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Dog tag  作者: 七緒湖李
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物件は幽霊屋敷

「ヘリングは大都長から預かったっていう、副ロスロイ長への書簡を持ってたぞ。それを届けに明日俺たちと一緒にロスロイヘ発つってさ」

「どこでヘリングからその話を聞いたんだ」

「え?今日、普通にここに来てたぞ。ディオとラッシに「仕事でロスロイに行くことになった」とかなんとか話をしてたときに、俺が金を取りに戻って――あ!そうだ、家だ、家!おまえの仕事のことは明日ヘリングに聞け。それより聞いて驚くがいい!」

 それよりじゃない。

 ロカにとっては仕事も家も大事な話だ。

(というかヘリングの奴、わざと俺に会わないで帰ったな)

 ロカは今日の昼間、宝石店へ出向いていたし、その間ニアンはトゥーランと買い物をしていていなかった。

「ロカ、おまえとニアンの家の持ち主だったのはな。なんと貴族だ」

 ぐ、と親指を立てたライだがロカにはドヤ顔の意味が分からない。

「あれ?嬉しくないか?」

「普通の家でいい……というか普通がいい」

「まぁ聞け。彼らがロスロイに住んでいたのは10年以上も前の話だ。あの頃、世界中戦争ばかりで、どこの国も国境近くの村や町が焼かれていったろ。この国でも敵がじわじわ内側に侵攻してきた時期だ。だから彼らはロスロイからより安全な内地にと友人を頼って大都に移り住んだんだ。戦争が終わったらロスロイに戻るつもりだったらしいが結局いまだ戻らずじまい。気になってはいたらしいがすでに息子に代替わりしていて拠点も大都になっているらしい。俺が売ってほしいって言ったら相場よりずいぶんと安く売ってくれた」

「住めるのか?」

「住める、住める。ほら、おまえも知ってるだろ。ロスロイ庁の近くにあった古くて庭には草がボーボーの家。家も庭も荒れ放題だろうがそこは自力で修復してくれってことだ。家は古いがモノはいいってさ」

 ロカはライの説明にわずかに首を傾け考え、あ、と閃いた。

「幽霊屋敷」

「おう、それだ。おまえやルスティが近所のガキと肝試しに行って、ほとんどの奴が途中で引き返したのに、おまえとルスティだけ帰ってこないっつうな。探しに行ったら家の前でみんなを待ってルスティはびびって半泣き、おまえはびびるどころかぐーすか寝こけてたってあそこだ。ロカは昔から肝が据わっていたな」

