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Dog tag  作者: 七緒湖李
55/109

喧嘩

「ロカさんはニアンさんみたいな方が好みなんですか?」

「聞いてどうする」

「わたしが入り込む余地はありませんか?」

 そういう話か。

 相手にしていられない。

「ないな」

 脇をすり抜けようとしたところをラテラに抱きつかれた。

「ロカさんに助けてもらってすごく嬉しかった。素敵な人だって……一目惚れしたんです。本命がいてもいい。わたしもあなたの恋人にしてください」

 背伸びをした彼女にいきなり唇が重ねられた。

「っ!……やめろ」 

 逃げるロカの頬を押さえてラテラはまたも唇を奪ってくる。ラテラの両手首を掴んで引き離そうとしたが、どこにそんな力があるのか容易ではなかった。

「あなたならわたしくらい投げるのは簡単でしょうに……案外女に甘いのですか?だから――」

 力任せに体重をかけられてロカは背後によろける。角灯をつるした台に足をひっかけ、揺れるそれを慌てて押さえた。

 と、どすんと衝撃があって壁に背中をぶつける。ロカは眉を寄せつつ胸にしがみついたラテラを見下ろした。そこにすかさず唇が合わさって、舌先がロカの唇を舐めて離れた。

「簡単にキスされてしまうんですよ」

「気はすんだか?」

 指で唇を拭って冷たく問う。

「女にここまでさせておいてまだその態度なのですか?ニアンさんと比べていただいて構いませんから……」

 ラテラの手がロカの腹を滑り下へと移動した。

 ズボンの上から握りこまれ、手のひらが上下に動いた。

「わたしのことも可愛がってください」

 ラテラの腕が首に回され耳元に媚びた女の声がした。

「わたしの部屋に行きましょう」

 ぬる、と濡れた感触が耳に触れる。ロカは強くラテラを突き飛ばした。

「いいかげんにしろ」

 こっちにはその気もないのに迫ってこられてはうっとうしいだけだ。

 触れてくるのも不快でしかなく舐められた耳を拭うと、なぜかラテラが嬉しそうに笑った。

「焦って突き飛ばすくらい気持ちよかったんですか」

「は!?そんなわけ――」

「ロカ、何してるんですか」

 声にロカははっとした。寝台でニアンが起き上がる。

「どうしてラテラさんと抱き合ってキスしてるんですか?」

 そう言ったニアンの瞳が見る間に潤んでぼろぼろと涙が溢れだした。

「わたしが眠っている間に他のひととだなんて……うっ……ううぅ~~~」

「抱き合っていないし俺は拒んだぞ」

「気持ちよすぎてびっくりしちゃったって話してたじゃないれすか」

 酔いが醒めたように見えたが違った。

 話し方が怪しいのはニアンがまだ酔っているからだ。

(泣き上戸か?)

 酔っ払いに話が通じるのかと危ぶみながらロカは説明を試みる。

「それは俺じゃなくラテラが言ったんだ」

「ニアンさん、わたしもロカさんのことが好きになりました。いま、彼の二番目の恋人にしてもらおうと話していたところで――」

「あんたは黙っててくれ」

 これ以上話をややこしくされたたまるか。

 ロカはニアンに近づいて膝をついた。

「ニアン」

「……嫌です」

 ふいと顔を背けられた。

「ニアン話を――」

「ヤれすっ、聞きたくありません」

 布団をかぶろうとしたニアンの手をロカはつかんだ。布団をかぶって背中を向けると、彼女は頑なに話を聞かない。

 ロカはそのまま寝台から彼女を引っ張り起こすと、引きずるようにして部屋を連れ出した。靴をうまく履けていないニアンが転びそうになりながら尋ねてくる。

「ロカ、どこに――」

「ここじゃないところだ」

 背後からラテラの声がする。

「ちょっとロカさん、待って……っきゃ!」

 ロカは追いかけてきた彼女の肩をつかみ、強引に壁に押し付けた。

 苛立ちが膨れ上がってギロリと睨みつける。

「本気で鬱陶しい」

「ひっ……」

「今すぐ消えろ」

 肩を放したとたんラテラはずるずるとその場にへたり込んだ。一瞥をくれてロカはニアンの腕をつかみなおすと再び歩き出した。

「ロカ、放して……や、ロカ……痛い」

 ニアンがどれだけ放してと言ってもロカは彼女の手首を放さなかった。

 岩穴を外に向かって歩くうち、騒ぎに宴席から仲間が顔がのぞかせて、ぎょっとしたように集まってくる。

「うぉい、どうした?ニアンが泣いてるじゃないか」

 言いながらライが心配そうにニアンを覗き込む。

 質問に下手に答えるとラテラのことまで気づかれる。娘思いのリクディムにラテラを誑かしたと誤解されると面倒だ。

「俺たちは宿に戻る」

「はぁ?ていうかおまえ、機嫌悪いな。ニアンと喧嘩したのか?」

 返事もせずその場を立ち去ろうとしたとたん、ライにニアンの手首を握る腕を押さえられた。

「せめて力は緩めてやれ。痛めたらどうする」

 言われてロカはどれほど強く彼女の手を握りしめていたか気づいた。手を放すとそこにはくっきりと指の跡が残っている。

 ひっ、ひっ、と涙を拭うニアンに罪悪感が募って、ロカは今度はそっと手を握った。握り方の変化に反応してニアンが顔をあげた。

「痛むか?」

 しばらくあって首が横に動いた。

「宿でちゃんと話そう」

 また長く沈黙したあとニアンが小さくうなずく。

 トゥーランがロカに外套を投げ付け、ニアンには、

「ほら上着。外は冷えてるからね」

 と、優しく羽織らせると頭を撫でた。

「ロカがまた強引なことをしたらぶん殴ってやりな。喧嘩したってことはお互いに言い分があるんだろう。腹にため込まずきちんと話すんだよ。そうしなきゃ何も伝わらない」

「はい」

 ニアンが返事をするとトゥーランは笑って彼女の背を押した。ロカが手を引いて歩き出してもニアンはもう嫌がることはしなかった。





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