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Dog tag  作者: 七緒湖李
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貴族と聖女

 大都だいとにはロスロイを出てから三日目の朝に到着した。その足でディオの家に行って仲間たちと合流する。

 彼らは二人の到着が遅いため、ニアンが父親に会うことを渋っているのでは、と気をもんでいたらしい。誰もが彼女が馬に乗れないことを失念していたようだ。

 それからヘリングが上司にニアンのことを伝えて、昼には大都庁へ出向くことになった。

 ラッシが馬車の準備をしてくれ、出立の時間が迫るころ。

 扉をノックしたロカは相手の返事を聞いてから扉を押し開けた。

「ニアン、準備はできたか?そろそろ出発する」

「はい、ちょうどいま」

 返事をしたニアンはドレス姿で鏡台の椅子から立ち上がった。

 着ているのはハイウェストの青みがかった灰色のドレスで、肩から手首までと、ウェストから裾までが同色の透ける布で二重になっている。

 胸には星の花のような模様が白いレースで描かれ、袖とウェストの切り替えと、スカートの裾に同様のレースがあしらわれてあった。

 首にはドレスと同色の玉石やビーズの首飾りが、そして髪にはドレスと同じ透ける布をかぶって首飾りとそろいの飾りがついている。

 華やかなドレスとは違い、まるで喪に服しているかのような地味な装いだ。

 それでも普段の町娘姿から見違えるほど、ニアンは美しく様変わりしていてロカの視線を奪う。

「あ、ロカも着替えたのですね」

 スカートの裾を持ち上げ歩み寄る動きはとても自然だ。その所作が、ロカに彼女が伯爵令嬢として生きてきたことを改めて認識させた。

 目の前にニアンが立つ。目が合うとその顔がほわっと綻んで愛らしく咲いた。

「ロカ、どうしたのですか?わたしの顔に何かついていますか?」

「あ、いや……」

「こいつはニアンに見惚れていただけさ。――どうだい、あたしの見立ては。祖父の死を悼む孫娘ってのを演出しようと、地味な色のドレスにして尼さん風にしてみたんだ。ニアンの雰囲気からして聖女風になってしまった気もするが」

