恋愛指南
「ダっ!」
「馬鹿か、おまえは!本人から聞くのと他人から伝え聞くのとでは全く違う。大事な話こそ相手の顔を見てするものだ」
「だからニアンは眠っていたんだ。ボギーを見つけたら追うことは話してあるし、そもそもボギーのことは俺の問題でニアンに関係ない」
「それではなぜおまえはニアンと共にいることを選んだんだ」
「はぁ!?」
「「はぁ?」、じゃないだろう。関係ない?そうやってニアンとの間に線引きをして、自身に立ち入らせないのか?なのにおまえはニアンに遠慮もないし、一方的に振り回す」
ディオの言葉に納得いかなくてロカは口を開いたが、それより早くディオが話を続けた。
「何も言わずにいなくなって、ただ帰りを待てというのはそういうことじゃないのか?それはあまりに身勝手だ。ニアンがどうしておまえの様子をいつも窺っているのかと思っていたが――そりゃあ彼女からしたらおまえの気持ちが見えなくて不安だろうな」
憤ったようにディオが腕を組む。
「そんなつもりは……」
ない、というロカの声には力がなかった。
ニアンとは食事をしたあの夜が初対面だったディオが気づくくらいに、彼女は自分を注視していただろうか。
思い返すロカは出会ってからこっち、ニアンはずっと自分に付き従っていたと気づいた。
ロカの様子にラッシが諭すように語りかけた。
「ロカは表情豊かじゃないから顔色を読むのは難しいんだよ。ニアンの前じゃ雰囲気が変わるけど、それは今までのロカを知っている僕たちだからわかることだし、ニアンは以前のロカを知らない」
「?」
ロカにはラッシの言いたいことがわからない。
「んー、どう言えばいいかな。ニアンはロカじゃない。だからロカの考えていることがわからなくて悩んだり不安になったりする」
「わからないなら聞けばいい」
ロカがそう言うと、ディオに二度目のデコピンをされた。最初のデコピンと全く同じ場所をデコピンされた気がする。
「女心を少しは理解する努力をしろ、愚か者」
ジンと痛む額を押さえロカはディオに反論した。
「俺はディオと違って鈍感なんだ」
「そう言えば許されると思うな。気持ちがわからないなら聞けばいいと言ったな。だったらロカも女心がわからないなら理解しようとすればいい、違うか?」
普段紳士然としているディオがこんなにも怒っている。
なにか自分はとてつもなくひどいことをニアンにしているのだろうか。
ラッシもさすがに弱りはてた顔で苦笑を浮かべた。
「ロカの言うことは、まぁ一つの手だけれどね。できない人も多いんだよ。特に男女の仲のことだとね」
「そうなのか?俺はニアンが言いたいことを飲み込んだと感じたときは尋ねるようにしていたが、それは良かったのだろうか?」
「時と場合による」
「だね」
ディオとラッシの返事にロカはますます混乱した。
「俺はニアンに対してどう接すればいいんだ?」
「「言わなくてもわかるだろう」ではなく伝えるようにすればいい」
「なにを?」
「だからそれは時と場合によって違うと――……雰囲気で察して学べ。もう知らんよ」
ディオがやれやれとばかりに首を振った。
匙を投げたなとロカが彼を睨んでも知らんぷりされる。デコピンされ損だ。
二人のやり取りを見ていたラッシが助け舟を出してくれた。
「そうだなぁ。ニアンを大事にすればいいんじゃないかい?ニアンがどうして怒っているのか、泣いているのか。そういうのを経験したときに彼女の気持ちを考えて、同じことを繰り返さないようにすればいい」
そしてラッシがいいことを思いついたをばかりに提案した。
「そうだ、いまから飲みに行こうか。ロカにいろいろと教えたいし、積もる話もあるからね」
「いいな。このあとのことはライとトゥーランとヘリングでやってくれるだろうし。剣を置きに行くついでに、どこで飲んでいるか宿に伝言を残しておこう」
「中心街にいい店があるらしいよ。少し古いそうだけど」
「うまい酒があるならどこでもいいさ。古びた店のほうが味わい深いかもしれん」
ラッシとディオが並んで歩きだす。このあとライたちを追って合流する気はないようだ。
では彼らと共にいる自分もニアンを傷つけた恨みを晴らすことはできないのか。それとも今から後を追うか。
(あれ?そういえば俺だけ丸腰だな)
ライに持ち込むことを却下されたのだった。
「なぁ」
ロカが呼びかけると二人が振り返った。
「俺はそんなに頭に血が上っていたか?」
「おまえは……こういう勘は鋭いのにな」
ディオが溜息交じりに漏らした。ラッシも苦笑いを浮かべる。
「勘の良さはゴールドになる資質の一つかな」
どうやら推察は間違っていなかったようだ。
ロカは続けて問う。
「ボギーに会わせられないほどか?」
「わたしたちはロカを見て、当時の自分たちがどんなだったかやっと客観的に見られたな」
「ボギーを恨んで復讐心を燃やしていたけれど、それがどれほど危ういか。ニアンが傷つけられてからこっち、ロカもボギーのこととなると鬼気迫るほどの殺気を放っていたよ。自分で気が付いていなかったのかい?」
そんなに熱くなっていたのか。
黙り込むロカを見たディオがはぁと溜息を吐いた。
「そこで考え込むな。ロカにとってニアンは、すでに何物にも代えがたい大切な存在になっているということだろう。恋愛音痴なおまえにわたしから一つアドバイスしておこう。愛する気持ちを伝えることを怠るな。言葉でも態度でもだ。そしてラッシが言ったようにニアンを大切にする。いいな」
それはどんな優男だ。
ディオならともかく、とロカが思ったのをラッシは気が付いたのか穏やかに笑んだ。
「ロカなりでいいんだよ。簡単に言えばいちゃいちゃすることが大事ってことかな」
ラッシとディオが歩き出すのについていきながらロカは考える。
いちゃいちゃ?……つまり、ニアンに触れればいいのだろうか。
ロカは右手を見つめた。
ロスロイに戻ったら実践してみよう。