喜ぶ土産
ロスロイも大きな町だが大都はさらに大きく広い。王都に何かあったときは新たな都となるべく町であるためだろう。ロスロイから南下したところにある町で、王都はそこからさらに南へ行く。
大都に来て二日目。
ロカは人の多い商店街をトゥーランと歩いていた。白髪交じりの髪を頭部で無造作にまとめているが、背筋がピンとして姿勢が良いから野暮ったさはない。
「ほら、キリキリ歩け。荷物持ち」
「まだ買うのか?」
ロカの両手は医学書や薬草、医療道具などの荷物でもう一杯だった。
大きい町というのはそれだけで店の数が多い。となればたくさんの物が流通し売られている。
ロスロイでは手に入りにくい物が、ここでは安易に手に入るらしく朝からトゥーランに連れまわされているロカだ。
「あとは土産だ。ハンティンに金を届けるついでに赤ん坊への服と玩具だろ、それにレリア、ルスティ、カーナ……ロカ」
「俺?」
「違う、ニアンはなにが好きだ?土産はどんなものがいい?」
「俺が知るか」
「恋人なんだろうが。というか、おまえはニアンに土産の一つも買って帰らないつもりか?」
「必要か?」
ロカの返事にトゥーランは頭が痛いとばかりに額をおさえた。
「女心のわからない男だね。若い娘なら恋人とおそろいの物を持ちたいとか、そんな気持ちになるんだ」
「え、面倒くさい」
本音が口をついて出たロカの頭をトゥーランがはたく。
「それが若い娘の夢……というか憧れなんだよ、この唐変木。ニアンを喜ばせる気はないのか?」
「そういうノリは俺には無理だ。なにか土産を買うだけでいいだろ」
ロカの返事にしぶしぶといった顔でトゥーランが納得した。
「で、どんな土産にするつもりだ?」
「大都で作られる豚の燻製は人気だろ」
「それは肉好きのおまえが喜ぶ土産だ」
「じゃあ酒」
「それもおまえが喜ぶね。そもそもニアンは下戸だろう。キラキラした、ほら娘が喜びそうなものがあるだろう?」
「キラキラ……光物?あ、ナイフか」
「どうしてそうなるっ」
光物と言われたら思い浮かぶのは刃物なのだが。
トゥーランと並んで歩くロカは、彼女の背後のそれに目が留まって足を止めた。トゥーランを残し店舗に吸い寄せられるように近づく。
「ちょっと、どうしたんだ?こんな店におまえが興味を持つなんて」
「トゥーラン、これはどうだろうか?」
ロカは荷物を片手にまとめて持つと、窓の向こうの陳列台を指さした。そこには女物の服や小物、雑貨が並んでいた。どうやら年頃の女の部屋をイメージしているようだ。
ロカが指さした物を見たトゥーランはふうんと笑う。
「いいんじゃないか?」
いいと聞いてロカは店に入ると早速店員に購入の旨を伝える。女性専門の店へのロカの来訪に驚いていた女店員だが、品物のチョイスに「恋人へのプレゼントですか?」と気を利かせてリボンまでかけてくれた。
店を出たロカは中々の大きさになった包みに目をやる。
ただの土産のはずがリボンのせいでとても大げさなものになってしまった。
「なんだ?変な顔をして」
「トゥーランに乗せられた気がする」
「じゃあ乗せられときな。これを贈ってボギーのことはちゃんと片付いたと話すんだ。怖い思いをさせたんだろう?もう安心だと伝えればいい。あの子は普通の娘だ」
トゥーランの言葉にロカは気が付いた。
そうだった。ニアンは血なまぐさい戦場とは無縁に生きてきた。
「頭ではわかっているつもりだったんだが……」
「生きてきた環境が違うんだ。ズレはあるさ。ただおまえさんから聞いた話からして、あの子も違う辛さを味わって生きてきたんだろう。それでもおまえの傍で笑う。ロカだってニアンの傍だととてもいい顔をする」
ニと笑うトゥーランがロカの背を叩いた。
「ロカは自覚がないようだから言っておいてやる。おまえ、相当ニアンに惚れてるよ」
「これといった惚れる要素はなかったぞ。ニアンは俺が優しいというくらい、人を見る目がなくて大丈夫かと常々思っていたほどだ」
「それが嬉しかったんじゃないのか?」
「は?」
「だからニアンに優しいと言われてさ。不愛想だからね、おまえは。敵に関しちゃ容赦がないけどそれ以外は案外人情に厚い。口では冷たいことを言いながら人助けをしてしまう、とかさ。あたしはロカのそういうところが好きだよ。ちゃんとおまえの良さを見抜いて好きになってくれる子がいたんだ。大事にしな」
トゥーランを見下ろしていたロカは無言で歩き出した。
この頃、周りから背中がむず痒くなることばかり言われる。
「なんだい、照れたか?」
照れではない。
むしろ――。
「自分がどういう人間かわからなくなった」
ロカの言葉にトゥーランがアッハッハと笑う。
「知らない自分があったってことだろう。自分はこうだと決めつけないでもっと自由に人生を楽しみな。そのほうが人として深みが増すってもんだ」
「今日はトゥーランがまともな大人に見える」
「は?これまであたしをなんだと思ってたんだ?」
「怖いオバサン」
直後、トゥーランに思い切り尻を蹴られた。よろけるロカはこちらを睨んでくる彼女を見下ろした。
出会ったときはロカが見上げていた。いつの間に追い越したのだったか。
「冗談だ。トゥーランは俺たち仲間の唯一の理性だったって思う。あんたがいたおかげで俺たちが死なずにすんでた」
トゥーランだけがロカに傭兵の技術より、薬や怪我の治療の仕方など、生き残る方法を教えてくれたのだ。
最初にトゥーランとライが傭兵をやめて、次いでラッシが辞めた。それを機にロカも他の仲間たちもそれぞれフリーになって、そして仲間の二人が死んだ。
ロカが過去を思い返したように、トゥーランも仲間のことを思い出しているようだった。
「おまえたちは馬鹿みたく無謀に突っ込んでく奴らだったからね。いつも苦労が絶えなかった。しかもおまえはあたしが反対してるのに傭兵になってしまうし……。プロヴェとユリーアが死んでハンティンは片腕を失くしたろ。傭兵を辞めてからのほうがしんどかったね、精神的に。おまえが傭兵を辞めてくれて、あたしはやっと気苦労から解放されたよ」
ぽんぽんとトゥーランに背中を叩かれる。
「これからは親孝行してくれ」
トゥーランの微笑みはこれまで見たどんな笑みより慈愛に満ちていた。
息子と言ってくれたのをなぜか思い出した。
ロカもまた口元を綻ばせる。
「善処する」