くせにを二回
大都からロスロイまで馬で一日と半分の距離だ。それをロカは一日と1/4で戻った。
ニアンを連れてくるためロスロイの戻ると聞いたヘリングが、どこかから連れてきた馬のおかげだった。
若くて持久力があるものの少し気難しく乗り手を選ぶ馬らしかったが、ロカとは相性が良かったのか嫌がることもなくロスロイまでを運んでくれた。
もう冬といってもいい。太陽の出ている時間が日ごと短くなっている。
ロカがライの家に着いたときは日暮れた時分だった。
ライの家族にボギーの件はうまく片付いたと伝えれば、無事に戻ったことを喜んでくれた。ニアンもホッとした様子だった。
飯時だったためにロカもテーブルについて食事に混ざる。四人家族用の食卓に無理やり五人分の食事を並べて、二席ずつ向き合う席に90度ずらしてもう一席もうけることにした。
ロカは四人の方を向いて、彼らの横顔を見る形で店から持ってきた簡素な椅子に座る。
「本当にみんな無事で安心したわ」
ほわんと湯気のたつ豆とソーセージのスープを並べ終えたレリアが、ロカから見て左の奥の席につくと胸を撫でおろした。
カーナが向かいでうんうんと頷いている。
「つかさ、さっき聞きそびれたけどなんでロカだけ先に戻ったわけ?」
レリアの隣にいるルスティが気になったようにロカへ顔を向け尋ねてくる。
「戻ったんじゃなくてニアンを大都に連れて行きたくて迎えに来た」
そのとたん、ルスティの向かいに座るニアンがこちらを向いた。
「わたしを大都に?なぜですか?」
「はーん、二人で旅行ねぇ」
ロカが口を開くより先にカーナがにやにや笑いを浮かべた。
「せっかく恋人同士になったのにうちじゃ二人きりでイチャイチャできないし?男が旅行をプレゼントしてくれるのってそれが目的だから気を付けるのよ、ニアン」
「違う、ニアンの――」
家族がいると言いかけてロカは言葉をつまらせた。
ニアンは両親のことで心に傷を負っている。あまり皆の前で触れてほしくないのではないだろうか。
あとで二人で話そうと思いなおしたロカは、床に置いてあった荷袋を手繰り寄せると、中からリボンのかかった包みを取り出した。
「ニアン、これ」
「わたしにですか?」
「土産だ」
「え~わたしたちには?」
ニアンの隣でカーナが文句を言うのを無視して、ロカは焙ったチーズの乗ったパンを齧る。ディオのところで食べたパンは粉が違うのか柔らかかったが、こちらは固く色も濃い。
柔らかすぎず固すぎず、ちょうど中間くらいのパンはないものだろうか。味はこっちのほうが好みだ。
そんなことを思いながら咀嚼していると、ニアンが落ち着かない様子で尋ねてきた。
「開けても?」
頷くとニアンはとても慎重に包みを解いていく。が、厳重に包まれてあってなかなか中身にたどり着けないようだ。
それから優に数十秒後。
「あ」
小さく声をもらしたニアンの表情が明るく綻んだのをロカは見た。
「鏡とブラシですね。素敵です」
優美な曲線のロカイユ装飾で飾られたスタンド型の鏡と、それと揃いのブラシを手にしたニアンの顔が輝いていた。
残りのパンを口に入れたロカは、むぐむぐと噛み砕いて飲み込む。
「ニアンの髪を切ってしまったのがどうにも気になっていた。そのせいか髪に纏わるものになってしまったが、好みがわからなくてな――気に入ってくれたか?」
「はいとても」
ニアンの嬉しそうな笑顔につられてロカも笑っていた。
「そうか、ならよかった」
ぱく、と二個目のパンを頬張ったところで、ロカから離れた位置に座っているカーナが震え声で言った。
「やだ、なにこの素敵彼氏」
するとルスティまでもが胸に手をあて身もだえる。
「俺が女ならキュンキュンする。ていうかキュン死にしてる!ロカ、おまえにしちゃ上出来だ。よくニアンの趣味をわかってた」
そしてばしばしと肩を叩いてくるが、それが地味に痛い。
「もー、あなたたちからかうのはやめなさい」
レリアが止めてくれなければもっと揶揄されていただろう。
ロカは気にしないがニアンは過剰に反応してしまうところだった。いまだって頬を赤くしている。
パンを平らげ、スープに入っている香草のきいたソーセージを食べながら、
「トゥーランがニアンに何か土産をと言ったんだ」
とロカが言うと、カーナとルスティだけでなくレリアまで微妙な表情になった。
ニアンもどこかしょげているように見える。
「ロカ、それは黙っておかなきゃ」
「おまえ馬鹿なの?」
「こら、二人ともやめなさい」
「だがニアンが喜ぶなら買ってよかった。俺も選んだかいがある」
スプーンでちまちま掬うのが面倒で器を持ち上げスープを飲んだロカは、ニアンが今度は真っ赤になっているのと、カーナとルスティが目を見交わしていることに気が付いた。
「上げて落としてまた上げるって……」
「高等技術過ぎて俺には真似できない」
「さっきからおまえらなんなんだ?」
ロカが首を傾げるのも二人はやれやれとばかりに肩を竦めるだけだ。
ニアンはというと、鏡とブラシをしっかりと握りしめ背筋を伸ばした。
「ありがとうございます」
「ん?」
「お礼、言っていませんでした」
「ああ。顔を見て喜んでいるのが分かったし、あれで充分だ」
カップに入った酒を飲んで口の端を持ち上げたロカは、空になったスープの器を手に立ち上がった。
「レリア、もう一杯もらう」
「ええ、どうぞ」
鍋に近づいて蓋を開けたところで後ろからカーナの声がした。
「嘘でしょう。ロカのくせに格好いい……ロカのくせに」
カーナのやつ、「くせに」と二回言ったな。
スープをよそう大きな匙を手にしたロカは皆に背を向けたまま顔をしかめる。
「おーい、ニアン大丈夫か~?戻ってこ~い」
「あら、惚けちゃったわねぇ」
スープを入れて丸椅子に戻ったロカは、未だ心ここにあらずといったニアンの手から、鏡とブラシを取った。
「ニアン、飯の後ちょっといいか?」
「え?あ、はい」
うなずくニアンの膝から包みも取って鏡とブラシと一緒に、まだ口の空いたままの荷袋にしまった。