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Dog tag  作者: 七緒湖李
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探って覚えていこう

 扉の向こうからライの大きな声がする。

「寝てないのはわかってるぞー。開ーけーろー」

 酔っ払い特有の陽気な声だ。扉のほうを見ていたロカがベッドに組み敷いたニアンへ顔を向けると、ぐいーと胸を押しやられた。

 やめろということらしい。

「無視する」

「駄目です。ここはライさんの部屋でもあります」

「ヘリングと同室になればいい」

「でも荷物だってここに置きっぱなしですよ」

「どうせ寝るだけだ」

 ニアンに顔を寄せてキスしかけたとき、バンバンバンと扉が連打された。

「ロカ、おまえニアンに手ぇ出そうとしてるんだろう。その辺でやめておけよー。部屋の空気穴からさっきニアンの声が漏れてたぞ。そのせいで廊下に男たちが列をなしてる。出歯亀野郎どもにニアンのエロイ声をタダで聞かせて――」

 ライの言葉にベッドから飛び降りたロカは走る勢いで部屋の扉に近づいた。

 勢いよくドアを引き開けると、ばぁとおどけて見せるライが目に飛び込んでくる。

 他はヘリングが苦笑を浮かべて立っているだけだ。

「馬鹿め、簡単に騙されやがって。部屋の空気穴は岩の裂け目につながるようにしてあって、廊下に繋がってないそうだ。だからニアンの声を聞いた奴はいない。ま、扉の前で耳をすませりゃ違うだろうがな」

「ライ、あんたなぁ」

「ニアンに手ぇ出すだろうなあって思ってたら案の定だ。だろ?」

 尋ねられても答える気になれない。このやろう、との思いから睨みつけるとライはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

「真っ最中なら出てこられない。ちょーどいいところを邪魔したか?それじゃよーし、これにて撤収。ヘリング、俺らも寝るぞ~」

 ライはさっさと背を向けて隣の部屋に消えていく。代わりにヘリングがロカの前に歩み寄って荷物を差し出した。

「ニアンのだ。トゥーランから預かった。彼女はラッシと休むそうだ」

「ヘリングがいたならライを止めてくれ」

「言って聞くか?」

 傭兵時代から皆の中心で騒ぎの中心だった。そんな昔を思い出してロカは首を振る。

「おまえたちが仲直りしているか、俺も含めみんな気になっていたんだ。邪魔して悪かったな」

 ヘリングが笑いながら手をあげ隣の部屋の扉に消える。軽く吐息を漏らしたロカは扉を閉めて室内を振り返った。

 右側のベッドがこんもりと膨らんでいる。

(やっぱりか)

 何をしていたか筒抜けだったことが恥ずかしくて、布団に潜ってしまったらしい。ロカはベッドに近づいて膝をつくと頭と思われるあたりに話しかけた。

「ニアン、一緒に寝る約束だ」

「ヤです」

「もう何もしない」

「ロカはそっちのベッドで寝てください」

 布団から手が出て反対側のベッドを指してすぐに引っ込んだ。そして布団の山が動いてニアンは壁を向いてロカへは背中を向けてしまった。

 いまどうするのが正解なのか。 

 おとなしく反対のベッドに寝るのがいいのだろうか。

 ロカはまだ湯気ののぼる桶を見下ろした。体液をぬぐった綿布が湯に浸っているのでもう使えそうにない。桶をベッドから遠のけてロカは冬用の上衣を脱ぎ、靴も脱いで裸足になった。

 左側のベッドの布団をめくりニアンの横たわるベッドを振り返る。ビクと布団が揺れてニアンの頭が隠れた。どうやらこっちを見ていたようだ。

 ロカは冷えた岩の上を歩いてニアンのベッドに近づいた。そのままニアンを掛布団ごと抱き上げ振り返る。

「え?ロカ、やだ!」

 わずか数歩しか離れていない向かいのベッドにニアンを横たえると、ロカは彼女の頭と足の向きを入れ替えた。

「だからロカ、ヤダって言って……」

「俺はこっちのベッドで寝る。ニアンの言うとおりにするんだ。だったらおまえも一緒に寝たいという俺の願いを聞き入れてくれてもいいだろう」

 ニアンのかぶる布団の上に捲ってあった布団を更にかけて、ロカもベッドに横になると、掛け布団を離さない彼女を布団と一緒に抱き寄せる。

「暑くても文句を言うなよ。これ以上の譲歩はしない」

「やることが横暴です!」

「俺はおまえがいちいち恥ずかしがることに飽きた」

「あ、飽き……」

 耳を疑うような声音にロカはニアンの被った布団を引き下ろした。

「でもこれがニアンなんだろう?どこまでを受け入れるか譲れるか、お互いに探って覚えていこう。こんなふうに喧嘩をしながらな。駄目か?」

 ん?と瞳を覗き込むと、少しあってニアンが両手で顔をおさえた。

 指の間からのぞく肌が赤くなっていく。

「――もう、そんなふうに言われたら頷くしかないじゃないですか」

「じゃあ仲直りだな」

 ロカがニアンの頭を撫でるとプイと逃げられた。 

「ロカ相手じゃ喧嘩になりません。どうせわたしが負けるんです。ほんと狡いですよね、ロカって。普段こんなこと絶対しなさそうなのに、不意打ちで抱きしめたり、頭を撫でたり。わたし、完全に手玉にとられていませんか?」

「手玉って」

 思わず笑ってしまったロカを見たニアンが、はわわとさらに赤くなってなぜか情けない声をあげた。

「も~なにこれ……死にそう」

「エロイことをする前に死なれちゃ困る」

「じゃあ次はしてください。わたしが恥ずかしがっても泣いてもロカが強引に奪ってください」

 ちゅ、とニアンから唇に触れるだけのキスがなされた。

「約束、ですよ?」

 照れたようにニアンが笑う。

 ロカは思わず腰を引いた。股間が熱をもっていくのがわかる。

 ニアンが布団を引き上げながらも頭を寄せてきた。柔らかな髪が顎に触れる。

「おやすみなさい、ロカ」

 返事ができない。

 部屋の明かりを消すこともできず、ロカは欲望を鎮めることに集中する。

 しばらくあってニアンから寝息が聞こえてきた。逆にロカの目は冴える一方だ。

 その夜彼は、長い間眠ることができなかった。





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