部屋割り
「この部屋割り、おかしくないか?」
町に唯一あるという宿は岩の中にあった。そもそもゲンロクの住居は岩壁を利用してある。人が暮らせるようになるまで、いったいどれほどの時間と根気を要したのだろう。
二人部屋を三室と願うと、宿の者が並びで用意してくれた。そしていざ部屋に入るというときになって、ロカはライに首根っこを引っ張られた。
昨夜みたく男女に別れるだろうと思っていたので、ライと同室はかまわなかったが、他の四人の組み合わせがロカの予想と違った。
「どうしてニアンがラッシと同室になるんだ。そこは昨日と同じ女同士でトゥーランとだろう」
「たまには旦那以外の男の顔を見たいんだ」
こう言ったトゥーランに腕を組まれヘリングは苦笑している。
「僕も将来の娘と語らいたい。ニアン、お義父さんと呼んでいいんだよ」
「え、と……はい?」
「ちょっと待て、変態親父」
ロカが声を低くしたところでライに肩を引っ張られた。
「はい、じゃあそういうことだ。ロカは俺とこの部屋な」
扉の中へ押し込まれるのを抵抗していたら尻を蹴飛ばされた。
よろめきながら室内に入ったところで扉が閉まる。
「おい、ライ!そこをどいてくれ。どうしてニアンがラッシと――」
「アホか、本当に同じ部屋にするわけないだろ。からかわれたんだよ、ラッシとトゥーランに」
からかわれた?
ほ、と息を吐いたところでライに笑われた。
「本当おまえ、ニアンのことになると可愛くなるなぁ……うぉ!膝蹴りやめろっ。照れなくてもいいだろうが」
「照れていない。うざい親父を抹消したいだけだ」
「ウザ……今どきの若者の言葉はおじさんにぐっさりくるんだから、もちっと優しくしてくれ」
相手にせず、ロカは左右の壁にくっついたベッドの右側に腰を落ち着けた。ライが反対のベッドの側に荷袋を置く。
岩の中にある部屋なので当たり前だが壁や天井は岩肌がむき出しで窓もない。
真っ暗じゃないのは小さなランプが灯っているからだ。
それを頼りにロカが室内を照らせば大きなランプがいくつもあった。
ならばもとから火を宿したランプは火種だろう。
室内にあるだけのランプに明かりと点けると、中は思ったより大きいことが分かった。部屋の高い位置に空気穴あって空気がよどまない工夫もされている。
壁となる岩には見事な幾何学模様が細かく彫りこまれてあった。窓からの景色を楽しめないぶん彫刻で楽しませようとしているのかもしれない。
「見事なもんだな」
ライの感心したような呟きにロカも胸の内で同意していた。
天井に目を向けると壁とは違って花のような模様が彫り込まれている。
ロカはベッドに腰かけて室内を見回した。美術品に興味はないがこの部屋の彫刻は素直に素晴らしいと思えた。ニアンの部屋も同じように美しい模様が刻まれているのだろうか。
思ったところでライが話しかけてきた。
「ニアンにも見せたいって思ったか?」
「あ?」
「ニアンのことを考えていたんじゃないか?」
図星を突かれ、黙ることで返事を拒むとライが笑った。
「なんでわかったって言いたげだな。だっておまえ、ニアンの前じゃ顔つきが違うからな。あの子のことを考えてる時も同じ顔してんだよ」
「…………」
「無言で圧力かけてくんな。いいだろうが、好きな女のことを考えて幸せを感じない奴なんていない。それが普通、正常なんだよ。ていうかおまえ、ここの宿でニアンと同室期待したろ」
「していない」
かすかに頭をよぎったくらいだ。
「ふうん?でももし二人きりになれるならなりたいか?」
「なりたい」
「なったら即行で手を出すよな?」
「……出さない」
「その間は?」
「…………最後まではしない」
「正直か。おまえがそんなだから部屋はニアンと離してんだよ。ロスロイに帰ってからのお楽しみにしてろ」
「ロスロイに戻ったら俺の買った家の状態を見に行く」
「あー、はいはい。寝室の防音を考えなきゃな」
「茶化さないでくれ。俺はニアンに居場所を作ってやりたいんだ」
向かいのベッドに座るライからにやにや笑いが消えた。
「あいつは爺さんのところで自分を殺して生きていた。心の拠り所にしていた両親との時間も偽りだった。いまのニアンは昔の俺と一緒だ。俺も戦争ですべてをなくして一人放り出された。でもライに出会って家族をもらえた。また居場所ができた。俺にあんたと同じことができるかわからない。それでもニアンが安心して暮らせるように、信じられる人を増やせるように力を貸したい」
