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Dog tag  作者: 七緒湖李
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別格との実力差

「わけのわからないことを言うのはやめてとっとと帰れ、小僧」

 背中を蹴り飛ばされたロカは、前につんのめったが何とか転ぶことを耐える。

 店先を照らすために灯された篝火は薪をケチっているようだ。炎が弱々しい。

 それてもカジノの用心棒らしき大男二人が、まるでクズを見るような目を向けているのが見えた。

 いてぇなとロカは相手を睨み、チンピラよろしく悪態をついてみたが、無視して二人は店に戻っていく。

「思い切り蹴ってくれたな」

 腰をさすりながらロカはカジノを離れ、安宿と隣の建物の間にある物陰で身を潜めていたラッシと合流した。

 満月を過ぎ欠け始めた月はそれでもふっくらと丸く、月光が地表を照らす。

「お疲れさま。うまくいったようだけど中で何をやったんだい?」

 ラッシに問われて、ロカは思い返すように宙を見つめる。

「だからヘリングの言ったようにだな……「ボギー・コロネルがいるのはわかってる、ここに連れてこい」って店の奴に言ったんだ。当然とぼけられて、粘ったらいきなりあの二人に両脇つかまれて外に放り出された。たぶん俺のことは初めから店の奴らに伝えて用心してたっぽいな。俺の傭兵階級ランクを知ってるようだったし、店の奥に慌てて入ってく店員がいた。あれじゃあそこにいると言ってるようなもんだ」

金階級ゴールドランクの傭兵が、こんなに簡単に店外に放り出されるはずがないんだけどね」

「あ、一応腕をつかまれるときに抵抗をして、結局力負けしたふりをしておいた。おかげで腹も殴られたぞ」

「芸が細かいね。それでもやっぱりゴールドランクはそこまで弱くないよ。彼らは会ったことがないのかな」

 ふふとラッシが笑う。

「さぁ?たださっきのやつら、自慢げに自分たちはトップの銀階級シルバーランクだとか言っていた。まぐれでゴールドになった奴では適わないんだと。トップのシルバーってなんだ?わけがわからん」

 ロカが首を傾げるとラッシがさらに可笑しそうな様子を見せた。

「世間を知らない人間が驕っていることほど滑稽なことはないね。彼らこそまぐれでシルバーランクになったんじゃないかな」

「あー、確かにカッパー寄りのシルバーという感じだった」

 ロカが受けた印象を言うと、やはりね、とラッシは人の好さそうな笑みを黒いものへ変えた。腰にある剣のグリップを握る。

「思いあがった鼻っ柱をへし折りたいね」

「ラッシって自信過剰な奴が嫌いだったっけ?」

「いや勘違い野郎が嫌いなんだよ。ちょっと力があるからって自分が偉いと思い込んだり、強さを誇示したり。思いあがった馬鹿は懲らしめてやりたくなる」

 そういえばラッシは気に入らない人間がいると、とにかくその人間をひどい目に合わせる男だった。

 その方法が度を越したものだから、「残虐ラッシ」などと異名までつけられて、彼を知らない傭兵にまで恐れられるようになったほど。

 考えてみればラッシは、ライたち仲間としかつるんでいなかったように思う。

「ラッシってシルバーランクで傭兵を辞めたんだったか?」

「ん?そうだよ」

「たぶん、その癖がなければゴールドにいけたんじゃないか?周りの受けが悪かったせいで正当な評価をされてなかったんだと思うぞ」

「正しい評価だよ。いま僕が当時の僕になれたとしてもきっと君に勝てない。君もヘリングに勝てると思えないだろう?」

 素直に頷けなくて黙り込むとラッシは訂正するように言った。

「ロカが弱いと言っているんじゃない。ヘリングが別格なんだ」

「昔から皆、ヘリングに一目置いていたよな。特にライはヘリングに目をかけていた。あれは才能を見込んでたんだろう」

「かな。いつもライは「あいつは俺より強くなる」って言ってたからね。実際そうなった」

 ラッシの言葉にロカの中で悔しさが沸き上がる。相手を黙らせる実力を持つヘリングをロカ自身別格だと思っているからだ。

「でもライはそれ、ロカのときも言ってたからね。ついでに言えばヘリングもこの前の手合わせのあと、「ロカが傭兵を辞めなければ俺はあいつに負かされる日がきてた」って言ってたよ」

「……」

「なんだい、そのびっくり顔。僕たちはロカに厳しかったから、君は自分の実力をよくわかっていないんだろうけど、その年齢でゴールドランクにまで上り詰めた実力は自負していい」

 これまで仲間からまともに褒められたことのなかったロカは、聞き間違いかと耳を疑う。

 ロカより背の低いラッシがこちらを見上げて笑った。

 伸ばされた手が肩に触れた。

「よく力に溺れなかったな。よく死ななかった――」

 手に力がこもる。

「……よく戻てきてくれた」

 噛みしめるように言うラッシの手が離れた。

「みんなシャイだから言わないだけで同じ気持ちだよ」

 穏やな微笑みの浮かぶその顔にロカは何を言えばいいのかわからなかった。

 胸の奥にこみあげるものがあって思わず胸のあたりの服をつかむ。

「おや、ロカが珍しく照れている?」

 声に振り返ったロカは、束ねた髪を揺らし優雅に歩いてくるディオを見た。腰にサーベルをぶら下げているのに紳士たる風格は損なわれない。

「な……裏口の見張り……」

 どうして後ろ姿でこちらの状態がわかるんだ。

 動揺からちゃんと言葉にならない。

「ん?もうとっくにヘリングとトゥーランがボギーを締め上げているさ。ライがそっちに行くと言うから三人で充分だろうと戻ってきたんだ。そんなことよりおまえが照れるなんていったい何を言われたんだ?ニアンとのことでラッシにからかわれたか?」

「あはは、彼女連れで戻ってきて同棲宣言までするんだからね。驚いたよ」

「恋とは一気に燃え上がるものだ。わたしにも覚えがある」

「僕もあるねぇ。この年になると若かったなぁって笑ってしまうんだけど」

 二人の恋愛話なんて聞きたくない。

 ロカがあさっての方向を向いて二人を無視していると、こら、とディオに指を突き付けられた。

「ロカに彼女ができたことは喜ばしい。だがもう少しニアンのことを気遣っておかねばならないぞ」

 ディオの指先を見つめたロカは、彼の言いたいことがわからなくてそのまま視線をあげた。

「ニアンの怪我はボギーが差し向けた奴らのせいだと聞いた。守るべき存在ができたならもっと慎重に行動しろ」

 厳しい口調にロカはぐと息を飲み込んだ。

「……そこは反省している。今後は気を付ける」

 ロカの台詞にディオとラッシが顔を見合わせた。

「生意気なくせに、非を認めればやたらしおらしくて――まったく変わらんな、ロカは」

 は、と笑うディオにつられたようにラッシも笑んだ。

「そうそう、あの頃だんだん懐いてくれるのが可愛かったな」

 子ども時代を知られているというのは本当にいたたまれない。

 反応すれば負けだとロカは黙り続ける。

 昔を懐かしむと思われたラッシが、そうだとロカへ目を向けた。

「ところでロカ、気になっていたんだけどね。ニアンにスナーレに行くことは伝えてあるのかい?夜中に情報を得て、僕らその朝に出立しただろう?」

「眠っていたから伝えていないがレリアから伝わっているはずだ。問題はない」

 瞬間、ディオの強烈なデコピンがロカの額に打ち込まれていた。

    





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