行きたいところ
いけすかない大都長に会った翌日、ロカはニアンとともに大都見物に出た。
大都はロスロイよりも人口が多い。グレーシャーに住んでいたニアンはロスロイに来た時も人の多さに驚いていたが、大都はさらに上を行く。
露店市場を歩く人の数もまるで祭りのようだとニアンは言う。
楽しそうに店を見て回るが人の流れに乗るのは下手で、あっちへこっちへと押されてまっすぐ進めないのが見てられなかった。
ロカが迷子防止に手を繋ぐと嬉しそうに腕を振る。それがあまりに可愛くて、どうしてくれようと思ったが。
いくつもの露店を冷やかし、カーナたちのお土産を買って市場を後にする。
「次はどこへ行く?」
「大都の皆さんのための憩いの広場があると、露店のおじさんに伺いました。大きな噴水がこの夏に出来て彫刻が素晴らしいそうです。一度は見ておいて損はないって言っていました」
彫刻などに興味はないし肌寒いこの気候で噴水を見たところで、体感温度が下がるだけのような気がする。
「興味、ありませんか?」
「広場には美味い肉を出す店がある。昼飯にちょうどいいし行ってみるか」
「ロカは大都へいらしたことがあるのですか?」
「何度かな」
「では見物なんてしても楽しくありませんでしたね」
しゅんとするニアンの手をロカは引っ張った。
「いつもギルドに顔を出していただけで、こんなふうに町を歩いたことはない。俺も楽しんでいる」
ニアンの表情がほわと笑んだ。
「それなら良かったです。ご飯のあとはロカの行きたいところへ行きましょう」
そう言われたロカは少し考えて、あ、と思いついた。
「一つある」
◇ ◆ ◇
ルーペを手にした女がジュエリートレイにダイヤのピアスを戻した。接客台を挟んで椅子に座るロカを見つめる。
女の年のころは二十代後半、もしくは三十代かもしれないが店内に並ぶ宝石を引き立てる美しさを持っていた。現に耳や首にさりげなく宝石をつけている。
ケースの中に並んでいるより人がつけたほうが、買う側もイメージしやすいのだろう。
「どっちも本物のダイヤですね。それも大金を積んでやっと手に入るような一級品です」
ロスロイでトム爺に鑑定してもらっているから、ロカもそこは知っている。
「大金とは?」
「そうですね……ご購入なさるのなら、例えば一般的な暮らし向きの人間で、五年は遊べるだけの金、でしょうか」
「で、売るなら?」
「二年から三年……ぐらいですね。贅沢しなければもう少し」
どうやらこの女の目も本物だ。
目の敵にされているせいでトムを避けるロカだが、そのくらいにはトムのことを信用していた。
「ではこれを売るといえばそちらは買うか?」
女が目を見張って、すぐに用心深く尋ねてきた。
「盗品では?」
「違うな。こんな形じゃ疑われるかもしれないが」
「ではあちらのお嬢様のものですか?」
女の眼差しが店の入り口付近の、安価な宝石を店員に見せてもらっているニアンを見つめる。
ニアンの雰囲気や言葉遣いから普通の町娘とは思わなかったのだろう。
(落ちぶれた貴族の娘が金を工面するためにやってきた、と思ってる感じだな)
では自分は従者と思われたのか。
落ちぶれた貴族と決めつけられては買いたたかれる恐れがある。
「そうだ」
「失礼ですが手放そうとなさる理由をお教えいただけます?」
言いたくないと突っぱねればますます金に困った貴族と思われてしまう。かといって金に困っていなければ宝石を売る理由がない。
「それは彼女の元婚約者が贈ったものだ」
「元?」
「亡くなった」
ロカがこう言った瞬間、女はまぁ、と小さく息を呑んだ。その顔に同情の色を読んで、彼は作り話の方向を決めた。
「争いに巻き込まれたんだ。平和になったとはいえまだ落ち着いていない地もあるだろう?」
「ええ、そうですね。国境沿いは特に戦火の傷跡が深いと……復興は進んでも、人の心に刻まれた虚しさは消えません。そうですか、お亡くなりに……」
元婚約者は不幸に巻き込まれて死んだと思ってくれたようだ。ロカはもっともそうな顔を作って頷いた。
「ああして気丈にふるまっている彼女も、それを見ると婚約者のことを思い出して辛いらしい。ならばいっそ金に変えてみてはと俺が提案した。いまはまだ無理でも別の男と一緒になる日が来るかもしれない。そのときに役立てれば死んだ婚約者も喜ぶはずだ」
「そういうことだったのですか」
ニアンを見つめた女は、視線を感じてこちらを向いた彼女に微笑んだ。つられたようにニアンも笑顔を浮かべる。
「可愛らしい方ですね。それにお優しいお嬢様のようです。ですからいつか必ずお客様のお気持ちに応えてくれますわ」
女の台詞に思わずロカは目を向けた、女が意味ありげな顔をして人差し指を唇にあてる。
「お客様があの方を大切になさっているのは、店内に入ってこられた時からわかっていました。これからは昔ほど身分の違いなんて大した問題にならなくなると思います。わたくしがお見受けするところ、お客様のお気持ちが通じる日は近いと存じますわ」
背後から足音が近づいてくる。
「お嬢様はもうずいぶんとお客様を信頼なさっておいでですもの」
ふふと女はロカに笑ってから、彼の背後に立ったニアンを見上げた。
「なにかお気に召したものはございますか?」
「どれも素敵で選べません。あの、お話は終わったのですか?」
二人してニアンを見たことから話がまとまったのだと勘違いしたようだ。
ロカがまだだと告げる前に女が先に口を開いた。
「お二人に納得いただけるよう目一杯の努力をさせていただきます」
そう言ってにっこりと満面の笑顔を浮かべた。
提示された額はロカが思っていたよりも随分と高かった。断る理由もない。
金の用意に数日かかると約束の日取りを決めて店を出た。
女はただの店員と思っていたがどうやら店の主人だったらしい。
女でしかもあれだけの若さだ。よほどのやり手なのだろう。
なのに作り話に簡単に引っかかるなんて妙だと思っていたら、帰り際に言われた。
「素敵なお話をありがとうございました」
そしてニアンに聞こえないようひそひそ声が続いた。
「お二人の駆け落ちが成功するよう祈っておりますわ」