ゲンロク
ディオと彼の妻に礼と別れを言って大都を発ち、ロカ、ニアン、ライ、ラッシ、トゥーラン、ヘリングの六人はロスロイを目指した。
馬車を中心に周りを馬で囲む。ニアンを迎えに行った時の馬は大都長の持ち馬の一頭だったようで、帰りはへリングの馬に荷車を引かせた。
ロカがロスロイから乗っていった馬はライが友人の牧場主から借りた馬だった。借りた馬はあまり疲れさせないようにしようと、仲間の持ち馬に荷車を引かせることにしたのだが、その中で一番元気で若い馬がヘリングの馬だったのだ。
大都を出発して今日は二日目だ。馬で一日半の道中だが、旅慣れないニアンと荷馬車があるため足が遅くなっている。とはいえ明日にはロスロイにつく距離にまで来ていた。
休憩がてら昼食を食べて、皆で火を囲んでいたときロカは何か聞こえた気がして耳を澄ました。ニアンを除く他の四人も微妙な差はあれどほぼ同じタイミングでそれをとらえたらしく、集中して耳をそばだてている。
遠吠えだ。
皆の様子から遅れてニアンが気づいたらしい。身から離していた襷掛け鞄を引き寄せた。
「狼だな」
ライが言うとラッシが頷き空を見上げた。
「山の方から聞こえたけどこの先のオーラリーの森は迂回しよう。雲の流れが速いし雨が降ってくるかもしれない。そのせいで森の中で身動きが取れなくなって夜になったら困る。狼は夜行性だから森に入って来ないとも限らないからね」
「だなぁ。迂回路は北に行くか東北東に行くかだが――」
「なら北だ」
ライの声にトゥーランが被る。
「ちょっと遠回りになるけどゲンロクに寄ってくれないか。あそこは腕のいい鍛冶屋が多くてね。武具はこれから廃れていくってんで、包丁や鋏なんてのを作るようになってるんだよ。他とは切れ味が違うらしくてね。医療用具をつくる鍛冶屋もいるってことだし、一度試してみたいと思っていたんだ」
トゥーランが言うと誰も異論はないのかすぐに荷をまとめて出立となった。
常緑樹の多いオーラリーの森をなぞるように平坦な道が続き、やがて途中で離れて平野を進む。それから一刻ほどもすると見上げるほどの絶壁をたたえた奇峰が連なる風景に変わった。
天然の壁は入り組んでいて大群が進行することは難しい。そのおかげでゲンロクは世界戦争にさほど巻き込まれずにすんだ町だ。
豊かとはいえない土地であるが、自給自足できるだけの動植物は育つらしく、また鉄をつくる資源が採れることも手伝って、町は十分にやっていける。
ロカたち一行は雨に降られることもなく、夕刻にはゲンロクに入ることができた。
町は岩の壁に囲まれていて、緑の生える中央の広い土地は家畜や食物となる野菜や果物を育てるのに充てている。そのため岩肌をくりぬいて人が住んでいる石の町であった。
「はぁ~すげぇな、これ全部人の手で掘ったのか?」
馬の手綱を引いて歩くライが、天を衝くほどの岩を見上げて感心したように漏らした。
左手にある畑には誰もいない、と思ったら反対側の端っこから夫婦らしい男女がこちらの様子を窺っていた。
「鉄を打つ音が聞こえるね」
「ああ、あっちからだね。見学できないんだろうか」
ラッシとトゥーランが夫婦そろって鍛冶屋探しに出かけてしまいそうなのを、へリングが止めた。
「それよりまず宿だ。というか宿はあるのか?岩の中は住居のようだが」
四人が馬を降りている中、ロカはニアンと二人、馬車に乗って町を進む。仲間の会話を聞きながら彼らと同じように周りを見回した。
よそ者の来訪に町の人間たちはこちらを注視してる。その目がどこか警戒していると感じて、ロカは仲間たちに視線を送った。彼らもまた町人の様子に気付いているのか小さく頷きが返される。
一番柔和な顔をしているラッシが近くにいた男に声をかけた。
「すみません、この町に宿は――」
しかし町人はラッシを避けるようにそそくさとその場を離れていった。そのあとも何人か声をかけてみるが結果は同じだった。
そうして数分もすればロカたちの近くには町人の誰もいなくなってしまった。
「なんだこりゃ、入町手形でもいるってか?」
ライが頭を掻きながら言うとトゥーランが首を振った。
「医師仲間にここの話を聞いたときはそんなこと一言も言ってなかった。素朴で優しい人たちが住んでいると聞いたよ」
「いやぁでも僕たちは完全に警戒されているねぇ?」
「待て、人が来る」
ヘリングの声にロカは前方を見た。御者台にいるため視界が高くより遠くまで見える。
男たちに囲まれ近づいてくるのは中年の男だった。ライやラッシよりも年上のようで、かなりの縮毛らしい。まとまりのない髪をとりあえず束ねてなんとかした、というような髪型をしていた。
無精髭を生やしてはいるが身なりはきちんとしていて、堂々とした様子は威厳すらある。
杖を突いているため足が悪いのかと思ったが、ズボンから覗く足首に包帯が見えた。どうやら怪我をしているようだ。