泣き顔よりニアンの笑った顔が見たいと思った。
「俺はニアンを守りたい」
口にすることで、ロカ自身はじめて自分の思いを知った。
ランプの炎がゆらゆらと揺れて陰影が変わる。ロカが見つめる先で、それはポツリと聞こえた。
「俺ももらったんだよ」
「え?」
向かいのベッドからあたたかみのある笑みが向けられた。
「おまえばかり与えてもらったみたいに言ってるが、俺だってもう一人、息子が増えるっていう幸運をもらったんだよ。きっとおまえもニアンからもらえる。「世界一惚れた女」ってのをな」
「クサい台詞だな」
「照れるな、照れるな」
からかうように言ったライは思いついたように腿を叩いた。
「そうだ、ロカ。おまえの新居に持ってく刃物、ここでそろえるってのはどうだ?」
「は?なんだ、いきなり」
「いやぁさっきのポロな、ここで鍛冶職人やってんだと。おまえに憧れてるくらいだし、頼めば安く買えるんじゃないか?」
「ゲンロクの鍛冶職人に?……そうか」
「ん?その様子じゃあいつが鍛冶師だってのは知ってたのか?そういや、ポロとはどういう知り合いなんだ」
「俺の剣を作ったのがポロだ」
「え、あの使いにくい剣をか?」
ロカの剣の仕様を知るライが言う。
片刃を普通の剣のまま、もう一方を研いで切れ味を良くしたそれは、ロカ以外の者は使いづらいようだ。
ロカとしては何度も剣を打ち合うより、急所を斬って相手を動けなくしたり、絶命させるほうが体力を温存させられる。そのため鋭い刃は必要だった。
ただ、薄い刃は脆く剣を受け止めるのには不向きであるので、もう片刃は分厚いままなのだ。状況によって剣の向きを変えるロカにライは器用だなと言うのだが、慣れればどうということはない。
なにより「突く」「ぶっ叩く」以外に「斬る」という戦い方の選択肢が増えた。
ロカがこの剣を持つようになったのは理由がある。
傭兵として生きていくことを決めてしばらく経って、ライたち仲間が引退し始めたのを機にロカは一人立ちした。それまでは仲間同士の連携でうまくいっていたのが、一人になると信じられるのは自分だけになった。
そのためより自身に合った剣を求めるようになって、いつしか自分専用の剣を作ったほうがいいのではと思うようになった。
そして自分専用の剣を作ってくれる職人を探しているときにポロと出会った。
「ポロは割と大きな鍛冶屋で職人の一人として働いていた。でもああいう男だから鍛冶師同士の中でも浮いていてな。あまりいい扱いを受けていなかった」
「あー、職人気質には見えんわな」
「だろう?俺も最初はあいつに剣作りを頼む気はなかったんだ。でも見かけとは裏腹に丁寧な仕事をするしいい物を作っていた」
「へー。あの無神経さとボケっぷりから、剣の形をした鈍を作ってるイメージだけどな」
「実際は周りも一目置くくらいだった。不当な扱いを受けるのは嫉妬もあったんだろうな。ポロはいつかゲンロクで鍛冶職人として認められたいと――その話をしたとき、めずらしく大真面目な顔をしていたから覚えている」
「へぇ。じゃ夢が叶ったのか」
鍛冶屋で雇われていたポロは職人仲間たちからは使い走りにされ、親方には安い給金でこき使われていた。
それを知ってロカが職人たちを締め上げ、ポロに独立を促したのだ。
(思えばあれが発端か)
ポロはロカの強さに憧れて弟子にしてくれと言ってきた。
別にロカは正義感から鍛冶職人たちを懲らしめたのではない。
剣を作った本人であるポロに正当な報酬を払いたかっただけだ。
「おまえが気に入ってその剣を使い続けてるくらいだ。包丁や鋏なんかもおまえ好みなんじゃないか?よっしゃ、ちょっと早いが飯を食いに出るついでにあいつんところへ行こう。場所は聞いてあるし」
「え、嫌なんだが」
本音が思わず口をついて出ていた。ポロのあのよくわからない熱意や押しの強さが心底うっとうしい。
「悪い奴じゃない。ほら、まず皆で飯に行くぞ」
ライに肩を叩かれてロカは溜息をついた。
こうなったらライはこちらの意見など聞かない。
ロカが重い腰をあげるとライは「そうこなくっちゃな」と陽気に言った。