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Dog tag  作者: 七緒湖李
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色目

 え、とヘリングの声がした。構わずロカは傭兵の前に躍り出た。

「なんだおま……えブっ!?」

 ロカは女を引きずっていた男の顔面を、走りこんだ勢いのまま殴りつける。

 後ろによろけるのを追いかけさらに数発打ち込んで、防御に徹している男の鳩尾に思い切り膝を入れた。

「ぐっ……」

 胃の中の物を吐きうずくまる男を捨て置いて、残る二人のうち逸早く襲い掛かってきた男の拳を腕で防御した。

 ガツという音とともに鈍い痛みが腕に広がっていく。

「ってぇな」

 殴り返したところで残りの男がロカの背後から、うおおと突っ込んできた。横に飛んで逃げ、体制を整えてロカは二人に対峙する。

 二対一だ。今のうちに片を付けなければ、最初に膝蹴りを食らわせた男も立ち直って向かってくる。ロカが思ったところで男たちはナイフを取り出した。

 刃を手に飛び掛かってくる男のうち、一人の腕を取って後ろ手に捻りあげた。そのまま自身の盾にした瞬間、もう一方の男の顔が、あ、という驚きのそれへ変わる。

 どん、と衝撃があって盾にされた男からうめき声が漏れた。

「……う……痛……くねぇ?」

 ロカが地面に視線を走らせればそこにはナイフが転がっていた。

「こいつを刺さないためにナイフを捨てたのか。仲間思いだな」

 とはいえあの一瞬でナイフを捨てられるなんて並みの反射じゃやない。

 なかなかにできる連中だ。

 ロカは盾にした男もろとも二人を突き飛ばし、地面にあったナイフを蹴り上げた。

 宙をくるくると回って落ちてくるナイフをつかみとって刃を調べる。

 丁寧に磨きあげてある。切れ味は相当いいだろう。

「こんなもん出したら殺し合いになる。ここらが潮時だと思うが」

「なんだとっ!」

「やんのか、てめぇ」

「やんのかって、もうやってんだろうが」

 ロカは手にあったナイフを投げた。それはロカが最初に膝蹴りを見舞っていまだ膝をつく男の手のひらすれすれに突き刺さる。

「順番に指を落としていってやろうか?」

 ニヤとロカが笑んだとたん、男たちは戦慄したように顔を見合わせ後ずさりした。

 そんな三人の行く手にヘリングが立ちはだかる。

「逃がすわけにはいかないな」

「のけ!」

「邪魔だ」

 怒鳴りながら突っ込む男たちに向かってヘリングが拳を振り上げた。ぎゃあああと情けない声を上げる男たちから視線を切って、ロカははぁと溜息をついた。

 暴れれば少しは欲求不満を解消できるかと思ったが全くすっきりしない。

「よ、お疲れ。相変わらず邪悪な笑顔が恐ろしいことで」

 邪悪な笑顔?

 軽い調子でライが声をかけてくる側からニアンが駆け寄ってきた。

「ロカ、腕は?殴られていました。痛くありませんか?」

「ん?ああ、大丈夫だ」

 ロカの返事にニアンはほっとしたように胸をなでおろした。

「おい、あんた」

 突然大きな声がしてロカの目の前に男が立った。人質となった女の父親だった。

 薄いシャツに汗が滲んでいるのはまだ仕事をしていたからだろう。

 腕の筋肉は相当なものだ。

「娘を助けてくれて感謝する。本当に助かった。ありがとう」

 彼女を助けたかったわけじゃなく、正義感あふれるライとヘリングに巻き込まれただけだ。

「礼ならあっちに」

 町人から縄をもらって男たちを縛り上げているヘリングを指すと、ちょうどポロが町の警備人を引き連れてくるのが見えた。どうやら騒ぎが始まってすぐ呼びに行ったらしい。

「もちろん彼にも――そうだ、ぜひうちに来てくれ。礼にもならないがご馳走させてくれないか」

「いや礼はいい。それに飯ならもう食べた」

「では酒は?ゲンロク酒はワインとはまた違った味わいがある」

「酒!?」

 食いついたのはライだった。大酒飲みではないがうまい酒には目がない。

「おお、たっぷりある。祖父の代から酒蔵を初めて今は兄が後を継いでいるんだ。さ、来てくれ」

 男は弟子らしい若い男にヘリングとポロを呼びに行かせ、うきうきと乗り気なライを引き連れ歩き出した。

「ちょっと待て、ライ」

 ライを呼び止めようとしたロカは、ふいに手を握られてそちらを向いた。

 人質とされていた娘が微笑んでいた。あっさりとした顔立ちだが笑うと不思議に色気があり、男たちが連れ去ろうとしたのもうなずけた。

「わたしはラテラといいます」

 側にニアンがいるのにおかまいなしに触れてくる。そこに純粋な好意とは違った女を感じ、ロカは腕を引いてラテラの手をほどいた。

 その拒絶がわからないはずもないだろうに彼女は笑顔を深める。

「先ほどは助けていただいてありがとうございました。ぜひ我が家に。父の申した通りお酒はうちの一族の自慢なんですよ。ね、あなたも一緒に」

「わたしはお酒はあまり飲めないんです」

「あら残念。それならお菓子はどう?ゲンロク酒を混ぜた焼き菓子。おいしいのよ」

 菓子と聞いたニアンの顔がこちらを向いた。

 言葉はなくとも顔に大きく「食べたい」と書いてある。

 他の女が近づいているのに平然としているのは余裕があるから……。

(じゃなくてなにも気が付いていないな)

 秋波を送るなんて技は知らないようだし、ならば女のそれをわかりようもない。

 あからさまに媚びを売られたいわけじゃないが、少しくらいわざとらしくてもいいからニアンから甘く誘われてみたい。

(いやむしろわざとでもいい)

 思ってロカはすぐに、ないなと否定する。未遂とはいえ一度は肌を合わせたのに、ニアンからは次を求めるサインがまったくない。

 なのに「好きだ、好きだ」と言葉も態度も隠さないから始末が悪い。

「わかった」

 今日もニアンに触れることは叶わないようだ。そう思ったロカの頷く声が渋くなるのはどうしようもなかった。

 しかし声の変化に気づいたニアンの表情が曇ったため、取り繕うように口元を笑ませる。

 彼女を責めても仕方がない。勝手に欲情しているのはこちらだ。

 繋いだ手に力をこめると、ニアンの表情が照れくさそうに変化した。いまはこの顔が見れることに満足していよう。ロカは己にそう言い聞かせる。

 ニアンの手を引き歩き出した。






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