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Dog tag  作者: 七緒湖李
39/109

ふさわしい部屋

「空き部屋が一つしかない?」

 夕刻前に一泊しようと思っていた町に着いて、女も安心して泊まれる宿を選んでみれば、店主に部屋の空きは一つだけと言われた。ニアンがいることでガラの悪い輩の多い安宿には泊まれない。

「一室と申しましてももちろん二名様でお泊りいただけますお部屋です。ただいま開業一周年記念中でございまして、宿泊の方には無料で裏にある露天風呂にお入りいただけます。ご予約いただければ貸し切りにもさせていただきますよ」

 店主とはいってもまだ30代だろう男でにこやかな笑顔を浮かべている。

 二人で一室に泊まるのが問題だというのに。

 仕方がない。ほかの宿を探そうと思ったロカの服をニアンが引っ張った。

「ロカ、一緒でいいです。いつもそうだったのにどうして別にするんですか?」

 誰のために別の部屋にしようとしているのかわかっているのか。

 そう言ってやりたいが、なぜと突っ込まれると困る。

(くそ、なんもわかってない顔をして)

 いっそヤリたいと押し倒してみるか。

 凶暴な想像も、泣かれるだろうと予想できるだけに実行できそうもないのだが。

「ではこちらがお部屋の鍵になります。そちらの通路をまっすぐ行った突き当りになります」

「は?まだ泊まると言っていない」

「え?駄目なんですか?」

 見れば鍵を受け取ろうと伸ばしたニアンの手を、店主がしっかりと握るところだった。

 あ、とロカが思ったときには店主が素早くニアンの手を放してにっこりと微笑む。

「契約完了でございます」

「え?契約?」

「こういうとき握手を交わしたらそういうことになる」

「そうなんですか!?」

 世間知らずなニアンをカモにした店主を睨んでも、相手はしれっとしたものでこたえている様子はない。

 はぁ、とロカから溜息が漏れた。まだ一泊の値段も聞いていない。

「とんでもない値の部屋じゃないだろうな」

「まさか、そんな悪徳宿屋のような真似はいたしません。標準的な値段でご提供させていただいております」

 そう言って店主が示した宿代は確かに標準価格といったところだった。

 仕方がない。

 二度目の溜息が出たロカは腹を決めた。

「わかった、世話になる。が、やられっぱなしは性に合わない。預けた馬の世話と荷車の保証は無償でしてもらおうか。かわりに今晩と明日の朝はここで飯を食べる。どうだ?」

 少しあって店主が右手を差し出した。

「かしこまりました」

「よろしく頼む」

 握手を交わしてロカは部屋の鍵を受け取る。

「お客様方にふさわしいお部屋となっております。どうぞごゆっくりお過ごしください」

 ふさわしい?

 店主の謎の言葉に送り出されて部屋に向かったロカだったが――。

「こういうことか……」

 部屋に入って溜息を吐きながら顔を押さえた。

 部屋の真ん中でこれでもかと存在を主張するのは大きなベッドだ。

 もちろん一つしかない。

 ロカは扉をくぐらず隣で同じように立ち尽くしているニアンの背を押した。

「ニアンはここに泊まるといい。俺は別の宿に行く」

「え?だったらわたしもご一緒します」

「この部屋に泊まるという契約はなされたんだ。ほかの宿に行ったらここが無駄になる」

「じゃあロカがここに泊まってください。わたしはどこでも……あ、馬車の荷車でだってかまいません」

「風邪をひく」

「じゃあここの床でいいです。ベッドはロカが――」

 言いながらニアンがロカの腕を引っ張って部屋に引き入れた。

「もとはわたしが軽はずみに契約をしてしまったからです。ごめんなさい。今度から気を付けます。だから呆れたりしないで……」

 握られた腕からニアンの手の震えが伝わってきた。

 なにか様子がおかしい。

(あ、溜息)

 無意識に吐いていたように思う。ロカは俯くニアンの頭に触れた。瞬間、びく、と震えた彼女が窺うようにロカを見上げてくる。

 その瞳には怯えが浮かんでいた。

 ロカは開け放ったままの部屋の扉を閉めると、反対の肩にあった荷物を下ろした。腕を握ったままのニアンの手を撫でる。

「また溜息をついてしまったか。怒っているんじゃないぞ」

「でもご迷惑を……なんでわたし、いつもこんな――余計なことはしないようお爺様にも言われていたんです。おまえは何もできないって……本当にその通りだったのに、ロカは優しいから我慢してくれているんでしょう?こんなんじゃいずれ愛想をつかされますね」

 話をしているはずなのにニアンと目が合わない。

 ロカは撫でていた彼女の手をつかんで身を屈めた。ニアンと目線を同じにして双眸を合わせる。

「ニアン、こっちを見ろ」

 黙り込むニアンをのぞき込む。

「俺は「お爺様」じゃない。迷惑をかけられたなんて思っていない。だから呆れていないし愛想をつかしたりもしない。それともニアンは俺が「お爺様」と同じに見えるのか?」

 ふるふるとニアンが首を振った。

「見え、ません」

「だろう?というか一緒にするな。あと、前にも言ったがニアンはもっと自分に自信を持て」

 ニアンの頬を軽くつねってやると彼女は泣き笑いのような表情になって頷いた。

「はい」

 少し考えてロカは口を開いた。

「やっぱり父親に会うのが怖いか?」





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