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Dog tag  作者: 七緒湖李
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ゲンロク昔話

 ラテラの父親はリクディムといい、ゲンロクの町長の弟だった。一族で隣り合って暮らしているらしく、彼の家となる岩へ行ったらラッシとトゥーランがいた。

 ちょうど町長の足の具合を見に来ていたらしい。幸い骨に異常はなく数日安静にすればきれいに治るようだ。

 町長の怪我は今日役人に捕まった男たちに負わされたらしい。

 夕刻、ロカたちを無法者と勘違いして町から追い出そうとしたように、彼らにも同じことをして反対に怪我をしてしまったということだった。

 武器はもう作っていないと世界的に知れ渡っているゲンロクだが、未だにその技に魅せられて無体なふるまいをする人間が町に現れる。

 役人だけでは歯が立たず町一丸となって無法者を何とか退けているが、皆、旅人が来るたびびくびくと怯えるようになっていったのだそうだ。

 ロカたちが訪れたときには、トゥーランはすっかり町長に気に入られていて、ラッシとともに自慢の酒をふるまわれていた。

 そこに町長の弟であるリクディムがロカたちのことを伝え、あれよという間に町長一族との宴席になっていた。町長は姪を、リクディムは娘を助けてくれた恩人とロカたちを手厚くもてなした。

 二人の妻たちが腕によりをかけて料理を作り、飯を食べたはずが酒があると不思議と腹に入っていく。そうしてどんちゃん騒ぎが繰り広げられ、あっという間に午前様になった頃。

「ロカぁ、見つけましたあ」

 さらりと喉を滑るゲンロク酒を味わっていたロカは、声とともにニアンが飛びついてきたため驚いた。

 確かラテラや町長の娘と一緒に菓子を食べていたはずだが。

「すみません、ニアンさんがこんなにお酒に弱いと思わなくて……。少しだけゲンロク酒を勧めたら酔ったみたいなんです。焼き菓子にも結構お酒をきかせていたので、もしかするとそれも関係あるのかもしれません」

「どのくらいの量を飲んだ?」

「ほんの一口二口くらいです。味見程度と思って――なのにまさか酔ってしまうなんて。本当にごめんなさい」

 ラテラがすまなそうな顔で謝ってくる。

 ニアンはロカにくっついて腕を組んでくるとにこーっと笑った。

「ゲンロク酒、飲みやしゅくておいしいれす。ロカ、一緒ににょみ……ん?飲みましょ~」

 すでに呂律が回っていない。それに瞼がトロンとして今にも寝てしまいそうだ。

 ロカは隣に座るライに声をかけた。

「ライ、ニアンが寝そうだ。先に宿に戻る」

「ん~、ああニアンなぁ。本当に酒に弱いなぁ」

 アハハと笑うライもすでに相当酔っているようだ。

「ロカさん、わたしの部屋でよければニアンさんを休ませてください」

 ラテラが言うのを聞いて彼女の父リクディムが会話に入ってきた。

「それなら兄貴んちの客室を借りればいいじゃないか。うちには弟子が住み込んでるし落ち着かないだろうよ」

「ああ、かまわんよ。すぐに案内させよう」

 赤ら顔の町長が娘を呼び寄せるのをラテラが制した。

「伯父さん、わたしが」

「そうか?じゃあおまえが案内してやれ」

 町長とリクディムは家族ぐるみで仲が良く、互いの家をよく行き来するのだろう。ラテラは迷うそぶりも見せずに明りの灯る岩の中を進んでいく。

 外から見ていた時は巨大な岩に穴をあけるのにどれほど時間がかかるかと思っていたが、岩は中に自然に穴があいているようだ。端より中央のほうが天井が高い。

「この穴はもとから?」

 ロカが上を見上げて言うとラテラがああと口を開いた。

「このあたりは大昔、鉄の原料の採掘場で大きな町があったそうです。でも天変地異が起こって、突如天を衝くほどの大岩が地面を割って現われ町は壊滅しました。生き残った者たちのほとんどは散り散りに世界へ旅立ちましたがこの地に残った者もいました。彼らは大岩を掘りまた町を作ることにしました。もともと採掘技術には優れていますから、みなで力をあわせて大岩に穴を開けていきました。するとどうでしょう。大岩の中にはたくさんの穴が開いていて、少し手を加えるだけで人が住めるだけの十分な家が作れました。大岩は途方もなく大きかったので別の場所に穴を開けると、また岩の奥には穴がありました。どうやら大岩の中には空間があるようで、人々はそれぞれに家を作ることができました。こうしてできた町ではまた鉄が作られるようになり、今ではゲンロクと呼ばれ世界でも名立たる製鉄場となりました。めでたしめでたし」

 一息に話したラテラはパチパチと拍手をするニアンに気づくとふふと笑った。

「ラテラしゃんのご先祖が頑張ったおかげれ、いまにょゲンロクがあるんれすね~」

「子どもたちに話して聞かせるゲンロクの昔話です。どこまで本当かわかりませんが、ゲンロクで生まれ育った者なら誰でも知っているお話なんですよ」

「こういうのを自然の驚異というんだろうな。しかしよく崩落しないものだ」

「真ん中のほうが高くてアーチ状になっているから力が分散されるんです。ほら、橋もアーチ状にしているでしょう」

 手で半楕円を描くラテラの説明を聞きながらロカはもう一度上を向いた。天井は人の手を加えていないらしくごつごつとした岩肌がそのままで、ラテラのいう通りアーチ状と言えそうだった。

「息ができるのはどこかに空気穴があるのか?」

「岩に開いた穴のどれかがその役割を果たしているみたいです。それに地下には水が湧きだしていて、流れていく先が地上につながっているので、風の流れが岩の中には出来上がっているんじゃないかと」

 岩ばかりで十分な土地が確保できないのに作物を育てたり、酒を造ったりできるのは水があるからなのか。

 すぐそばにオーラリーのような森があるのも豊かな地下水があったからだ。

「ロカ、上が見えましぇん……」

 考えに耽っていたロカは声にニアンを見た。

 しょぼしょぼと瞬くも瞼がくっつきかけている。体が揺れているのは酔っているせいだと思っていたが、ほとんど眠りかけていたためのようだ。

「ニアンさんを休ませてあげないといけませんね。客室はあそこですから」

「ああ。――ニアン、もう少しだから頑張って歩いてくれ」

「はいー、らいじょうぶれす」

 ゆらーと体が傾ぐのをロカは慌てて支えた。どこが大丈夫なのだ。

 肩を貸そうにも身長差から難しく、あまり広くない通路に抱き上げることも容易ではなかった。

 仕方なく肩を抱いて部屋まで引きずるようにして歩く。

 扉を開けてラテラが明りを灯すのを待ち、ロカは寝台にニアンを横たえてほっと息を吐いた。彼女はすでに眠っていた。

 寝息をたてて眠るニアンに、にへーとした締まりのない笑みが浮かんだ。

(のんきなものだな)

 鼻を摘まんでやると顔をしかめて首を振る。小さく笑って立ち上がり、宴席に戻ろうと記踵を返したところで足が止まる。ラテラが真正面にいた。





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