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Dog tag  作者: 七緒湖李
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二人組

「ニアン、とっとと帰るぞ」

「え?でも呼んでいます」

「いいんだ。嫌な予感しかしない」

 町住届の部署は建物の一階にあったため、エントランスを抜ければ外だ。このまま振り返らずに逃げよう。

 ロカがさらに歩みを速めたところで出口を塞ぐように人が立ちはだかった。男女二人で明らかにロスロイ庁の警備人ではない雰囲気を纏っている。

 黒の上着とズボンは制服だろうか。ロカは二人の前で立ち止まった。

「そこを通りたい」

「こちらは用がある」

 男が口を開いた。横や後ろは刈り上げ頭部を長く残した髪をきっちりと整えた、融通の利かなそうな男だ。

「書類の不備はなかった。呼び止められる理由がない」

 やたらと男が睨みつけてくるのでロカも喧嘩腰になってしまう。男が口を開くのを制して今度は女が歩み出た。

 髪を耳のあたりで切りそろえ、すらりと伸びた手足が長い。きつい印象を受けるのに紅い唇が妙に色を誘う女だった。

「書類はどうでもいいの。それよりあなた、金階級ゴールドランクの傭兵なんでしょ?あたしたちが興味あるのはそっち。実はいま腕のいい――」

「断る」

 ロカはニアンの手を引いて二人の脇を通り過ぎた。

 そのまま建物の外に出る。

「ちょっと、まだ何も話していないじゃない」

 二人が追いかけてくるのが分かったがロカは無視を決め込んだ。と、背後から殺気のようなものを感じた。

 とっさにニアンを引き寄せると、男の手がちょうど空をかくとろこだった。

 ニアンを盾に言うことを聞かせる気だったのか。

 ロカは素早くニアンを背後に押しやる。

「こいつに手を出すな」

 ロカが低く唸る。

「あら、違うわ。あなたの腕を見るのに邪魔だから離れていてもらうだけ」

 後ろで女の声がした。振り返るといつの間に背後に回ったのか、女にニアンが突き飛ばされた。そのままニアンはバランスを崩したらしい。

 数歩、よろよろしていたと思ったら、

「っ」 

 ズザザと派手に尻もちをついた。

「え?ちょ……なに?今ので転ぶ?」

「ニアン」

 ロカが駆け寄ると、尻を打って呻いていたニアンが顔を上げた。

「大丈夫です。あ、泥だらけ」

 時雨れたせいで濡れていた地面の泥が両手にべったりとついていて、ニアンは汚れをはたいたが泥が広がっただけだった。

「セーラムやりすぎだ」

「え?ちょっと押しただけよ。この子が鈍いんでしょ」 

 女が悪びれもせず言うのを聞いた仲間の男がはぁと溜息を吐いた。

 ロカは無言のままゆらりと立ち上がる。

 そんなロカの様子に気づいていないのか、近づいた相手の男がニアンに向かって手を伸ばした。

「すまない。手洗い場へ案内す――っ!?……うブっ」

 ロカは男の手首を掴むと後ろ手に捻り上げて、体重を乗せて相手の体を地面に押し倒す。早業に男は防御もできなかったのか、地に顔を打ち付けて呻き声をあげた。

 ロカは男の背中から身を起こし、今度は女に向き直った。ざ、と足を踏み出したとたん、女がギクと顔を強張らせて一歩後ずさりした。

 構わず歩みを進めると同じだけ女が後ろに逃げる。

「な、なにいきなりマジになってるの?あなたの腕を見たいとは言ったけれど、本気でやりあう気はな――っひ!」

 大股になったロカの一歩が小幅の女の後退より広かった。

 ロカが女を掴むより早く、意を決したように拳が繰り出される。それを難なく外側に弾くと、そのまま伸ばされた腕を引き寄せて反対の手で顎を押した。

 女が仰向けにひっくり返る。背中を地面にぶつけた衝撃で、ぐ、と妙な声を上げた。

 受け身をとれなかったせいで息が詰まったのか、咳き込んだまま起き上がれずにいる。ロカが女に追撃を加えようとした瞬間、背後から抱きかかえるようにして羽交い絞めにされた。

 男のほうが動けるようになったらしい。気づいたロカは煩わしさから男の足を思い切り踏みつけた。

 痛みにひるんだ男の手が緩んだのを逃さず、両腕を左右に開くと相手の拘束が簡単にほどける。そのままロカは体を半回転させて男の顔面に一撃をくらわせた。

「ぅっ!」

 打撃に男がよろめいているところで肩をつかみ、腹に強烈な膝蹴りを加える。ドゥと男が地面に転がった。

 ロカは再び女へ眼差しを向けた。

「っ!!……ま、待ってあなたが強いのはよくわかっ……わかったからっ」

 地の上で腰が抜けたようにもがきながら、ヒステリックに叫ぶ女を睨みつけたままロカは近づく。

「ねぇ話し合いましょう。わたしたちはただあなたに護衛官になる気はないかって――……あなたぐらい強かったらすぐに隊長になれ……なれる」

 女の前に屈んだロカが手を伸ばした。指先が女に触れる寸前。

「ロカ、駄目ですっ」

 ニアンの静止にピクと手が止まった。その腕にニアンがしがみついてくる。

「この方たちは敵じゃありません」

「だがこいつはおまえを突き飛ばしておきながら――」

「わたしは平気です。軽く肩を押されただけです。びっくりして転んでしまったけれど、ほんとに大丈夫ですから」

 ロカを止めるニアンは必死だった。腕をつかむ手が震えている。

 ああ、怖がらせてしまったのか。

 周りにはいつのまにか人垣ができていた。ロスロイ庁の真ん前で騒ぎを起こしたのだ。警備人が来てしまう。

 早くこの場を離れようと立ち上がって、ロカはニアンに手を伸ばす。

 握られた手をひっぱりあげたところで、

「ロカ?うぉぉい、ロカじゃないか!それにニアンも。ヘリング兄さん、ロカとニアンがいる」

 大きな声に人垣が割れた。

 現れたのはヘリングとポロだった。





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