オレオレ男
男はロカたち一行の前に立つと大きく胸を反らす。すうと息を吸ったと思ったら大きな声がした。
「わしはこの町の町長だ。あんたらは何者だ?」
普通の町人ではないと思ったが町長だったらしい。
町長が観察するように全員に視線を走らせた。ロカは危害を加えられたらすぐに対処できるようにと注意深く前を見据える。
「僕たちは大都からロスロイへ帰るだけの旅人です。途中、雨雲が流れてきたので、オーラリーの森で立ち往生し野宿するよりはと、遠回りになりますがゲンロクへ立ち寄って宿を求めようとやってきました」
ラッシが進み出て町長に説明すると、視線がラッシの腰にあった剣に注がれた。
「旅人が剣を持つか?戦場に職がなくなった傭兵崩れあたりだろう」
「元傭兵というのは正しいですが僕たちはとっくに足を洗っています。剣は用心のために持っている旅人もいますよ。扱いを知っていれば、ですけれど」
ラッシの言葉に町長は無言だった。真偽を図りかねているのだろう。
その頃になるとロカたちを避けていたはずの町人たちが再び集まり、遠巻きに成り行きを見守り始めた。
女や子ども、老人たちが不安げな顔をしているのがロカは気にかかる。
(なにかあったのか?)
それは他の仲間も思い至っているようだ。ライとヘリングが目を見交わし疑問顔で肩を竦めている。
トゥーランがラッシの隣に並んだ。
「わたしはロスロイで医師をしている。以前医師仲間にここの医療器具はとても優れていると聞いて、オーラリーの森を避けてロスロイに向かうならゲンロクに寄りたいと言ったんだ。わたしたちの持つ剣があなた方を不安にさせるというのなら、町を出るまであなた方に預けよう」
そう言って腰にある細身の剣を外すと地面に置いた。それに倣うように他の仲間も剣を身から遠ざける。
ロカは荷台にあった剣を取って、御者台を降りると足元に剣を置いた。ニアンがロカを追いかけて御者台から飛び降り、町の雰囲気に戸惑った様子で側にくっついてくる。
「本当に宿を求めて来ただけなのか?」
「誓って嘘は申しません」
「あと医療器具を求めてだ。その足の怪我を診ればあたしが医師だと信じてくれるかい?」
トゥーランが言うと、町長は自分の右足首を見て溜息を吐いた。
「武器を買いに来たんじゃないならいい。わしらはもう戦の道具なんぞ作っていないからな。ったく紛らわしい形で現れおって。面倒ごとを抱えた一行が町に入ってきたのかと思ったわ」
踵を返して町長は護衛と去りかけ、思い出したように振り返った。
「宿なら町の西側だ。あんたらを完全に信用したわけではないし、剣はこちらで預からせてもらう」
町長の言葉を聞いた付き添いのうち二人の男が、ロカたちの剣を集めた。
「落ち着いたらわしの足を診に来てくれ、先生」
「承知した」
杖の音が遠ざかって町長たちの背中が町人たちにまぎれて消えた。集まっていた町人もばらばらと散っていく。
と、その中に手を振りながらロカたちに近づいてくる男があった。冬だというのに薄いシャツ一枚で、しかも袖をまくり上げている。
頭には綿布を巻きつけ、振り上げた腕は筋肉が盛り上がっていた。
「おぉ~い」
「誰だ?」
ライがまだ離れている男に首を傾げて仲間に問う。
「知らないよ」
「僕も知らないね」
「俺もだ」
ライの眼差しがロカに向いたため「知らない」と言いかけた彼は、
「うぉおーい、ロカー」
名前を呼ばれて男に目を向けた。
綿布が目の上ぎりぎいまであるため顔がよくわからない。
けれど「俺だ、俺~」という声に男の正体に思い至った。
「ニアン、俺の後ろに」
ロカはニアンの腕をつかんで背後に押しやった。そこへちょうど男が走りこんでくると、いきなり頬めがけて拳が繰り出された。
避ければニアンに拳が向かう。そう判断して腕で顔を防御する。
男の重い拳がロカの腕を打った。
「ロカ!?」
ニアンがぎょっとしたような声を上げる。
「ニアン、下がってろ」
「えー?その子庇っちゃうわけ。なに?おまえの彼女?」
ガツ、ゴッと相手の拳を受けながら、ロカは男の足元を見つめた。
「かっわいいじゃないの。でもちょぉっとおとなしそうで俺には物足りないなぁ。それとも実は大胆とか――ダっ!」
ロカが思い切り脛を蹴り上げたせいで男から悲鳴が上がった。
逃げるように後ろへ退くのを追って、ロカは体重を乗せた右拳を相手の頬にお見舞いする。
そのまま1,2,3,4と左、右と頬へ順に拳を突き出し、最後の5で顎の下から抉るように殴り飛ばした。
男が必死に足を踏ん張って背後に吹っ飛ぶのをこらえる。
何とか耐えたところで、ニヤとロカに笑って見せた。
「昔の俺と同じだと思うなよ。そんな拳じゃきかね――えッ!?」
ヒュ!
ロカが足を振り上げた。男の首に鋭い蹴りが決まってさすがに今度は倒れこんでしまう。
「うう」と男がうめき声をもらした。
「いってぇ~」
「無駄口をたたいているからだ、阿呆が」
ロカが冷たく吐き捨てると、彼は地面に大の字になってハハハと笑い出した。
「相変わらず強ぇなあ、ロカは」
「なんだ、ロカ、おまえの知り合いか?」
ライを筆頭に仲間たちが周りに集まってきた。質問に答えたくなくてロカは黙り込む。
代わりに半身を起こした男が地面に座り込んだまま答えた。
「知り合いっつうかよ、俺がこいつを狙ってんだ。……っくぅ~、効いたァ。相変わらず拳も蹴りも強烈だな」
首を押さえ、顎を撫でながらの男の台詞に、その場にいた傭兵仲間が全員あんぐりと口を開けた。
「は?ロカを狙ってる?冗談か?」
「今日までよく生きてたね、この男」
「いわゆるタフってやつなんじゃないかな?ほら、いい筋肉だよ。きっとロカの攻撃もあまり効かないんだよ」
「いや、確実にダメージを受けているだろう。生きているのはロカが手を抜いてるとしか……」
再び仲間たちの目がロカに集まった。それでも彼は頑なに返事を避ける。
するとまた男が口を開いた。