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Dog tag  作者: 七緒湖李
31/109

貫徹し一夜明け

「うはー、疲れた」

 室内に入ってくるなりライが剣を外して大きなソファにダイブした。

 ボスンと音がして彼はクッションに顔を埋めると、「俺はもー寝る」と動かなくなる。

 カーテンを開けた窓から陽光が差し込み、ちょうど室内に飾ってある女神像を白く浮かび上がらせていた。

 同じようにカーテンを開けた窓辺にあるテーブルで、ロカとラッシとともに遅い昼食をとっていたディオが、ピクと眉を揺らして立ち上がった。

 ライの後に続いて部屋に入ってきたトゥーランが、ラッシの向かいの席に腰を落ち着け、溜息交じりに目頭を押さえた。

「お疲れさま。ヘリングは?」

「あいつはまだかかりそうだね」

 疲れ切った声のトゥーランは思い出したようにサーベルベルトを外して、テーブル中央にあった柔らかなパンに手を伸ばす。

 ライの横たわるソファの前で、ラッシとトゥーランの会話を聞いていたディオだったが、

「風呂にも入らずうちのソファに寝そべるな」

 とライの背中を勢いよく踏みつける。

 瞬間、ぐえ、とへしゃげた声がした。

 よろよろとライが起き上がる。

「ディオ、徹夜したんだよ俺。おまえみたく若くないの。中年なの。おっさんなの。日の光が目に染みるんだよ」

「貫徹したのは自分のせいだろう。夜も明けきらぬうちにスナーレを出て大都だいとまでボギーを運ぶ?そんな無茶を言い出したのは誰だ。しかもわたしとラッシとロカに面倒ごとを押し付けて」

 腕を組んだディオが冷ややかにライを見つめた。

 ここは大都にあるディオの屋敷だった。貴族となった彼の家は部屋がいくつもあって、ロカたち一人ひとりに部屋を用意してくれるとのことだった。

 屋敷の中は絵画や置物が飾られ、この部屋には女神像の他に肖像画、紋章入りのタペストリーなどがある。調度品も見事なもので人の背丈ほどの時計、金色に輝く燭台の乗ったサイドボード等々、庶民がおいそれと触れることができないような代物だ。

 ロカがいる食卓代わりのテーブルも傷一つなく、並ぶ食器はすべて紋章入りだった。

 本当にディオは爵位持ちの貴族になったのだと、彼の屋敷を初めて訪れたロカは思った。話を聞いていただけでは実感が伴わなかったのだ。

 仲間とはいえ傭兵あがりの庶民を屋敷に招き入れることに、ディオの妻がいい顔をしないと思ったがそれは杞憂だった。祖先の中に武を極めるため軍部ではなく、身一つを頼りに戦う傭兵となり後に英雄となった人物がいるらしく、傭兵に好意的なのだそうだ。

 それは彼女の両親も。嘘のような話だがディオを娘の婿にと切望したのは両親らしい。

 一人娘で世継ぎもいないことからディオに爵位まで譲ってくれた。ディオは逆玉に乗ったのだ。

 ディオ曰く祖先の傭兵から英雄へという話は、おとぎ話の域を出ておらず信憑性が薄いらしいが、反対させず結婚できる理由になるなら何でもいいと思ったようだ。

 そんなわけでディオの妻は、いきなり押し掛けた夫の仲間を快く受け入れてくれている。

 ディオに睨まれてライは視線を泳がせながら頭をかいた。

「いやこっちも面倒だったって。ボギーの奴、暴れるわ泣き落とすわ甘言囁くわ。俺たちから奪った金の倍払うから縄を解いてくれってしつこく言い続けるんだよ。うっとうしいから猿轡して黙らせたけどな」

 ディオの眼差しの冷たさは変わらない。

 ライは「だからな」と話をつづけた。

「スナーレじゃ役人も金で動くし、きっとボギーを匿ってた奴が手をまわしてあいつを逃がすだろ。その点大都なら強固な牢獄に入れてくれるし、ヘリングの上司が一言言えばすぐに奴の取り調べが行われる。速やかにボギーの罪を白日の下にさらして償わさせるさ。俺たちは金を盗られただけで済んでるが、命を奪われた奴らもいるんだ。それにギルド長をしていたときに、傭兵の報酬の上前をはねてたみたいだしな。ボギーを恨んでる奴らが多すぎて、逆に役人に突き出したほうが丸く収まるだろう?」

