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Dog tag  作者: 七緒湖李
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もどかしい

 最近、ニアンには困っていることがある。

「ロカ、もうダメです……っ……駄目」

 壁際に追い込まれていたニアンはロカを強く押し返した。

 はぁ、と息を吐いたロカが濡れた唇を舐める。彼の熱を孕んだ表情にニアンはドキドキと胸が高鳴っていくのを感じた。

 ロカが傭兵時代にためた金で買った家を、ロカや彼の元傭兵仲間、それにライの家族と訪れるようになってもう七日。幽霊屋敷と噂されていると知って最初は怖かったけれど、家の修繕を手伝うため毎日通ううちに慣れた。

 窓を開け放ち埃を払い部屋を掃除するのはニアンたち女で、男たちはルスティ指揮のもと屋根や外壁などの、もろくなったり崩れているところを直していく。

 貴族が住んでいたというがニアンが住んでいた伯爵家の屋敷よりはるかに小さかった。ただし造りはしっかりとしていて、そこは元の持ち主が貴族であったことを物語っている。

 そして家には家具の一部が残ったままだった。もう使うこともないからと家と一緒に家具もつけてくれたが、例えば燭台は真鍮がくすんでいるし、それを置いた三本足の木の台はガタついている。

 ほかに端が欠けてくもった壁の鏡、引き出しの壊れたキャビネット、飾りがとれた蜘蛛の巣だらけのシャンデリア等々。残っているものはすべてどこか壊れたり割れたりしているので、捨てていったのだと思われた。ルスティはそれらを全部直してくれるというし、さらに洗濯部屋を浴室に変えてくれるという。彼の器用さはもはや職人技だといえよう。 

 なんでも屋の店員や情報屋よりよほど向いていると思うのに彼曰く、何かを作るのは趣味らしい。

 初日からニアンはせっせと家の掃除をして回り、今日も手伝いに来てくれたカーナと仲良くくりやをきれいにしていた。錆びた鍋を見つけて磨けば使えるかしらと笑って朝から働いた。

 ライとルスティも屋敷にかかりきりだから、「未知なる出会い」店を一人きりもりするのはレリアだ。そんな彼女も昼にはいつも昼食を差し入れてくれる。

 レリアとカーナが母娘で昼食の準備をしている間、ニアンが男たちを呼びに行ったのが正午を少し過ぎたころ。敷地を囲む煉瓦の崩れた個所を直していたらしい男らが家に入っていく。

 その最後尾をロカと歩いていたニアンは彼の頬が汚れていることに気づいた。あまり隙を見せないロカにしては珍しいことで、呼び止めて手拭き綿布で汚れをぬぐいながら笑ってしまったニアンだ。

「泥のついた手で触ってしまったんですね。はい、とれました。ふふ、ロカもうっかりしてしまうことがあるんですね。あ、ご飯の前にちゃんと手を洗ってくだ――」

 さい、と続く言葉がロカの口で遮られた。ヌルとした感触に舌が口腔へ入ってきたとわかる。

 後ろに逃げようとしたがすぐに壁にぶつかって、ロカの手に体を引き寄せられた。

「ロカ……また……っん」

 胸を押して顔を捩ったのに顎をつかまれ強引にキスが繰り返される。

 ニアンが困っているのはコレだった。

 ロスロイに戻ってからロカはキス魔になった。

 キスをしてくるのはこんなふうに話をしているときに突然なのだ。ロカがキス魔になるきっかけがわからず、そのたびに翻弄されてニアンの貞操は風前の灯火だ。

 口蓋を舐められたニアンはゾクゾクと背中に悪寒のようなものが走って身を竦ませた。

 ロカと最後までしてはいないが、達するのがどういう状態かは知っている。そのせいか快楽を享受するほど理性が消え、体は帯びる熱に脆く震えた。

「やめ……ロカ……」

 口づけの角度が変わり一度唇が離れた合間に声が出た。それが自分でも驚くほど甘えていて、発する言葉とは裏腹にけして抗っているようには聞こえなかった。

 そう気づいたニアンは消えかけた理性をかき集め、そしてなんとかロカを押しのけたのだが――。

 ロカが指で自身の唇を拭う。ただそれだけの仕草にニアンは腰砕けになりそうだった。

 子どものころ彼は細かったらしいが、大人になって筋肉がついたのだろう。傭兵として生きていたことから同じ年齢の男性より鍛えているのもあって、立ち姿は自然体であっても様になっている。

 顔だって恋人という欲目を省いても格好いい。普段、表情がほとんど変わらないのと彼の持つ雰囲気が鋭くて、近寄りがたさはあるけれど、それすらもロカの魅力だと思う。

 なにより恋人になってから笑顔を見せてくれることが増えたし、今まで以上に優しくされては、恋心が募る一方でニアンはもうロカにメロメロだ。

(もっと……キス――)

 思ってニアンは我に返り、ぶるぶると首を振った。 

 彼に魅了され、もう好きにしてと何度言いそうになっただろう。だけどロカはニアンが逃げると迫るのをやめてしまう。

 それは今日も。

「手を洗ってくる。ニアンは先に食堂へ行っててくれ」

 背を向けて行ってしまうロカを見送り、ニアンはさっきまで口づけを交わしていた唇を撫でた。

 指先に濡れた感触があって、キスの濃厚さを思い出したせいで頬が熱くなった。

「なんでこんな……」

 中途半端に煽ってくるの?

 もっと触れてほしい。

 唇に触れた手を握り締めてニアンは俯く。次は恥ずかしがっても泣いても強引に奪ってと言ったのを、ロカだって覚えているはずだ。

 なのにキスしてくるときは、いつ誰かが来るとも限らないときばかりだった。だからきっとロカは態とやっている。

 こちらが我慢できなくなって抱いてというのを待っているのか。

 そしてそれは成功しつつある。ロカにキスをされると体が疼く。

 壁にもたれたニアンは熱い吐息を漏らした。

「意地悪です、ロカ」

 強引にでも欲しがってくれたらとっくに彼のものになっているのに。

 自分からいくのは恥ずかしくてできない。

 体の奥にくすぶる情欲を持て余しニアンは「バカ」と胸中で呟く。もどかしさに手にあった綿布を赤い顔に押し付けた。

 もう一度「バカ」と声に出してニアンはその場を後にした。






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