 ニアンの支度を手伝っていたトゥーランが遅れてロカの側にやってくる。

「そこはどっちでもいい」

「ニアンのことぼやーと見てたくせに、なに興味なさげにしているんだ。今更取り繕ったって遅いよ」

 表情に出したつもりはないのだが、子どものころからの付き合いなだけあって、わずかな変化も気づかれてしまう。

 わざわざ口にしないでほしい。

 ロカが思ったところで、ニアンがうずうずとした様子を見せていることに気が付いた。

「トゥーランさんの言ったこと本当ですか?ロカはわたしに見惚れたんですか?」

「……いつもと違うから目を引いた」

 ぶっきら棒に答えると、ニアンはあからさまにがっかりとして肩を落とした。

「どうやったらロカをときめかせられるんでしょう?」

「…………」

 いままさにその時だが、それを気づかせるわけがないだろう。

 ロカが無言になるのとは対照的に、トゥーランが大笑いを始めた。

「あはは、ニアン、おまえさん面白いね」

「冗談じゃありません。本気で言ってるんです」

「わかってる、わかってる。ロカは顔に出ないだけだ。ちゃんとニアンのドレス姿にときめいたさ」

 トゥーランの台詞にニアンが再びこちらを見上げてくる。

 その目が本当かと真偽のほどを探っているようで、ロカは表情を変えないよう努めて冷静に言った。

「用意ができたなら行くぞ」

「あ、待ってください」

 追いかけてくるニアンがロカの腕をつかんだ。

「紳士ならエスコートしてください」

 いまロカは貴族の男が着るようなジャケットにシャツ、そしてタイとズボンを着用していた。

 髪も梳かして後ろに流してある。

 エスコートと言われたロカが肘を持ち上げるとニアンが腕を絡ませてきた。部屋を出ていきしなにトゥーランから「頑張っておいで」と声がかけられる。

 振り返って頷いて二人は廊下に出た。先ほどまでとは打って変わり、ニアンの表情筋は強張っているのか表情が硬い。

 ロスロイから大都だいとまでの道中で、父親に会う心構えをしているようだったが、やはり対面が近づくと緊張してくるのだろう。

 何か話でもすれば気がまぎれるだろうか。

「もう馬車が待っている」

「お待たせしてしまったのですね」

「女が支度に手間取るのは承知している」

「誰かと比べていますか?」

 ニアンの声音が変わったのは気分を害したからか。

「男は服を着て髪を整えるだけでいいだろう。女はさらに身を飾り化粧までする」

 誤解を解くべく言いながらロカは隣を歩くニアンを見下ろした。

 視線を感じたらしくニアンが顔を向ける。

「俺を興奮させて後悔しないか?」

「興奮?ときめくってことですか?ロカがわたしにドキドキしてくれるなんて嬉しいに決まっています」

「俺はニアンの前でけっこう興奮しているぞ」

「本当ですか?そういう素振りは全然――」

 ちゅ、とロカはニアンの唇にキスをした。

「そのたびに抑えきれずにこんなふうに触れていると思う」

「……っ~~~~~~~」

 口を押えたニアンの顔がみるみるうちに赤く染まる。

「そ、それってときめいてるっていうより、よく、欲……」

「ああ、欲情している」

「違、違います。ときめくっていうのは胸が高鳴って相手しか見えなるなるっていうか」

「で、触れたくなるんだろう?」

「そう、ですけどっ!ロカの言うようないやらしい意味じゃなくて、精神……そう、精神的な結びつきで――」

「俺はニアンが可愛いとエロいことをしたくなる。特に夜は。正直、一昨日の続きをいつできるかと思ってるぞ」 

 ニアンはううと困った様子で俯いた。

「なにか違う。ロカの言うときめきはなにか違います」

「そうか?ときめくってのは胸がどきどきとするんだろう?それは相手に対する興奮からくるもので――」

「だからロカのは違いますっ!」

 むきになったニアンに言葉を遮られる。

 ふ、とロカは笑っていた。少しからかうとすぐこれだ。

 腕を組まれた手とは反対の手でニアンの頭を撫でた。

「大丈夫だ、こうやって紛らわせているから」

「ロカがよく頭を撫でてくるのは欲……を誤魔化すためですか?」

 欲情と言いたくないのかごにょごにょと聞こえる。

「いや?可愛いと思ってだな」

「可愛……?」

「可愛い」

「思っているんですか!?」

「どうしてそんなに驚くんだ?何度も伝えただろう」

「てっきりお世辞だと。うわぁ……うわあ、嬉しいです」

「外見を変えても中身はニアンのまんまだな。せっかくめかしこんでいるのに台無しだ」

「それってこの格好に見惚れたと言ってくれていますか?」

 意訳しないでくれ。

 とはいえ否定するとしょげてしまうのだから。

「そう思うなら俺を誘惑してみてはどうだ?宣言もしているのだし」

「え?無理です。だっていまはわたしがロカに誘惑されています。いつもにも増して格好いいし素敵すぎて眩しいです!そのうえ笑ったら可愛いとか思ってしまうし――もうロカってなんなんですか」

 照れが過ぎるとどうしていつもキレ気味なんだ。

 というかなんだいまのは。

(どれだけ俺のことが好きなんだ。あーもう、まじでくそ可愛い)

 だめだ、ニヤける。

 口を押さえ、ロカはごほんと咳ばらいをした。

 平静を装うのが辛いのは初めてだ。何とか自身を落ち着けるロカだ。

 エントランスから外に出るとラッシとディオが待っていた。

 箱馬車はディオが所有する立派なもので、さすが貴族となっただけある。

 ライはロカがニアンを迎えにロスロイヘ発ったあとから、何やら忙しくしているそうでいまも町に出かけてここにはいない。出かけるまえニアンには声をかけていたが。

 二人に見送られ、馬車に乗り込むロカははたと気がついた。

 馬車の中は二人きり。しかも密室だった。

 大都庁に着くまでの時間、体術のイメージトレーニングでもしておこう。





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