 結局ロカは昨夜、ラッシとディオと飲むことができなかった。宿で伝言を残そうとしていたところでライと出くわし、急ぎスナーレを離れると言われたからだ。

 思いついたまま行動するライに振り回されているのだから、ディオの機嫌も悪くなるだろう。

「で?そっちはどうよ。ボギーの金はあったのか?」

 いつまでも不機嫌なディオにライは付き合うことをやめたらしい。欠伸をしつつ質問した。

 ディオもライがいつも通りに戻ったことを感じたのか、溜息を吐きつつ口を開く。

「ああ、あいつの女が住んでた家にちゃんとあった。ほら、それだ」

 言いながらソファ前のローテーブルを視線でさした。男の手のひらほどの袋が二つある。

「え?これ?っつうかこれだけ?」

「他の世界通貨はすべて偽物にすり替えられてた。金を隠した部屋の床が抜けて、人がはいつくばって通れるだけの穴が掘られていたんだ。女の家を用意したのはボギーが頼ったカジノの経営者だったようだし、単なる味方ってわけじゃなかったってことだな」

「世界通貨か。んー、ボギーに盗られた全員の報酬分くらいはなんとかあるか?や、でも俺の報奨金が……しゃーないか」

 袋を開けたライが肩を落として首を振っている。そんなライを見ていたラッシが、テーブルに肘を突きながら苦笑いを浮かべた。

「家に忍び込んで苦労して探し当てたのにねぇ」

 まったくだとディオが頷き、トゥーランはチラと金貨の入った袋へ視線を向けたあと、夫の皿からチーズをつまんだ。

 ロカは話を聞くともなく聞きながら、銀製のフォークでハムを突き刺した。

 全員現役を離れて数年経っているのにブランクはないのだろうか。

 ボギーの女の潜伏先まで調べ済みなうえ、そのこともロカはまた後から知ったのだ。

(自分が無能に思える)

 目の前の食事を黙々と平らげていたロカはラッシの視線を感じた。

「なんだ?」

「経験値は簡単に埋まらないよ」

 心の内を読まないでほしい。

「まあね、おまえはまだまだ青二才だ。あたしらの体力はおまえより劣るかもしれないがその分知恵がある」

 ラッシだけでなくトゥーランからも未熟者と言われた気がしてロカは横を向いた。

「俺は何も言っていない」

 窓の外は刈り込まれた庭木が日の光に照らされている。常緑樹を植えて庭が枯れ木のように寒々しくなることを避けたようだ。

「おまえは態度が言ってるんだよ。「自分と何が違うんだ、悔しい」ってね」

 アハハと笑うトゥーランがもう一つパンを手にして一口頬張ると、齧りあとのついたパンを振る。

「そんなに早く追い抜いていかなくていいじゃないか。もうおまえは傭兵じゃないんだ。あたしはロカが長生きしてくれればそれでいいよ」

「そうだね、僕もそう思うよ。子どもは親より長生きしてほしい」

「俺が子ども?あんたたちの?」

「俺もおまえのことを息子だと思ってるからなー」

 「ラッシとトゥーランだけじゃないぞ」とライがソファから声を張る。

「わたしは歳の離れた弟かな。ヘリングとハンティンもきっとそう思ってるだろう」

 ディオにまでそんなことを言われて、ロカは反応できなくなった。

 トゥーランがからかうような顔になる。

「なんとも形容しがたい顔になってるね、ロカ。おまえがどう思ってたかは知らないが、あたしたちは成長してくおまえを見てるのが楽しかったんだよ。そういやライがロカを連れてきたあと、誰に最初に笑顔を向けるかって賭けたっけね。おまえ、全然笑わなくてさ」

 トゥーランが思い出し笑いをした直後、ラッシがそうそうと会話に割って入ってくる。

「僕たちが笑わせようとどれだけ頑張っても君はずっと無表情でね。そのうち皆あきらめてしまって……で、あの頃、僕たちの手伝いをしてくれてたら、お駄賃を払う約束をしていただろう?それを支払ったときにロカはとても嬉しそうな顔をしてね。それから皆こぞってロカに手伝いを頼んで、お駄賃をあげるようになった」

 あぁそうだったそうだった、とソファからライの声がする。

「俺は最初、おまえがえらく金に執着するし、将来どんな守銭奴になるかと心配したんだぞ。金を貯めて俺たちの側を離れるつもりだって気がついて、まともな感覚を持ってるって安心したけども」

「なのに結局傭兵になると言い出して――またボギーのような奴にカモにされてはいけないと、わたしたちで鍛えたのがまずかったな」

 ライと顔を見合わせたディオが苦笑交じりに肩を竦めた。

「え?あんたたち、俺が出てくつもりって知ってたのか?」

 ロカの質問に全員が頷いた。

「だっておまえさん、子どもでも働ける仕事はどんなものがあるか尋ねてきたり」

 とトゥーランが言えば、

「部屋を借りる相場や生活用品がどれだけ必要か調べたり」

 ラッシが笑う。そしてディオが引き継いだ。

「読み書きができるとなにかと有利だと知ると勉強に励むし」

 最後にライがにんまり笑って言った。

「何より貯めた金をこっそり数えてまだ足りないってぼやいてたりな~。あれで気がつかないわけがないだろうが」

 ロカは頭を抱えるようにして俯いた。

「あんたたち全員殴りたい」

 その瞬間、四人がどっと笑った。

 笑われながらロカは、殴って彼らの記憶を消せないかと本気で思った。





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