公衆の面前
ゲンロクは鍛冶師の町で、戦争中は武器を作っていた。しかし戦争後に作られる物は武器ではなく生活に必要な物ばかりだ。
鉄の町とうたう鍛冶屋の前に並ぶのは日用品。
細かなところでは裁縫道具の針や糸切狭、他には鍍金を施し女の髪を彩る髪飾りなんてのもある。武器を作っている様子は全くなかった。
腹ごしらえを終えてポロの働く鍛冶屋を訪ねれば、ちょうど帰り支度を済ませた彼に出くわした。
ここゲンロクでは鍛冶師の工房と、商品を販売する店が抱き合わせになったいる。
たいていは職人が帰るのに合わせて、店も閉まってしまうと聞いて、トゥーランは夫であるラッシを荷物持ちに、医療器具を専門に扱っている別の鍛冶屋に飛んで行ってしまった。
町長の怪我の具合を診る約束もしているので、必要なものを購入したら二人でそちらに向かうらしい。
そんなわけでロカとともにいるのはニアンとライ、そしてヘリングだ。
「包丁に鋏に鍋ぇ?面白いくらいにロカに似合わないもんばっか欲しがるな」
「生活するうえで必要なものだ」
「いや、その生活ってのがロカに似合わないっつうかよ。ロカっていつも戦いの中に身を置いてるイメージがあるんだよ」
「傭兵は辞めた」
「はぁ?あんなけ強いのに!?なんで?もったいねぇ」
「理由はどうでもいいだろう。それより俺の言ったものがあるのかないのかどっちだ」
「えー?包丁と鋏と鍋ね。どんなのがいいんだ?大きさとかあるだろ。親方が作った包丁だとちっと高くなるけど――」
「おまえが作ったものがいい。包丁は用途別に種類があると聞いた。鍋は大中小とあれば……なんだ?」
ポロがふるふると震えていたためロカは商品棚から顔を上げた。
「ロカ、そんなに俺の腕を見込んでくれてたなんて。俺は嬉しいぞ」
どうやら感動に打ち震えていたらしい。
ポロに抱き着かれそうになったロカは素早く避ける。
「やめろ。おまえの作る物は気に入っているがおまえは嫌だ」
「なんでだ!俺はこんなにもおまえに憧れているのに」
「そういうところがうっとうしい」
「だからなんでだ。そこは男冥利に尽きるとこだろ。男が男に惚れられるんだぞ!?」
ポロの大声に彼の同僚職人が奥から顔を覗かせるだけでなく、店の外を歩いていた人まで立ち止まる。
うるさい、とロカが拳を繰り出してポロを黙らせたところで、ライが笑いながら顎をさする彼の肩へ腕を回した。
「ロカはニアンと暮らすんだ。新生活に向けていろんなものをそろえなきゃいけない。だからな、ポロ。ここは友達価格で安くしてやってくれないか」
「ニアン?」
ポロの頭から綿布は消えている。切れ長の目がヘリングへ向いた。
「いや、俺はヘリングだと名乗ったはずだが」
「あ、確か兄さんそんな名前名乗ってたっけね。ってことは――」
ポロの黒い瞳が動いてロカの隣にいるニアンへ移った。
「このオドオドした女とロカが!?え?マジで?同棲……てか結婚とかいわないよなっ!?ロカ、おまえならもっといい女がいるって。目ぇ覚ませ。こんな地味な女おまえには似合わな……っ」
ロカはポロの胸ぐらを掴んで引き寄せると、反対の手で喉を押さえた。
「ぐ……」
「黙れ」
ポロの顔が赤く染まってロカの手を引きはがそうともがいた。構わずロカは喉を握りつぶす勢いで力を込める。
「やりすぎだ、ロカ」
「落ち着け」
ライがロカの腕をつかんで喉を絞めるのを止め、ヘリングがポロを助けるように引き寄せた。ごほごほとポロが咳き込む。
「ロカ、わたしなら平気ですから――あの、ポロさん、大丈夫ですか?」
「平気?何を言っている」
言いながらロカはニアンがポロへ手を伸ばすのを押さえた。
「わたしが小心者なのは事実ですし、地味でパッとしないのも本当です」
瞬間、ロカは両手でニアンの頬を挟んだ。
パチンと音が鳴って、驚いたようなニアンがこちらを見つめてくる。
「いいかげん自虐が過ぎるぞ、ニアン。ポロは明らかにおまえを見下す発言をした。いまのは怒るところだ。短所を己で自覚しているのはいい。でも馬鹿にされて平気でいるな。ましてや頷くなっ」
ロカの怒りにニアンが怯えているのがわかった。
声を荒らげて怖がらせたと気づいて、彼は挟んだニアンの頬を撫でる。
「すまん。大きな声をだした。――ニアンはもう自由だろう?」
ロカを凝視していたニアンの双眸に涙が盛り上がった。
涙を隠すように俯く。
「……はい」
「だったら卑屈になるな」
ロカは胸に彼女を抱き寄せて、しかしすぐにはっとした。
側にライとヘリングがいることを思い出したのだ。
というかここは公衆の面前で二人きりではなかった。
慌てて肩を掴んでニアンを引き起こすと、「ロカ?」と不思議そうに見上げてくる。
そのうるうるとした涙目にロカは、う、と言葉を詰まらせた。
(うわ――)
密室にいたなら即行押し倒して、強引にでも事に及ぶところだが。
「おーい息子よ、その先は妄想の中にとどめとけ」
ライがからかい交じりに言ってくる。
「若いなーロカ」
と、ヘリングまでもが笑うのが癪に障る。
そこへふぅんというポロの声がした。
「涙浮かべて上目遣いなんて必殺技、そういうおとなしそうな子がやると威力半端ねぇのな。今のは俺もぐらっときた」
「見るな!」
「減るもんじゃないだろ」
「減る」
「はー?心狭いな。てかロカがその子に本気なのはわかった――えーと……ニアン?だっけ?確かにさっきのはあんたを馬鹿にしたような言葉だった。すまん」
ポロの謝罪にニアンは首を振った。
「い、いいえ……」
「ニアン、簡単に許すな。つけあがるだけだ。こいつには文句の一つも言ってやれ」
するとニアンは少し考えるそぶりを見せた。
「じゃああの、欠点を改めて言われるとへこむので言わないでもらえると――」
やはり気にするんじゃないか。
平気だとかよく言ったな。
ロカが無言で見つめると、視線に気付いたニアンは追及を恐れて後ろへ逃げた。
「欠点なぁ~。俺は思ったことをそのまま口にしてよく人を怒らせるんだ。やべぇって思うんだけど後に活かせなくてよ。同じこと繰り返しちまう」
そこは学習しろ。
内心つっこむロカだ。が、ポロはロカの冷たい眼差しに気づく様子もなくニアンに近づくと、身をかがめて彼女の顔を覗き込んだ。