好意に仏頂面
「つうかよ、素材は悪くねぇんだしもっと肌の見せる服にして、こう、なんつーの?エロイ仕草でロカのこと喜ばせてやるとかしたらどうよ。……ん、あれ?」
ポロがさらにニアンに顔を寄せて、ふん、と匂いを嗅いだ。
あまりの近さにニアンが硬直している。
「あんた、けっこううまそうな匂いがすんな……ぉわっ!」
ロカがポロの胸倉を掴んで壁に押しやった。ダンと派手な音がして近くにあった鋏の並ぶ棚が揺れる。
「ちょー、俺まだなんもしてねぇし」
ぎり、とロカが締め上げると焦ったようにポロの声音が変化した。
「いや、これからもなんもしねえ!絶対!約束するって」
「近づくな。話しかけるな。視界に入るな」
最初言った言葉をそっくり繰り返す。
「え?そりゃ無理……うぉ、締まる、締まってるって!……だってよ、ロカはだいたいニアンの側にいるだろ。俺、おまえにも近寄れなくなるなんて嫌だぞ」
「は?」
思わずポロを締め上げる手を緩める。
「だっておまえと話してーし。そしたらニアンもくっついてるだろ?ロカが嫌なら無視すっけどニアンからすりゃ気分悪ぃんじゃね?」
毒気を抜かれてロカはポロから手を放した。
胸をさすって深呼吸したポロが顔を上げる。
「俺の作った包丁や鋏がほしいんだっけ?ここより家のほうがたくさんある。案内するし俺んちに来いよ」
そう言って返事も聞かずに、工房でまだ作業する同僚に軽く手をあげポロは外へ出ていく。飄々と歩く後ろ姿は、今しがたの揉め事はなかったかのようだ。
「やー、なんか厄介な男だなぁ。扱いやすいのに扱いにくいつうか」
ライが腕組みしつつこう言った。
「表現としてはおかしいが、確かにポロを表すにはいい言葉だな。言動の予測がつかない」
「そこが面白い。俺はけっこう好きだ」
ロカの肩を叩いてライがポロの後を追う。
ヘリングも続きながら、
「ポロはロカが本気で嫌がることはしないと思うぞ。あんまり嫌ってやるな」
と彼を好ましく思っている様子で行ってしまう。
確かに悪い男ではないが――。
素直に頷けないロカの顔をニアンがひょいと覗き込んだ。
「ポロさんはロカのことが大好きですよ。さ、行きましょう」
にっこりと笑うニアンはなんだか喜んでいるように見えた。
「嬉しそうだな」
「え?はい、嬉しいです。ロカのこと、みんな大好きなんだなぁって。それに好意を向けられてどうしていいかわからなくなっているロカが可愛いです」
「可愛い?俺が?」
「はい。ロカって人から好意を向けられると、仏頂面になるんです。きっと居心地が悪いんですね。いまもそんな顔をしていますよ?」
ウフフと笑いながらニアンが腕をつかんでくる。
「口では文句を言っていますけど、本当はロカもポロさんのことが好きなんでしょう?」
引っ張られて外に向かうロカはあんぐりと口を開けてしまった。
(誰が誰を好きだって?)
先を行くニアンが「でも」と言葉を続けた。
「わたしが一番ロカのことが大好きなんです。そこは誰にも負けないです!」
振り返ってはにかむニアンにロカはまた、う、と言葉を詰まらせた。
「……っそ…わいぃ」
いますぐ二人きりになりたい。
ムラムラする。ロカはぐしゃりと灰色の髪をかきあげた。ずっとお預けを食らったままいるせいか、欲求不満が爆発しそうだ。
ニアンに握られた手を握り返すとまっすぐに彼女の瞳を見つめた。
宿に戻って鍵をかけてしまえば誰にも邪魔されない。
「ロカ?ポロさんたちが行ってしまいます」
「落ち着ける場所へ行きたい」
「お疲れですか?旅の疲れが出たんでしょうか」
表情が曇るニアンにはロカの真意は伝わっていない。
もっと直接的な言葉を選ぶべきだった。
「違う、ニアンを――」
抱きたいという言葉は「うわああぁ」という悲鳴にかき消された。
鍛冶屋が並ぶ通りに、そのうちの一軒から人が飛び出してくる。職人らしき男たちの後から人相の悪い男が二人続き、最後に剣を構え女を人質にした男が現れた。
「なにが武器は作っていない、だ!じゃあいま俺が持ってるこの剣はなんだよ?」
男が女の首を絞めつけながら、職人たちの中心にいる年長の男へ怒鳴った。首を絞められた女が苦し気に男の手を引っぱり、少しでも力を緩めようともがいている。
「それは飾りとして作ったものだ。証拠に刀身には彫りを入れてあるし刃は潰してある。貴族や金持ちが美術品として買っていくんだ。頼むから娘を放してくれ」
「飾りとはいえおまえのとこじゃ剣を作ってんだろうが。だったら実戦用を作れ。できるまでこの女は俺たちが大事に預かっといてやるからよ」
「娘には手を出さないでくれ。あんたたちの望むものは作る、だから――」
「客を待たせるんだ。その間、俺たちを楽しませるのがこいつの役目だろ?」
ひっ、と女が恐怖に戦き涙を流す。父である職人が絶望的な顔をした。
ロカは目の前の光景にチと舌打ちした。
(ライとヘリングの目を盗んで宿に戻るつもりが)
この騒ぎに先を行っていたはずの二人は振り返っている。
騒ぎを起こしている男たちはそこらの小悪党と違い、凄み方も堂に入ったもので身のこなしも素人離れしている。おそらくは傭兵だろう。
剣は持っておらず階級タグも服に隠れて見えないが、そこそこ腕に自信があるようだ。
世界でも評価の高いゲンロク製の剣を持って箔をつけたかったのか、それとももともとの愛用者で新たに剣作りを依頼し断られたか。
なんにしても力で脅して従わせようとするなんて、まるで賊と変わりない。
(せっかくのチャンスを)
強引にでもニアンを宿に連れ込むつもりだったが叶わなくなった。
「ロカ、ニアンは俺が見ている」
ライが戻ってきてニアンを呼んだ。ロカの隣にヘリングが立つ。
「どっちがやる?」
彼らはすっかり暴挙を働く三人を取り押さえる気でいるようだ。
「いつから町の平和を守る警備人になった?ヘリング」
「いちおう公僕なんだ。おまえも近いうちそうなるだろ」
「それはあんたのタヌキ上司が勝手に言ってることだろ。俺はやると言っていない」
「そう邪険にしなくても。一度護衛対象に会ってから決めたらいいじゃないか。なによりおまえは俺と同じで普通の職には向いていない。剣を持ってできる仕事なんてそうないぞ」
ひぃと女の悲鳴が上がったせいでロカは返事を逸してしまった。
目を離していた間に話は進んでいたようだ。
傭兵たちが剣を作る期日を決めて人質の女を引きずって行くところだった。
ヘリングが動きかけたが、先に飛び出したのはロカだった。