しただけですぐに去った。でないと憎くて殺したくなる」
「弟分を殺されたんだし恨むのは当然だわ。でももし兄さんがそのジャンってやつの敵討ちでロカを殺そうとしたら俺がロカを守る」
「こんな男のどこに守る価値がある」
吐き捨てるインヴィの眉間に深い皺が刻まれる。
「どこってそりゃ、俺はロカに助けられたからな。説明は省くけど今の俺があるのはこいつのおかげだ。そーいうわけで俺はロカが大好きなんだよ。そんで大好きな奴が殺されそうになってたら、身代わりにでもなんでもなって守ってやりてーって思うじゃん」
「わたしもロカに助けてもらいました!それにロカのことが大好きです。だからあなたがロカを襲うというならわたしが盾になって守ります。か、かかってきなさいっ」
ニアンが両手を広げてロカの前に立つのを見て、ポロが「おお、言うねぇ」と笑う。そして再びインヴィへ顔を向けた。
「そのジャンって奴も惚れてたから女を守ったんだろ。国の情報を売るような女でもさ」
「その話が作り話じゃないとどうして言い切れる。ジャンの恋人にそいつが横恋慕して手に入らないから――」
「殺したって?それはないだろ?だってロカの好みってコレだぞ」
ポロが親指でニアンを指した。まだ両手を広げて精いっぱいの強がりを見せていたニアンが、全員の視線を浴びて「ん?」と我に返ったような顔をした。