弟子になりたい
「違うって。俺がこいつを狙ってるっつうのは、こいつの弟子になりたいからだ。べらぼうに強いだろ、ロカって。俺もこいつみたいになりたくてさ。一度でもロカを負かせば弟子にしてくれるって約束なんだよ。ただしまぐれ勝ちじゃないやつな。だよな、ロカ?」
地べたからニと笑顔を向けてこられたが、答える気も起らない。
ライがへぇとばかりに男の前に屈みこんだ。
「ロカに弟子ねぇ?兄ちゃん、名前は?」
「ポロ……ポロ・ヌプだ」
「そっか。俺はライってんだ。ライ・モンダ。ロカの昔からの仲間で育ての親だ」
右手を差し出したライの手をポロが握った。そのままライがポロを引き起こす。
他の仲間たちも順にポロの手を握って自己紹介をし始め、トゥーランの後にニアンが動くのをロカは止めた。
「名乗らなくていい」
「え、でも弟子なのでしょう?」
「違う」
ニアンとのやり取りを見て、ポロが気になったように口を開いた。
「なぁロカ、その子ってホントにおまえの何なわけ?さっきはその子を庇うし、いまだってくっついてるし」
そのとたんニアンが慌ててロカから距離をとった。
日ごろニアンは必要以上にロカに近づいてこない。
恥ずかしがっているのもあるだろうが、それより距離をつめることに勇気がいるようなのだ。
町の雰囲気に怯えたせいとはいえ、せっかくニアンからくっついてきていたというのに。
じろり、とロカはポロを睨んだ。
「おまえには関係ない。というかこいつに近づくな。話しかけるな。視界に入るな」
「え?本気でロカの彼女?」
ポロは眉を上げ、次いで腕組みしながらニアンを見下ろした。
綿布越しに見え隠れする黒い瞳が値踏みするかの如くニアンを見た。その途端、彼女は誰が見てもわかるくらいに表情を硬くした。
人見知りで初対面の人間には緊張してしまうニアンだ。
こんなふうにあからさまな視線を向けられると余計にびくついてしまうようだ。
「ふーん。えらくおどおどした女だな。まったく俺の好みじゃねぇし。なぁロカ、この女のどこがよかっ――っぶ!」
ロカの突きがポロの鼻っ柱を打っていた。
ニアンに関心を持たれるのは厄介だが、軽く見られるのも許しがたい。
「痛ぇな、いきなり何すんだ」
「黙れ」
目が合って、ポロが表情を凍り付かせたのがわかった。
まだニアンを貶めるようなことを言ったら、顔の形を変えてやったところだ。
ニアンの肩を引き寄せロカはポロに背を向けた。近くにいたヘリングに声をかける。
「あんたの馬は俺が連れていく。馬車を頼む」
「わかった。――いいのか?あいつは」
「知るか」
冷たく背を向けたロカは、後ろからポロの慌てたような声を聞いた。
「マジギレ!?なんで?俺、気に障るようなこと言った!?」
「あ~、なんとなくおまえらの関係がわかったわ」
ライの声もする。
「え?おっさん、何かわかったのか?」
「おっ……」
ゴツ、と音がしてライの低くなった声が届く。
「おっさん言うな!そうやってズケズケ物を言うからあいつを怒らせたんだろうが」
「けどおっさんじゃ――アダっ」
「俺はおまえより年上だ。そしてロカの育ての親だ。おまえ、ロカの弟子になりたいんだろ?だったらあいつの親を敬え」
「あ、そうか」
ヘリングの乗っていた馬の綱を掴んだロカは「阿呆が」と呟いた。
小声に馬が反応してピククと耳を揺らす。気づいてロカは馬の首を撫でた。
「おまえのことじゃない」
そうして傍にいたニアンを振り返る。
「行こう」
「えと、……はい」
ポロを気にする素振りを見せつつニアンが首肯した。
まだライの声は続く。
「なー、ポロよ、おまえがロカを負かせば弟子になるってそれな」
「ああ、もっと強くなって絶対負かしてやる」
「いやだから、ロカを負かせるくらいに強くなんなら、あいつの弟子になる必要もなくないか?負かせる時点で同等かそれ以上に強いわけだろ?」
「へ?」
「だってまぐれ勝ちは認めてくれないんだろ、あいつ。じゃああいつ負かすにはあいつレベルの強さがいるってことじゃないか。弟子入りして何を教わるわけよ?」
「あ、あれ?」
混乱したようなポロの声のあと、ラッシとトゥーランの声がした。
「ロカに騙されたねぇ」
「いや、こいつが馬鹿なんだよ。しかも無駄にうるさい」
「おばさん、キツイねぇ。ロカの知り合いじゃなきゃ近づきたく――ギャッ」
「誰がおばさんか!トゥーラン様と言いな、小僧。あたしが躾けてやる」
聞こえてくる会話が大きすぎて嫌でもロカの耳に入ってくる。はーとロカが溜息をついていると、ニアンからあのと声がかけられた。
「もしかしてロカはポロさんを弟子にするつもりはないんですか?」
「あるわけないだろう、あんな間抜け男」
「じゃあわたしも間抜けですね。ロカの出した弟子にする条件がその場しのぎだと気が付きませんでした」
「だから言ったろ、おまえは人に騙されそうだって」
「でも悪い人ばかりじゃないですよ。ロカのような優しい人がたくさんいます。人間大好きなんです、わたし」
いつかの会話を思い出したらしいニアンがくすくすと笑って言い返してくる。
「人間が好き、ねぇ?人見知りするのにな」
「それはそれです」
「ま、いざというときはちゃんと話ができるみたいだけどな。だからあんまり気にしなくていいんじゃないか?」
「ちゃんと話せる?」
「大都でクソ狸を前にひるまなかっただろ」
夢中でした、とニアンは言う。
「あのとき「俯くな」って言ったロカの声がよみがえったんです。気迫で負けるなって。ロカはわたしの先生です。生きる上で大切なことをたくさん教えてくれます。今日も勉強しました」
「勉強?」
この言い回しはいつものアレだ。
「はい。お友達を傷つけない優しい断り方です。冷たく拒絶するのではなく、もしかすると弟子になれるかもしれないと希望を与えているじゃないですか」
「いやあれは――」
どれだけ断っても奴がしつこかったからだ。うまくごまかしたあとはそそくさと逃げた。
きらきらと尊敬の眼差しを向けてくるニアンに説明しづらくなって、結局ロカは黙り込んだ。
「さすが金階級の元傭兵です。強さだけじゃなく賢さも必要なんですね」
人を騙すくらい平気でやってのけると思わないところが、ニアンの純粋で素直な心を表している。
ロカは苦く笑いニアンの手を握った。
思ったより力が入ったせいか、少し驚いた顔をしたニアンだったが、次いでにへらと顔を綻ばせる。
柔らかな手は温かかった。
冷え切っていたニアンをこの手のように温めることができたのだろうか。
この先も温め続けることができるだろうか。
宿のあるらしい西の岩壁を目指してロカはいつもより歩幅を狭く歩く。
二人の後ろを馬がゆっくりとついていった。