 はははとライが笑う。

 どうして中年はちょいちょい話の中に昔話をねじ込んでくるんだ。

 思い出話につきあう気もなくてロカは覚えている屋敷を思い描く。10年以上前に住んでいたということは、ロカが子どもの頃なら空き家になって数年といったところだ。

 一般的な家より少し大きい程度だが、子ども心に他とは違う立派な家だと感じた。荒れているというより、おどろおどろしい不気味な雰囲気の漂う家だった。

 厳かだとか堂々としたとかそんな言葉がいまなら浮かぶ。

「いくらだ?」

 試しに尋ねてロカは驚いた。安い。

 ニアンのダイヤのピアスを売った金もあるので余裕で買える。というかあれのおかげで今後も、かつかつの生活をしなくて済むくらいだ。

 傭兵時代に貯めた金で、ニアンと二人で住む家を買うのは苦しいと思っていたロカからすれば、家を自力で修復すれば住める上、貯えを予想以上に残せるのが魅力だった。

 優良物件だ。しかし一つ引っかかることがあった。

「幽霊屋敷か」

「手入れすればそうは見えないと思うぞ」

「いやニアンが……」

「ニアン?お嬢様育ちなんだから、あの家も慣れ親しんだ感じの家って思うんじゃないか?」

「幽霊が苦手なんだ。噂を知ったら怖がる」

 ぶはっとライが吹きだした。

「予想を裏切らない子だな~。いいじゃないか、毎晩おまえにくっついてきてくれるだろ」

 一睨みでライを黙らせロカは「ん?」と気がついた。

「そうえいば「安く売ってくれた」ってのは?「売ってくれる」じゃなくて?」

「おう、俺が買ってもう金も払った」

「え?よく持ち合わせがあったな。ボギーから取り返した金だけじゃ足りないだろ?」

「おまえからニアンと住める家がほしいって言われたとき、あの家のことが頭に浮かんでな。持ち主が大都だいとにいたと思って、ボギーのことが片付いたとき、こっちまで足を延ばそうと思ったんだよ、実は。だからそこは抜かりなく、と言いたいが金が足りなくてラッシたちみんなからも借りた」

 頭を掻くライはつうかな、とロカを指さした。

「家はそのままおまえに売るから金もすぐ戻ってくるし。つまり俺たちはおまえの代わりに立て替えたって感じだな」 

「はぁ!?俺が買わないって言ったらどうするんだ」

「えー?だって買うだろ」

「いや、本来ならありえない値段だし正直欲しいが」

「じゃ買え。一括で払えなんて言わないし、ある程度まとまった分もらえれば皆に先に返せる。俺にはぼちぼちでいいからよ」

「待ってくれ、そんな軽くていいのか?俺が踏み倒したらどうする」

「おまえはしない」

「信用しすぎだ」

「いや、それならおまえだってそうだったろう。一財産といえるダイヤを俺に預けてくれたじゃないか」

 背凭れに預けた腕を組みなおしてライは明るく笑う。

「そういえばあのダイヤ、売れたか?ニアンを迎えに行ったときに持ってきたんだろ?トム爺さんじゃ捌けないって言われたから気になっていたんだ」

「ああ。大都にある宝石店なら金持ちと繋がりもあるし欲しがると思ってな」

「ああ、そうな~。やっぱり王都や大都のほうがロスロイより金持ちが多く住んでるし。ダイヤを売った金があるなら充分買えるだろ?」

「まぁ」

 歯切れの悪い返事をしながら、ロカは窺うようにしてライへ言った。

「なあ、本当に俺が買っていいのか?ライたち家族で住んでも……」

「おまえ、俺に店を閉めろってか?こう見えて結構客もついいるんだぞ。それに俺はいまの家が気に入ってる。通りは賑やかで隣近所ともうまくやれてるしな。逆におまえやニアンはあの辺りは賑やかすぎてちっと合わんだろ。おまえはどっちかってぇと静かな時間を好む奴だし、ニアンはあの通りすれていないお嬢さんだからな。その点新居のある辺りは富裕層が多いしゆったりした雰囲気だ。おまえたちが住むにはもってこいだろ」

 ロカがニアンを大都に連れてくる前から、ライは連日のように出かけていた。

 もしかすると彼はこの広い大都中、あの家の持ち主である貴族を探したのではないだろうか。

「なぁ、ライが毎日町に出てたのは――」

「ん?なんだ?」

 ふあ~、と欠伸をしたライが涙目で瞬きながら問うてくる。

 ロカは口を噤んで首を振った。立ち上がってライの前に立つと右手を差し出した。

「俺たちのために骨を折ってくれて感謝する。ありがたく買わせてもらう」

 ライがギュと手を握り返してきた。

「おう」

 肉厚のある大きな手はいつも温かい。人好きのする明るい笑顔は、出会った当初より年を食っても印象は変わらなかった。

 そう思うと懐かしさを覚えてロカは微かに笑った。

「ロスロイに戻ったら早速家の修繕に取り掛かろう。ルスティならある程度のものなら簡単に直すし、あいつをこき使うか」

「いいな」

 顔を見合わせたロカとライがうなずき合った。

 本当の親子ではないはずがしばらく一緒に暮らしたせいか、同じような表情になることがある。

 まさにいま二人に浮かぶ悪い笑みはそっくりだった。




  

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